丹後の大庄屋が構えた屋敷
旧上野家住宅は、京都府舞鶴市西方寺にある大庄屋上野家の屋敷で、天保年間(1830〜1843年)に建てられた茅葺の主屋を中心とする8棟が、平成18年(2006年)8月3日に国の登録有形文化財となった。現在は舞鶴市が所有し、「加佐地域大庄屋上野家」の名で公開している。
西方寺は舞鶴市西部の加佐地域にある山あいの集落である。屋敷は集落を通る道に面して建ち、正面から側面へ長い塀が折れ曲がって続く。塀の内側に茅葺屋根の大きな主屋があり、そのまわりに長屋、馬屋、3棟の土蔵、屋敷神の社が配されている。農家の住まいに必要な建物がひと揃い残っている点が、この屋敷のいちばんの特徴といってよい。
施設の沿革によれば、上野家は伊賀国から丹後国加佐郡岡田庄の西方寺村へ移った上野宗信に始まり、代々農業を営み、養蚕を副業とした。9代目の弥一郎宗永のとき、この地方を治めた田辺藩から、14の庄屋を束ねる大庄屋に任じられたという。以後の当主は代々「弥一郎」を名乗った。
明治に入ると、当主の上野弥一郎(宗愛)が京都府会議員を21年間、6期にわたって務め、鉄道の敷設や舞鶴・宮津の港の整備、京都大学の設置に力を尽くしたと伝わる。のちに衆議院議員となり、明治41年(1908年)の任期満了まで3期在職した。なお、宗愛を何代目とするかは資料によって12代・13代と分かれている。
8棟の登録と、それぞれの年代
登録されたのは主屋・長屋・馬屋・東蔵・中蔵・西蔵・神社・塀の8件で、登録番号は26-0214から26-0221まで連続する。登録基準はいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。1棟ずつの建築的な完成度よりも、屋敷全体としてまとまった景観を保っていることが評価されたと読める。
年代は一様ではない。文化庁のデータベースでは、馬屋・東蔵・中蔵・神社が江戸後期(1751〜1829年)、主屋が天保期、長屋が明治10年代(1877〜1886年)とされる。塀は江戸後期に築かれ、大正期(1912〜1925年)に増築された。舞鶴市の資料は、主屋の奥座敷も大正時代の増築としている。
西蔵だけは資料の間で年代が大きく食い違う。文化庁のデータベースは昭和20年代(1945〜1954年)とするが、舞鶴市の歴史文化基本構想は明治20年代とする。どちらを採るかで屋敷の成長の描き方が変わるため、本サイトでは両論を併記している。
江戸後期に基本の構えができ、明治に長屋が、大正に座敷や塀が加わり、そのあとにも蔵が建てられた。8棟を年代順に並べると、大庄屋の家が代替わりのたびに屋敷を少しずつ充実させていった経過がそのまま見えてくる。
塀に囲まれた書院の庭園は「上野家庭園」として、平成19年(2007年)3月16日に京都府の名勝となっている。建物は国、庭は府という二つの制度で守られている屋敷である。
屋敷の配置と歩く順序
屋敷は南を正面とする。正面寄り、主屋の南西に土蔵造の小屋が建つ。これが馬屋で、小さいながら屋敷の正面の景観をかたちづくっている。
敷地の中央に、南を向いて主屋が建つ。茅葺の入母屋造の大屋根の四周に瓦葺の下屋がまわり、東側には客を迎えるカミノマが突き出す。主屋の西側には、南北に長い長屋が東を向いて建つ。
土蔵は主屋の背後に集まる。東蔵と中蔵が東西に並んで一続きの景観をなし、少し離れた長屋の北西に西蔵が建つ。主屋の北東には屋敷神を祀る小さな社があり、東を向いている。
塀は正面の入口から屋敷の南側をまわり、庭園を囲むように北へ折れて、この社のところまで続く。延長は約44メートルある。途中には厠が付き、庭園の西を仕切る塀と庭門も設けられている。
歩く順序は、道から塀と馬屋を眺め、入口を入って主屋の正面に立ち、長屋、裏手の蔵、社へとまわるのが自然である。塀の道路側の仕上げは、敷地の外からのほうがよく見える。
見学の方法とアクセス
舞鶴市の条例では、開館時間は午前10時から午後4時まで、休館日は毎週水曜日(祝日の場合は翌日)と12月29日から1月3日までで、入館料は無料と定められている。ただし運営側が時間を変えたり臨時に休館したりすることがあり、観光案内には別の時間を載せているものもある。出かける前に舞鶴市か施設へ確かめておきたい。
主屋の一部では飲食の店が営業しており、京都府観光連盟の案内では営業時間を午前11時から午後5時としている。建物の内部をどこまで見られるかは、その時々の使われ方によって変わる。
車の場合は、京都縦貫自動車道の舞鶴大江インターチェンジから約5分で、駐車場がある。鉄道の場合は、JR舞鶴線または京都丹後鉄道宮舞線の西舞鶴駅からタクシーで約20分かかる。駅からは距離があるため、車かタクシーでの訪問が現実的である。
撮影の可否について、公表された決まりは見当たらなかった。屋外の撮影で困ることは少ないが、店の営業中の室内や展示を撮る場合は、その場のスタッフに一声かけるのがよい。
参考文献
- 旧上野家住宅主屋(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005627
- 旧上野家住宅長屋(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005628
- 旧上野家住宅馬屋(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005629
- 旧上野家住宅東蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005630
- 旧上野家住宅中蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005631
- 旧上野家住宅西蔵(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005632
- 旧上野家住宅塀(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005633
- 旧上野家住宅神社(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005634
- 旧上野家住宅主屋(文化遺産オンライン)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/152235
- 舞鶴市歴史文化基本構想 第2章(2-3)指定等文化財一覧(舞鶴市)
- https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/cmsfiles/contents/0000004/4317/2-2.2_2019013109530129.pdf
- 舞鶴市歴史文化基本構想 第3章(3-2)[3-4](舞鶴市)
- https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/cmsfiles/contents/0000004/4317/3-2.3-4_2019013109315068.pdf
- 加佐地域大庄屋上野家条例(舞鶴市例規集)
- https://www.city.maizuru.kyoto.jp/html/reiki_int/reiki_honbun/k104RG00000789.html
- 加佐地域大庄屋上野家(舞鶴市公式ホームページ)
- https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kankou/0000010433.html
- 茅葺屋根の古民家・大庄屋上野家の歴史(加佐地域大庄屋上野家)
- https://www.uenoke.com/history
- 大庄屋 上野家(京都府観光連盟公式サイト)
- https://www.kyoto-kankou.or.jp/info_search/8659
最終更新日: 2026.09.25
基本情報
| 名称 | 旧上野家住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府舞鶴市西方寺285 |
| 所有者 | 舞鶴市 |
| 指定 | 登録有形文化財 8件 |
| 座標 | 35.44560, 135.21583 |