大徳寺唐門とは:聚楽第の一門と伝え、豊麗な彫刻で飾られた桃山時代の唐門

大徳寺唐門(だいとくじからもん)は、京都府京都市北区紫野大徳寺町の大徳寺にある桃山時代の唐門で、昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、四脚門、切妻造、前後軒唐破風付き、檜皮葺である。

文化庁によると、もとは聚楽第の一門で、天正年間(1573年から1592年)に豊臣秀吉が村上周防守に与え、周防が寄付したと伝えられるが、確実な資料はない。

大徳寺唐門の移築

文化庁の詳細解説によると、その後の沿革は明らかでないが、明治24年(1891年)の図では現在の勅使門の西に東面して建っていた。のちに明智門を金地院に移した際に、その跡へ移築され、現在のように方丈の表門として南面して建てられている。

切妻造、前後に軒唐破風を付けた檜皮葺の四脚門で、その様式手法は明らかに桃山時代を示している。

大徳寺唐門の見どころ

文化庁は、各部にきわめて豊麗な彫刻装飾を施しながら、形式的な誇張がなく自由奔放な表現であり、桃山時代を代表する建築であるとしている。

方丈の表門として南面する唐門の、各部を埋める豊麗な彫刻に注目したい。

大徳寺唐門の見学方法

本坊の拝観についての公的な案内は確認できなかった。

大徳寺の本坊の建物は、大徳寺のグループページにまとめている。

Q&A

Q大徳寺唐門はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定されました。
Q大徳寺唐門はもとはどこの門だったのですか?
A聚楽第の一門と伝えられますが、確実な資料はありません。
Q大徳寺唐門はいつ今の位置に移されたのですか?
A明智門を金地院に移した際に、その跡へ移築されました。
Q大徳寺唐門の形式は?
A四脚門、切妻造、前後軒唐破風付き、檜皮葺です。
Q大徳寺唐門の評価は?
A豊麗な彫刻装飾と自由奔放な表現をもつ、桃山時代を代表する建築とされます。

基本情報

名称大徳寺唐門(だいとくじからもん)
所在地京都府京都市北区紫野大徳寺町
指定区分国宝(建造物)
指定年昭和27年(1952年)3月29日指定
員数1棟
寸法四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、檜皮葺
所有者大徳寺
公開状況公的な拝観案内は確認できず

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「大徳寺唐門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1533
文化遺産オンライン「大徳寺唐門」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/174772

最終更新日: 2026.10.01