庄屋とは

庄屋は、江戸時代に村を治めた村役人である。年貢の取りまとめ、村の訴訟、触書の伝達などを担い、領主と村人の間に立った。

その住宅は上層民家として文化財に多く残る。岐阜県の長屋清左衛門住宅主屋は江戸中期の建築で、「美濃地方北部の山間部にある庄屋の住宅。主屋は12間に6間半の大規模なもので、南を正面とし、西を上手とする」と解説されている。12間に6間半はおよそ22メートル四方に近い規模である。

宮崎県の旧吉松家住宅は大正8年頃の建築で、重要文化財の解説に「吉松家は、近世に庄屋をつとめ、明治以降、山林経営により発展した家で、現存する主屋は大正8年の上棟である。木造一部2階建で、接客部や居室部、台所部からなる複雑な平面をもつ。格天井の玄関、折上格天井を有する洋間の応接室、2階へ上る階段、奥座敷の仏間など随所に良材を用いて意匠を凝らす」と記されている。

愛媛県の旧川之石浦庄屋二宮家住宅石塀は江戸末期の築造で、「町の中心部にある旧庄屋宅の外塀」と解説されている。屋敷の外構えまで文化財として記録される。

呼称の違いと家格の表れ

地域によって呼称が違う。西日本では庄屋、東日本では名主、東北では肝煎と呼ばれた。長野県の坂井銘醸主屋は江戸後期の建築で、「北方上手の間口2間の式台に名主家としての権威と格式が示されている」と解説されている。ここでは名主と記されている。

住宅の構えに家格が現れる。式台を備えた玄関、長屋門武者窓、広い座敷といった要素は、一般の農家には設けられない。記録がこれらを挙げて格式を語るのは、そのためである。

岐阜県の長屋清左衛門住宅長屋門は江戸後期の建築で、「近世の庄屋住宅の構成要素として欠かせない物件」と評価されている。長屋門があること自体が庄屋の家であることを示す。

記事に書くときは、庄屋・名主・肝煎のどの語が記録に使われているかを確かめたい。役割は同じでも、地域を示す情報になる。

参考文献

文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
国指定文化財等データベース(文化庁)長屋清左衛門住宅長屋門/近世の庄屋住宅の構成要素
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003101
国指定文化財等データベース(文化庁)旧吉松家住宅/近世に庄屋をつとめ、明治以降、山林経営により発展した家
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00004314
国指定文化財等データベース(文化庁)旧川之石浦庄屋二宮家住宅石塀/大小様々な緑泥片石を鋭角で組み合わせ、全体として矢筈積に近い造りとする
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002697
国指定文化財等データベース(文化庁)坂井銘醸主屋/北方上手の間口2間の式台に名主家としての権威と格式
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003092

最終更新: 2026.09.10