明治26年、主屋の西北に建つ土蔵
旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵は、京都府南丹市美山町三埜に建つ明治26年(1893年)の土蔵造平屋建で、平成20年(2008年)に国の登録有形文化財となった。主屋の西北に位置し、建築面積23平方メートル、桁行6.7メートル、梁間4.5メートル。
隣に建つ茅葺の主屋と違って、この蔵には確かな年紀がある。文化庁データベースは年代を明治26年と明記する。主屋のほうは「明治前期」、西暦1868年から1911年という40年超の幅で記録されるにとどまる。母屋を建てたのち、蓄えと守るべきものができてから蔵を起こすのは順序として珍しくないが、年代が動かない一棟があることで、屋敷全体の時間軸に基準点が生まれる。
棟は東西方向。屋根は切妻造の桟瓦葺で、西面に庇を設けて出入口を開く。外壁は漆喰仕上げ、腰には竪板を張る。
置屋根という解決
登録記録にある「置屋根」の一語が、この建物の見どころをほぼ言い尽くしている。
土蔵は、木造の建物に漆喰を塗ったものではない。軸部と小舞下地の上に土を幾層にも塗り重ねて厚い壁体をつくり、仕上げに漆喰で封じる。厚みそのものが機能である。火に耐え、昼夜の温度差をならし、湿気を遮る。米、種籾、道具、衣類や織物、家の書類、客をもてなす什器の類は、母屋ではなく蔵に置かれた。
ただし土壁には弱点がある。乾燥にともなう収縮と沈下が、月単位ではなく年単位で続く。屋根組を壁の頂部に固く緊結すれば、壁の動きにつれて破断が生じる。置屋根はこれを分離によって解く。土蔵本体の上に、独立した架構として屋根を「置く」。壁体を傷めずに屋根だけを修理・葺き替えでき、雨水は壁面から離れた位置に落ちる。軒まわりを目で追うと、下の塗り込められた塊と上の瓦の架構との間に、わずかな断絶が読み取れることがある。維持管理のために編み出された納まりであり、蔵が母屋より長く残る理由の一端でもある。
腰の竪板張も理屈は同じだ。地面に近い部分は跳ね返りと衝突で最も傷む。板であれば、傷んだときに安価に取り替えがきく。
屋敷構えのなかでの役割
登録有形文化財の基準は三つある。土蔵が適用されたのは第二の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。隣の主屋が第一の「造形の規範となっているもの」で登録されたのとは異なる。この差は読み流さないほうがよい。理想的な蔵の作例として評価されたのではなく、景観に対して果たしている働きによって登録された、ということである。
道に立って眺めれば理由は明らかになる。敷地は周囲より一段高い。暗く大きな茅の面が主屋、それに角度を振って据わる白く硬い小さな塊が土蔵、両者の間を杉皮葺の塀が回って主座敷前の庭を囲う。登録三棟でひとつの構図をなす。土蔵を欠けば、大ぶりな農家が一軒あるという光景にしかならない。土蔵が残ることで、格をもった家の屋敷構えとして像を結ぶ。
その家は大庄屋を務めたと伝わる。のちに建物はまったく別の役割を担う。西陣織の機屋・田村屋が美山に構えた工房「螢庵」である。初夏、水辺に舞う螢に由来する名という。現在、敷地は同じ「螢庵」の名で一棟貸しの宿として運営され、登録上の所有者は法人となっている。
したがって実際の見学条件は限られる。拝観料も公開時間もなく、私有の敷地内にあるため近づくことはできない。公道からは、塀越しに白い壁面と瓦屋根の上部が見える程度である。道路からの撮影は問題ないが、周囲は生活の場であり、静かに通り過ぎるのが礼儀にあたる。
交通は車が現実的で、京都縦貫自動車道の園部インターチェンジからおよそ40〜50分。公共交通ではJR山陰本線の園部駅・日吉駅から南丹市営バスが美山方面へ入るが、便数が少ない。到着してから調べるのでは間に合わないので、出発前に時刻を確認しておきたい。
Q&A
- 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵の内部は見学できますか。
- できません。一棟貸しの宿として運営される私有の敷地内にあり、一般公開も拝観料の設定もなく、立ち入りもできません。公道からは塀越しに漆喰の壁面と瓦屋根の一部を望める程度です。
- 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵はいつ建てられたのですか。
- 明治26年(1893年)です。文化庁データベースに年紀が明記されており、明治前期(1868年から1911年)という幅でしか年代が示されていない主屋とは対照的です。
- 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵の「置屋根」とはどのような構造ですか。
- 土蔵本体の壁体と屋根架構を緊結せず、独立した架構として上に据える形式です。厚い土壁の収縮や沈下を屋根が拘束しないため壁が傷みにくく、屋根だけを修理・葺き替えできる利点があります。雨水を壁面から離す働きもあります。
- 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵の規模はどれくらいですか。
- 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積23平方メートル。桁行6.7メートル、梁間4.5メートルで、員数は1棟です。屋根は東西棟の切妻造桟瓦葺、西面に庇を設けて出入口を開きます。
- 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵はなぜ文化財に登録されたのですか。
- 登録基準のうち「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に該当するとされました。平成20年に同日登録された主屋、庭門及び塀とともに、一段高い敷地に建つ屋敷構えを形づくっている点が評価されています。
- 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵のような蔵には何が納められていたのですか。
- 米や種籾、農具、衣類や織物、家の記録類、客用の什器などです。厚い土壁は火災、湿気、寒暖差から中身を守るため、母屋には置けない大切なものを収めるのが常でした。
基本情報
| 名称 | 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府南丹市美山町三埜小山ノ元38 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 26-0301/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)4月18日登録、同年5月7日告示(第59回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積23平方メートル/桁行6.7メートル、梁間4.5メートル |
| 所有者 | 株式会社ニシオアセット |
| 公開状況 | 非公開。宿泊施設として利用される私有敷地内に所在 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007079
- 文化遺産オンライン 旧小山家住宅(田村屋螢庵)土蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/144341
- 文化遺産オンライン 旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/191800
- 南丹市 文化財一覧
- https://www.city.nantan.kyoto.jp/www/life/112/013/000/index_71573.html
- 美山FUTON&Breakfast(螢庵の運営者)
- https://www.miyamafandb.com/
- 京都 美山ナビ 泊まる
- https://miyamanavi.com/stay/
最終更新日: 2026.08.06