安楽寺書院(客殿)――哲学の道から一筋山側、江戸末期の客殿建築

哲学の道から一筋東に入った鹿ヶ谷の小道、通称「隠れ道」沿いに、茅葺の山門を構える小さな寺がある。住蓮山安楽寺。山門をくぐると正面に本堂、左手に書院(客殿)が建ち、書院の前には皐月と躑躅を丸く刈り込んだ枯山水庭園が広がっている。背後は東山三十六峰の一つ善気山。庭の刈込が緑のうねりとなって山裾につながり、書院の縁側に座ると、視線が畳の縁から山の中腹までまっすぐ伸びていく。

この書院は、本堂・山門とともに、平成15年(2003年)4月8日に国の登録有形文化財に登録された。建立は江戸時代後期から末期にかけてとされる。普段は非公開で、春と秋の限られた土日祝日、そして7月25日の「鹿ヶ谷カボチャ供養」の日にのみ拝観できる。

悲劇から生まれた寺

安楽寺は、浄土宗の宗祖・法然上人の弟子、住蓮房と安楽房の二人を開基とする。鎌倉時代初頭、両上人は現在地より東へ約1キロメートル登った山中に「鹿ヶ谷草庵」を結び、念仏道場を構えた。両上人が完成させた「浄土礼讃」は、大原魚山に伝わる天台宗の声明を浄土宗の念仏に転用した節回しで、評判を呼んだという。

その評判は宮中にまで届く。後鳥羽上皇に仕えていた女官、19歳の松虫姫と17歳の鈴虫姫もそのひとりだった。建永元年(1206年)12月、上皇が紀州熊野に詣でて留守の夜、両姫は小御所を忍び出て鹿ヶ谷草庵に至り、剃髪を願い出る。住蓮房が松虫姫を剃髪して妙智法尼の法名を授け、安楽房が鈴虫姫を剃髪して妙貞法尼と名づけた。

後鳥羽上皇の怒りは激しかった。建永2年(1207年)、いわゆる「承元の法難」によって専修念仏は停止され、住蓮・安楽の両上人は斬首、師の法然上人は讃岐へ、同門の親鸞聖人は越後へ流罪となる。鹿ヶ谷草庵は荒廃した。

のちに赦免されて帰京した法然上人は、二人の弟子の菩提を弔うため草庵の復興を命じ、「住蓮山安楽寺」と名づけた。現在地に本堂が再建されたのは、室町時代末の天文年間(1532〜1555年)のこととされる。境内右手には住蓮・安楽両房の五輪石塔が並び、東方の山林中に松虫・鈴虫両姫の五輪石塔がある。

書院と前庭

書院は、本堂と山門にはさまれた位置に建つ、小ぶりな一棟である。江戸時代後期の建立とされるが、建築年を特定する資料は公にされていない。同時代の都市部の大寺院に見られる豪奢な書院造とは異なり、低い縁側、薄縁の床、簡素な格天井で、京都山麓の小さな浄土宗寺院にふさわしい寸法でまとめられている。

見どころは、書院から眺める枯山水の前庭にある。白砂と石を主役にする一般的な枯山水と違い、ここでは皐月と躑躅の丸い刈込が緑の層となって斜面を上っていく。背景にそびえる東山を借景に取り込む手法によって、庭の刈込と山の樹林とが連続して見え、書院の畳から続く一枚の景観として立ち現れる。

京都の案内書には、庭園そのものは江戸時代初期の作と記すものもある。現在の書院が建てられた際に庭がどこまで手を入れられたかは、はっきりとは分かっていない。

登録の経緯

国の登録有形文化財制度は、平成8年(1996年)に発足した比較的新しい制度である。建設からおおむね50年を経過し、国土の歴史的景観に寄与しているものの、国宝・重要文化財に指定するほどではない建造物を保護するための枠組みで、戦前以前の建築遺産を広く拾い上げることに重点が置かれている。

安楽寺では、書院(客殿)と同時に、本堂と山門の3棟が平成15年4月8日に登録された。本堂は江戸時代後期の移築、山門は明治25年(1892年)の建立で、3棟あわせて、江戸末から明治にかけての山麓の浄土宗小寺院の伽藍構成が残っている例として評価されている。

拝観できる時期

安楽寺は年間の大半が非公開である。拝観可能なのは、境内の花木の開花期に合わせた春と秋の特別公開日、それに7月25日の「鹿ヶ谷カボチャ供養」の日に限られる。具体的なスケジュールは年により多少前後する。

  • 3月下旬〜4月上旬の土日:桜
  • 4月下旬〜5月上旬の土日祝:躑躅(つつじ)
  • 5月下旬〜6月上旬の土日:皐月(さつき)
  • 7月25日:鹿ヶ谷カボチャ供養
  • 11月〜12月上旬の土日祝:紅葉

拝観料は通常500円。7月25日のカボチャ供養日のみ1,000円で、煮炊きされた鹿ヶ谷カボチャがふるまわれ、安楽寺縁起絵や住蓮上人・松虫姫剃髪図など寺宝の掛軸も虫干しを兼ねて公開される。春と秋の公開期には、境内に平成22年(2010年)に増築された別棟の客殿「椛(かえで)」でカフェが開かれ、抹茶や自家栽培の生姜で作るジンジャーエールが頂ける。

境内は広くはない。山門の前で少し立ち止まり、参道の石段と茅葺の屋根を見上げてから、書院の縁側でしばらく庭を眺める――そのくらいの時間配分でちょうどよい。

周辺の見どころ

安楽寺は哲学の道から徒歩数分の場所にある。哲学の道は、明治23年(1890年)に完成した琵琶湖疏水分線沿いに整備された散策路で、北端の浄土寺橋から南端の熊野若王子橋まで約1.8キロ。哲学者・西田幾多郎がこの道を歩いて思索したことから名づけられた。大正10年と昭和7年に日本画家・橋本関雪と妻よねが寄贈した染井吉野を含む約450本の桜が並ぶ。

徒歩圏内には、白砂壇の盛り砂で知られる法然院(基本拝観は無料)、後水尾天皇の皇女が住職を務めた尼門跡寺院・霊鑑寺(春秋特別公開)、紅葉の永観堂、銀閣寺(慈照寺)など、東山屈指の寺社が並ぶ。哲学の道を北端から南端まで寄り道しながら歩くと、半日仕事になる。

Q&A

Qいつでも拝観できますか?
Aいいえ。安楽寺は通常非公開で、春・秋の特定の土日祝日と7月25日のカボチャ供養日のみ一般公開されます。日程は年により前後しますので、公式サイトで最新情報を確認してから訪ねてください。
Q書院はいつ頃の建物ですか?
A江戸時代後期、明治維新以前の数十年の間に建てられたとされます。資料によって「江戸末期」とするものと「江戸後期」とするものがあり、明確な建立年は公表されていません。
Q鹿ヶ谷カボチャ供養とはどんな行事ですか?
A江戸時代後期から続く7月25日の年中行事で、参拝者にひょうたん形の鹿ヶ谷カボチャを煮炊きしたものがふるまわれ、中風除けが祈願されます。住職・真空益随上人が阿弥陀如来から受けた霊告に由来すると伝わります。
Q写真撮影はできますか?
A境内や庭園の撮影は公開日であれば概ね可能ですが、本堂内部の撮影は寺宝の掛軸が公開されることもあり、制限される場合があります。入山時に係の方に確認するのが確実です。
Q京都駅からのアクセスは?
AJR京都駅から市バス5系統(岩倉操車場前行き)で約35分、「錦林車庫前」で下車し、東山方面へ徒歩約10〜15分です。哲学の道からは一本山側の道(通称「隠れ道」)に入ります。

基本情報

名称安楽寺書院(客殿)
指定区分国登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成15年(2003年)4月8日
員数1棟
時代江戸時代後期
寺院住蓮山 安楽寺(浄土宗系単立)
本尊阿弥陀如来
所在地〒606-8422 京都府京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町21
所有者宗教法人 安楽寺
公開状況通常非公開/春・秋の特別公開日と7月25日のみ一般公開
拝観料通常500円/7月25日カボチャ供養日のみ1,000円
公開時の拝観時間10:00〜16:00(閉門16:00)
アクセスJR京都駅から市バス5系統「錦林車庫前」下車、徒歩約10〜15分

参考文献

住蓮山安楽寺 公式サイト
http://anrakuji-kyoto.com/
住蓮山安楽寺 由緒
http://anrakuji-kyoto.com/anrakuji.html
京都市 国指定等文化財の一覧(PDF)
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000282/282388/bepyou.pdf
京都観光Navi 住蓮山安楽寺
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=230
日本交通公社 全国観光資源台帳 安楽寺
https://tabi.jtb.or.jp/res/260181-
おにわさん 安楽寺庭園
https://oniwa.garden/anrakuji-temple-kyoto/

最終更新日: 2026.05.17