富士ラビット ― 大正末期の京都を彩った自動車販売会社の社屋

京都駅烏丸口から徒歩八分。七条通と新町通の交差点に、淡いクリーム色の小さな三階建が立っている。屋根の上には円形の塔屋が突き出し、その背後でアーチ型のステンドグラスが日に応じて表情を変える。多くの通行人は一瞬目を留め、また歩き出していく。地階に牛丼チェーンの看板を掲げるこの建物が、かつて京都の人びとが初めて自動車を眺めにきた場所であったとは、なかなか想像がつかない。

富士ラビットは大正14年(1925年)頃の竣工とされる。狭い間口に詰め込まれた意匠は、見るほどに数を増す。古典的な柱頭をもつ細いオーダー、入口上部の戦車に乗る人物を象ったレリーフ、軒や窓上を彩る鉛縁ステンドグラスにあしらわれた自動車の車輪。一棟の建物としては、ほとんど建築様式の見本帳のようでもある。

日光社という名前と、京都にやって来た自動車

この建物は、京都で自動車販売の草分けといわれた日光社の社屋として建てられた。創業者は粂田幸次郎。後にヤサカタクシーを興し、京都の街に黄色い三つ葉のタクシーを走らせる人物である。日光社は当時、フォードのT型などを輸入販売しており、馬車や人力車の往来する七条通に、エンジンの音をもたらした最初期の存在のひとつだった。

「富士ラビット」という不思議な名は、戦後に由来する。1947年から富士産業株式会社(現スバル)が販売を始めたスクーター「富士ラビット」の販売店として、この建物が使われた時期に名付けられたものだ。富士産業は中島飛行機を前身としており、戦闘機を造っていた工場が戦後にスクーターを世に送り出した。スクーター自体は姿を消したが、ビルの名はそのまま残った。

登録の理由

富士ラビットは平成11年(1999年)6月7日付で、国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は26-0037。文化庁の解説では、社名「日光」を象ったとされる塔屋の意匠、古典的な柱のオーナメント、一階正面の自動車を描いたステンドグラスなど、さまざまな要素が混じり合った建物として価値が評価されている。

大正期の鉄筋コンクリート造商業建築は、町家が密集する京都中心部では数が限られる。木造ではなく鉄筋コンクリートを選んだ点に、新興産業である自動車販売業の意気込みが読み取れる。鉛入りガラスもレリーフもオーダーも、創建時の装飾が比較的良好な状態で残っており、1920年代の小規模商業建築が「近代的」「西洋的」「品格ある」というイメージをいかに表現しようとしたかを伝える資料的価値も高い。

外観の見どころ

建物の正面を真っ向から眺めるなら、七条通の南側、新町通との交差点付近に立つのがよい。ゆっくり見るほどに、三つの意匠が応えてくれる。

まずは塔屋。直径二メートルほどの小さなドーム状で、アーチ窓が穿たれている。社名「日光」を円で表したとする解釈が古くからあり、装飾と看板を兼ねた存在として位置づけられてきた。

次にステンドグラス。最大の見せ場は玄関上のアーチ窓に収まる一枚で、よく見ると円形の文様はドーナツではなく、ハブとタイヤを描いた自動車の車輪である。軒下や上階の窓まわりにも小さな鉛縁ガラスが連なる。現在のテナントがこれを撤去せず、看板で隠すこともしていないのは、この建物の静かな美点である。

そして玄関上部のレリーフ。小さな戦車に乗る人物が浅く彫り出されており、古典的な気分が漂う。馬車・戦車という古代地中海の威信を、自動車の時代へとつなぐ意図があったのかもしれない。両脇に立つ細い柱の柱頭は、古典オーダーを自由に解釈した飾りで仕上げられている。

2002年の再生と現在

富士ラビットは2002年頃、NEO建築設計室の手により慎重な修復を経て再生された。創建当時の写真をもとに色彩や材料を分析し、可能なかぎり元の姿に戻したという。現在、一階は全国チェーン「なか卯」のうどん・丼の店舗として営業している。1920年代の自動車ショールームに現代のファストフード店が入る取り合わせは、それ自体が小さな見どころとなる。何を注文するにせよ、店内からステンドグラスを見上げることができ、これは外を歩くだけでは得られない眺めだ。上階はかつて「ラビットサロン」として小さなクラシックコンサートに使われた時期もあり、また個人住居として用いられてきた。一階以外は基本的に非公開と考えるのが無難である。

周辺の見どころ

七条通の新町交差点を中心とする五十メートルほどの範囲には、近代建築が驚くほど密集している。富士ラビットの斜向かいには登録有形文化財の旧鴻池銀行七条支店があり、現在はレストランに転用されている。少し歩けば、同じく国登録のレストラン菊水も近い。歩いて五分から十分の範囲に世界遺産の西本願寺、徒歩圏に東本願寺、そして原広司設計の京都駅の巨大なコンコースもある。

江戸期の木造伽藍、大正期の商業意匠、二十一世紀のスチールとガラスを、一筋の通りの上で続けて見られる地域は、京都広しといえども多くない。半日の建築散歩には絶好の出発点である。

Q&A

Q富士ラビットの中に入れますか?
A一階は「なか卯」のうどん・丼店舗として営業しており、営業時間中であれば客として入店できます。二階以上は通常公開されていません。
Qなぜ自動車販売会社の社屋なのに「富士ラビット」という名前なのですか?
A名称は戦後に由来します。富士産業(現スバル)が1947年から販売を始めたスクーター「富士ラビット」の販売店として使われた時期に、ビル名として定着しました。創建時のテナントである日光社はフォードT型などの自動車を扱っていました。
Q京都駅からの行き方は?
A京都駅烏丸口から徒歩で約八分です。烏丸通を北へ進み、七条通に出たら西へ。七条通と新町通の交差点角に立っています。
Qステンドグラスは創建当時のものですか?
Aタイヤや車輪をモチーフにした鉛縁ガラスは、大正期の創建時から残されているものです。2002年頃の修復工事では、当時の写真をもとに色彩などが丁寧に分析されました。
Q見学料や事前予約は必要ですか?
A外観は歩道から無料で見学できます。一階の飲食店も食事代以外の入館料はかかりません。正式な見学ツアーは設けられていません。

基本情報

名称富士ラビット(旧日光社社屋)
所在地京都府京都市下京区七条通新町西入夷之町721
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号26-0037
登録年月日平成11年(1999年)6月7日
時代大正/1925年頃
構造鉄筋コンクリート造、地上3階地下1階建、建築面積119㎡、1棟
設計関根要太郎(伝)
創建時の用途京都で自動車販売の草分けとされる日光社の社屋
現在の用途1階:うどん・丼店舗「なか卯」/上階:私的利用
アクセスJR京都駅から徒歩約8分
料金外観見学は無料/1階は飲食店として利用可能

参考文献

富士ラビット — 文化遺産オンライン(文化庁・国立情報学研究所)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/114197
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001117
国指定等文化財の一覧 — 京都市都市計画局
https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000282/282388/bepyou.pdf
文化財総覧WebGIS — 奈良文化財研究所
https://heritagemap.nabunken.go.jp/statistic/98026094-富士ラビット/index.html

最終更新日: 2026.05.16