大徳寺とは:宗峰妙超を開山とする紫野の禅宗大本山
大徳寺(だいとくじ)は、京都府京都市北区紫野大徳寺町にある宗峰妙超(1282年から1337年)を開山とする禅宗寺院で、桃山時代の唐門が昭和27年(1952年)に国宝に指定され、方丈・玄関(国宝)をはじめとする本坊の建物群、勅使門、鐘楼なども指定されている。
文化庁によると、本坊の方丈は寛永13年(1636年)に再建されたもので、8室からなる特殊な規模をもち、雲門庵が付属する。文化庁は、各部の意匠手法が簡素明快でよくまとまり、近世初期の禅宗方丈の一例であるとしている。
大徳寺の境内には多くの塔頭があり、大仙院、龍光院などの塔頭の建物は、それぞれのグループページにまとめている。
唐門・勅使門・鐘楼
文化庁によると、唐門はもとは聚楽第の一門で、天正年間(1573年から1592年)に豊臣秀吉が村上周防守に与え、周防が寄付したと伝えられるが、確実な資料はない。明治24年(1891年)の図では勅使門の西に東面して建っていたが、明智門を金地院に移した際にその跡へ移築され、方丈の表門として南面して建てられている。
文化庁の記録では、勅使門は唐門と同じ形式の桃山時代の四脚門で、切妻造、前後軒唐破風付き、檜皮葺である。鐘楼は桃山時代の桁行三間、梁間二間の袴腰付き、入母屋造、本瓦葺の建物で、棟札2枚が附として指定されている。
桃山時代を代表する唐門
文化庁は、唐門が各部にきわめて豊麗な彫刻装飾を施しながら、形式的な誇張がなく自由奔放な表現であり、桃山時代を代表する建築であるとしている。
方丈の表門として南面する唐門と、勅使門・鐘楼など、桃山時代の門や建物が本坊の周りにそろって伝わっている。
大徳寺の拝観
本坊の拝観についての公的な案内は確認できなかった。
訪れる際は、大徳寺の案内で確かめたい。
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「大徳寺唐門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1533
- 文化庁 国指定文化財等データベース「大徳寺勅使門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1534
- 文化庁 国指定文化財等データベース「大徳寺」(方丈)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1535
- 文化庁 国指定文化財等データベース「大徳寺鐘楼」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1546
最終更新日: 2026.10.01
基本情報
| 名称 | 大徳寺 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市北区紫野大徳寺町 |
| 所有者 | 大徳寺 |
| 指定 | 国宝 2件・重要文化財 2件 |
| 座標 | 35.04337, 135.74637 |