山裾に西面して建つ、明治前期の茅葺農家

旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋は、京都府南丹市美山町三埜にある明治前期の茅葺農家建築で、平成20年(2008年)に国の登録有形文化財となった。小高い山の西麓に占める敷地の、その後方中央に位置し、西を向いて建つ。木造平屋建、建築面積156平方メートル。

屋根は入母屋造の茅葺で、下端に桟瓦葺の庇を付設する。茅の上屋と瓦の庇という組み合わせは意匠上の遊びではなく、雨の跳ね返りから壁面と軒先の茅を守るための実際的な処置である。丹波の山間部で普及した軽量な桟瓦を、茅葺の裾に回した形といってよい。

平面は南北で性格が分かれる。南半部は広い土間。北半部は床を張り、座敷、イタノマ、ナンドを配する。西面の北端が主座敷にあたり、ここにトコと付書院を構える。

付書院を備える点が、この建物の位置づけを端的に示している。農作業を主とする住まいであれば必要のない設えである。文化庁の解説はこの家を「かつての大庄屋の風格を伝える農家建築」と記す。大庄屋は複数の村を束ねて藩の下役を務めた村方三役の上位職で、来客を迎える座敷は、見られることを前提に整えられた。

名称に付された「田村屋螢庵」は、西陣織の機屋・田村屋が美山に結んだ工房の名に由来する。創業者の田村螢成がこの地に庵を構え、螢庵と号した。登録名称は、家を建てた小山家と、のちに織の場となった時期の双方を残す形になっている。

「造形の規範」としての登録

登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。指定制度が少数の建築を強い規制のもとで保存するのに対し、登録は築後およそ50年を経た建造物を対象に、所有者の使用と改修の自由を大きく残す。届出制を基本とするため、現に住まわれ、営まれている建物が多数を占める。

登録の基準は三つあり、本件主屋は第一の「造形の規範となっているもの」で登録された。地域の農家建築がどのように構成されるべきかを示す標準的な作例として評価された、ということである。登録番号は26-0300、第59回登録で、登録は平成20年4月18日、告示は同年5月7日。

同じ日、同じ敷地の二棟も登録されている。主屋の西北に建つ土蔵(26-0301)と、主座敷前の庭を区画する庭門及び塀である。三棟をまとめて評価した点にこそ意味がある。茅葺の民家一棟なら美山にはなお少なくない。主屋・土蔵・庭門及び塀が、一段高い敷地の上に揃って残る屋敷構えとなると、話は別になる。

年代の扱いには注意がいる。文化庁データベースは主屋を「明治前期」、西暦では1868年から1911年の幅で記録し、建築年を特定していない。一方で土蔵は明治26年(1893年)と明記される。主屋の建立年を示す棟札等の公表資料は確認できず、記事としては文化庁の示す年代幅に従うのが妥当である。

近づいて見たい細部

西から近づくと、庭門と杉皮葺の塀、その奥の庭、さらに背後に広がる茅の大屋根という順で視界に入る。敷地が道より一段高い。この高低差が効いていて、規模の割に屋根が沈んで見えない。

茅葺は端部に技術が出る。軒先の切り口が密で平らに揃っているか、棟がどう納められ、風に対してどう押さえられているか。美山が全国的にも稀な形で葺き替えの職能を保ち続けてきた土地であることは、こうした細部に現れる。これだけの規模の屋根を葺き替えるには、まとまった量の茅と、それを扱える手が要る。材と職人の双方が地域に残っていなければ成り立たない。

土間は外からは想像しにくいが、この家のもう半分である。広く、暗く、小屋組が現しになる空間で、この格の家では家事だけでなく村方の用向きの往来もここで受けたはずだ。

実用面の注意をひとつ。現に使われている私有物件であり、公開施設ではない。敷地は「螢庵」の名で一棟貸しの宿として運営されており、登録上の所有者も法人である。拝観時間も拝観料も設定がなく、予約した宿泊客以外が敷地内に入ることはできない。公道から茅葺の屋根と庭門を望むことはできるが、庭と内部は見えない。周囲は静かな集落であり、道路からの撮影も、生活の場であることを踏まえた節度が要る。

交通は下調べが要る。美山は京都市街の北の山間にあり、三埜は観光の主動線から外れる。現実的には車で、京都縦貫自動車道の園部インターチェンジからおよそ40〜50分。公共交通ではJR山陰本線の園部駅または日吉駅から南丹市営バスに乗り継ぐことになるが、便数が限られるため事前の時刻確認が欠かせない。訪れるなら、離れた場所にある美山町北の茅葺集落(こちらは公開されている)を軸に一日を組むのが現実的だろう。

Q&A

Q旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A一般公開はされておらず、拝観料の設定もありません。私有物件で、現在は「螢庵」という一棟貸しの宿泊施設として使われているため、内部に入れるのは予約した宿泊者に限られます。公道からは茅葺屋根と庭門を望めます。
Q旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁の記録では明治前期、西暦1868年から1911年の範囲とされ、具体的な建築年は公表されていません。登録有形文化財としての登録は平成20年(2008年)4月18日、告示は同年5月7日です。
Q旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋の「田村屋螢庵」とは何を指しますか。
A西陣織の機屋・田村屋が美山に構えた工房の名です。創業者の田村螢成がこの地に結んだ庵を螢庵と号しました。登録名称は、建てた小山家と、のちの工房としての使われ方を併せて記録しています。
Q旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋の規模と構造を教えてください。
A木造平屋建、茅葺、建築面積156平方メートル、員数1棟です。屋根は入母屋造で、下端に桟瓦葺の庇を付設します。内部は南半部が土間、北半部に座敷・イタノマ・ナンドを配し、西面北端の主座敷にトコと付書院を備えます。
Q旧小山家住宅(田村屋螢庵)には主屋のほかに登録された建物がありますか。
Aあります。主屋の西北に建つ土蔵と、主座敷前の庭を区画する庭門及び塀が、同じ平成20年4月18日付で登録されています。三棟は一段高い一つの敷地に建ち、屋敷構え全体として評価されました。
Q旧小山家住宅(田村屋螢庵)のある美山町三埜へはどう行けばよいですか。
A車が現実的で、京都縦貫自動車道の園部インターチェンジからおよそ40〜50分です。公共交通の場合はJR山陰本線の園部駅または日吉駅から南丹市営バスを利用しますが、便数が少ないため事前に時刻表の確認が必要です。

基本情報

名称旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋
所在地京都府南丹市美山町三埜小山ノ元38
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 26-0300/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成20年(2008年)4月18日登録、同年5月7日告示(第59回登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺、建築面積156平方メートル
所有者株式会社ニシオアセット
公開状況非公開(宿泊施設として利用)。外観の一部を公道から望める

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007078
文化遺産オンライン 旧小山家住宅(田村屋螢庵)主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/191800
文化遺産オンライン 旧小山家住宅(田村屋螢庵)庭門及び塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/172382
南丹市 文化財一覧
https://www.city.nantan.kyoto.jp/www/life/112/013/000/index_71573.html
美山FUTON&Breakfast(螢庵の運営者)
https://www.miyamafandb.com/
京都 美山ナビ 泊まる
https://miyamanavi.com/stay/

最終更新日: 2026.08.06