二十三平方メートルの蔵
中村治男家住宅土蔵は、京都市上京区室町通寺之内上る三丁目上柳原町117にある土蔵造2階建の蔵で、明治後期の建築、平成19年(2007年)7月31日に国の登録有形文化財に登録された。
規模は方2間、一辺約3.6メートル。建築面積は23平方メートルである。京都の街路に置かれた対象としては小さい。南に建つ主屋と同じ日に、同じ基準で登録された。この登録のされかたは、調査者の視線の置きどころを示している。二棟の別々の建物ではなく、対になってはたらく一枚の街路景として見ているのだ。
商家における蔵は、周縁的な付属建物ではなかった。資産が住む場所である。主屋は木と紙でできており、焼けるものとして扱われた。蔵は土でできており、焼けないものとして扱われた。文書、織物、季節の調度、値のあるものはすべてこの壁の内側へ入る。寺之内から北の織物の街区で、中村家がはじめは酒を、のちに不動産を扱っていたあいだ、蔵は取り替えのきかない部分を預かっていた。
横を向いた蔵
京都の蔵は、たいてい妻面を街路に向ける。理由は実利的だ。蔵は間口より奥行きが深く、敷地の奥行きに沿って納まるので、短い側が外を向く。
この蔵は逆をやっている。切妻屋根の平側、つまり軒の長い面を街路に見せる。三角形ではなく広い面が出る。方2間という正方形の平面ではどちらを向けても構わないので、これは選択である。そして効果はまるで違う。妻面は頂点のある壁として読まれる。平側は水平な軒線の下の水平な帯として読まれ、隣に並ぶ主屋の軒と無理なくつながる。二棟がぶつかり合わず、そろって見える。
街路側では、軒の下に1階と2階それぞれ窓が開く。国の記録はこれを外観のアクセントと名指している。素直に言えば、この二つが構成を担っているということだ。白漆喰の塊に開いた二つの開口が、小さな土の箱を無地の壁にしないでいる。
壁面は二つの材料をはっきり上下に分けて扱う。上は土の躯体に白漆喰。下、腰の部分は下見板張で、これを弁柄塗とする。弁柄は酸化鉄の顔料で、深い赤褐色になる。理由はまず機能である。腰は跳ね返りと物のあたりを受ける。板は漆喰よりどちらにも強く、弁柄は木を守りながら色を与える。結果として現れる白い面の下の赤黒い帯は、京都の街路に繰り返し出てくる音のひとつだ。1階では板張の上に瓦葺の庇が走り、水を手前へ落としている。
入口は東、坪庭に面して設ける。街路側ではない。この一点で、蔵が店ではなく家に属していたことが分かる。荷は敷地の内側から、坪庭を通って、人目に触れずに出入りした。街路に向いた面には窓があり、戸はない。立面であって、入口ではないのである。
「指定」ではなく「登録」
日本の建造物保護は強さの異なる二つの制度で行われる。国宝と重要文化財は指定であり、対象を絞り、許可制で管理し、補助も厚い。登録有形文化財は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた緩やかな枠組みに属し、同年10月1日施行、所有者は許可を申請せず変更を届け出る。評価される前に失われていく明治以降の膨大な建造物のために組まれた制度で、京町家とその蔵はそのなかでも目立つ存在だった。
対象は原則として建設後50年を経過し、三つの基準のいずれかを満たすもの。この土蔵が登録されたのは第一号「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、主屋も同じである。23平方メートルの付属建物に適用できる基準はこれ以外になく、そしてこれが正しい。構法に珍しさはない。珍しくなったのは組み合わせのほうだ。主屋とその蔵が、もとの敷地に一緒に建ち続け、街路に連続した面を見せているという状態である。
この点は明記しておきたい。小さな建物が登録される理由がここにあるからだ。登録の一覧は、注目すべき対象を並べたものだけではない。街路の面をひとまとまりに保つための手立てという側面も持っている。
訪ねかた
この蔵は個人の住宅の敷地内にあり、公開されていない。京都府国登録文化財所有者の会も、この物件を非公開、用途は個人宅と記録している。公開日はなく、入口が内側の坪庭に面しているため、戸そのものも外からは見えない。
街路側の立面は別である。そしてそれが登録された価値そのものだ。公道からいつでも、無料で見られる。室町通の向かい側に立ち、二棟をまとめて視野に入れたい。大戸と出格子、塗り込め窓を持つ主屋と、その北で水平な軒線、赤い腰、二つの窓を見せる土蔵。この二つを一枚の面として読むことが、訪問の要点である。
一帯へは市バス「堀川寺ノ内」下車、徒歩数分。または地下鉄烏丸線今出川駅から北西へ徒歩15分ほど。街路からの撮影に制限はないが、敷地の内へは向けないでいただきたい。
この種の蔵の内側を見たいのなら、西陣くらしの美術館 冨田屋まで歩くとよい。明治18年(1885年)の呉服問屋の住宅で登録有形文化財、公開されており、敷地の建物のなかに三つの蔵を含む。案内付きの見学に着物やお茶席の体験も加えられる。予約が必要で、入館には靴下が要る。さらに近くでは、小川通寺之内上るの茶道資料館が開館9時30分から16時30分、入館は16時まで、月曜と展示替期間は休館。妙顕寺、本法寺、宝鏡寺といった寺之内の寺院を加えれば、午後いっぱいを徒歩で歩ける。
Q&A
- 中村治男家住宅土蔵は見学できますか。
- できません。非公開の個人住宅の敷地内にあり、入口も街路ではなく内側の坪庭に面しています。登録の対象である街路側の立面は、公道からいつでも無料で見られます。同種の蔵の内部を見たい場合は、近くの登録有形文化財の町家、冨田屋が予約制で公開されており、敷地内に三つの蔵があります。
- 中村治男家住宅土蔵の所在地とアクセスを教えてください。
- 京都市上京区室町通寺之内上る三丁目上柳原町117、同じ敷地の主屋のすぐ北に建っています。市バス「堀川寺ノ内」下車徒歩数分、または地下鉄烏丸線今出川駅から北西へ徒歩15分ほどです。
- 中村治男家住宅土蔵はどれくらいの大きさですか。
- 方2間、一辺約3.6メートルで、2階建、建築面積23平方メートルです。土蔵造、つまり厚い土壁を漆喰で仕上げる構法で、屋根は切妻造の瓦葺です。
- 中村治男家住宅土蔵では何を見ればよいですか。
- 四点あります。切妻屋根の平側を街路に見せており、妻面を向けるのが一般的な京都の蔵としては珍しい向きです。街路側の1階と2階に窓が開き、国の記録はこれを外観のアクセントと記します。壁は上部が白漆喰、腰は赤褐色の弁柄を塗った下見板張。1階には板張の上に瓦葺の庇が付きます。
- 中村治男家住宅土蔵のような小さな建物がなぜ登録されたのですか。
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準により、平成19年に主屋と同じ日に登録されました。構法自体に珍しさはありませんが、主屋とその蔵がもとの敷地に一緒に建ち続け、街路に連続した面を見せている状態は少なくなっています。登録制度には、そうした街路の面をひとまとまりに保つはたらきもあります。
基本データ
| 名称 | 中村治男家住宅土蔵(なかむらはるおけじゅうたくどぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市上京区室町通寺之内上る三丁目上柳原町117 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成19年(2007年)7月31日登録、同年8月13日告示/登録番号26-0263 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23平方メートル/方2間(一辺約3.6メートル) |
| 所有者 | 個人(国の記録に所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開(個人宅)。街路側の外観のみ公道から見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)中村治男家住宅土蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006545
- 文化遺産オンライン 中村治男家住宅土蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/142308
- 国指定文化財等データベース(文化庁)中村治男家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006544
- 文化庁 登録有形文化財(建造物)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
- 西陣くらしの美術館 冨田屋
- https://tondaya.co.jp/
最終更新日: 2026.07.30