池の上にたつ朱塗りの塔
京都府木津川市、奈良県境にほど近い当尾(とうの)の里に、真言律宗の岩船寺がある。山門をくぐると、境内の池の奥、木立に囲まれた高台に朱塗りの三重塔がたつ。斜面を背にした立地のため、塔の上層の屋根が周囲の楓や広葉樹ごしに見え隠れする。岩船寺には平安から室町にわたる重要文化財がいくつも残るが、木造の建造物としての重要文化財はこの三重塔だけである。
この塔は長らく九世紀の建立と考えられてきた。寺伝では、承和年間(834〜848年)に仁明天皇が、空海の甥であり弟子でもあった智泉大徳の遺徳を偲んで建てたという。その理解が改められたのは昭和十八年(1943年)の解体修理のときで、部材から嘉吉二年(1442年)の銘が見つかった。現存する塔は室町時代中期の再建にあたる。承久三年(1221年)の兵火で岩船寺の堂塔の大半が焼失したと記録され、十五世紀の建立はこの経緯とも整合する。
指定の理由
岩船寺三重塔は明治三十二年(1899年)に早くも国の文化財として登録された。古社寺保存の枠組みが整いはじめた時期の指定である。区分は重要文化財。三間三重塔婆、屋根は丸瓦と平瓦を組み合わせる本瓦葺で、高さはおよそ十八メートルとされる。
指定が評価する要点は、外からは見えない部分にもある。初層には心柱も四天柱もない。中央に須弥壇を据え、その背後に二本の来迎柱を立て、来迎壁で空間を仕切る構造をとる。柱を立てず須弥壇を中心に据えるこの平面は室町時代の手法であり、初層を密閉された塔身ではなく小さな礼拝の場として使うことを可能にした。内部の壁にはかつて彩色の仏画が描かれており、近年の保存修理で扉絵を含めて復元された。軒を受ける隅木の飾束は、指定の附(つけたり)として加えられている。
見どころ
塔の足もとに立ち、各層の屋根の四隅を見上げてみたい。軒の下にうずくまり、隅木を肩で受けている小さな彫刻がある。隅鬼(すみおに)と呼ばれる像で、その正体は天邪鬼(あまのじゃく)である。本来は四天王に踏みつけられる役回りの天邪鬼が、ここでは軒を支える働き手に転じている。一体ごとに表情が違い、岩船寺の名物として、山門で売られるTシャツや土鈴の図柄にもなっている。
多くの塔は下から見上げるしかない。岩船寺はその例外で、斜面を登って塔をめぐる小道があり、屋根を上から見下ろし、隅鬼を含めてあらゆる方向から構造を観察できる。特別公開の期間には初層の扉が開かれ、須弥壇と復元された壁画を間近にすることができる。
岩船寺の周辺
岩船寺の建つ当尾は、行政上は京都府に属しながら、地理的にも文化的にも奈良に近い土地である。一帯には鎌倉時代を中心とする当尾石仏群が点在し、石仏や石塔を辿る散策路が整えられている。少し離れたところには、九体の阿弥陀如来を一列に並べた本堂で知られる浄瑠璃寺がある。
岩船寺の境内そのものも見どころが多い。同じこぢんまりとした敷地に、高さ約六・三メートルの十三重石塔、五輪塔、奥壁に不動明王を薄肉彫りした応長二年(1312年)銘の石室が並び、いずれも重要文化財である。寺は花の寺として地域に知られ、梅雨どきには池のまわりのアジサイが見頃を迎える。修理を終えた塔の朱が、新緑のなかでひときわ際立つ季節でもある。
Q&A
- 公共交通でのアクセスは?
- JR関西本線の加茂駅から、木津川市コミュニティバス当尾線で約十五分、「岩船寺」下車すぐです。奈良側からは、奈良交通バスの広岡行きで約十八分、「岩船寺口」下車後、徒歩約二十五分となります。
- 塔の内部に入れますか?
- 初層が開かれるのは特別公開の期間に限られます。その際は中央の須弥壇と、復元された壁画・扉絵を見ることができます。それ以外の時期は、塔をめぐる小道から外観を拝観します。
- 屋根の下の小さな像は何ですか?
- 天邪鬼の彫刻で、ここでは隅鬼と呼ばれます。各層の四隅に置かれ、隅木を受けています。一体ごとに表情が異なり、塔のなかでも親しまれている細部です。
- 塔はいつ建てられたのですか?
- 昭和十八年(1943年)の解体修理で見つかった銘により、嘉吉二年(1442年)の建立とされます。九世紀建立とする古い寺伝は、1221年の兵火で堂塔が焼失した記録があるため、現在は採られていません。
- 訪ねるのに良い季節は?
- 池のまわりにアジサイが咲く初夏が代表的な季節です。秋には塔を囲む楓が色づき、いずれの季節も復元された朱塗りとよく合います。
基本情報
| 名称 | 岩船寺三重塔(がんせんじさんじゅうのとう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府木津川市加茂町大字岩船 |
| 所有者 | 岩船寺 |
| 指定区分 | 重要文化財(明治三十二年〔1899年〕四月五日指定) |
| 建立 | 嘉吉二年(1442年)/室町時代中期 |
| 員数 | 一基(附:隅木受飾束 一個) |
| 構造 | 三間三重塔婆、本瓦葺/高さ約十八メートル |
| アクセス | JR加茂駅から木津川市コミュニティバス当尾線で約十五分、「岩船寺」下車 |
| 拝観 | 外観は周囲の小道から通年拝観可/初層内部は特別公開期間に開扉 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2034
- 岩船寺(木津川市公式サイト)
- https://www.city.kizugawa.lg.jp/index.cfm/8,28742,36,421,html
- 岩船寺(南山城古寺巡礼)
- https://www.minamiyamashiro-koji.jp/jp/360vr/gansenji/Gansenji/index.html
最終更新日: 2026.06.18