京都市内最古の多宝塔
京都市伏見区の深草、寶塔寺の本堂の南に、永享10年(1438年)に建てられた二層の塔が立つ。下層が方形、上層が円形の多宝塔で、高さは約11メートルと決して大きくはない。見上げてまず目につくのは初層の屋根である。丸瓦の一方の端を太くして重ねていく「行基葺(ぎょうきぶき)」という古い葺き方で、この手法を残す建物は京都にほとんど例がない。寶塔寺の多宝塔は、京都市内に現存する多宝塔のなかで最も古いとされる。
この塔が立つ寺は、もとは別の寺だった。前身は真言宗の極楽寺で、9世紀末に藤原氏ゆかりの寺として開かれたと伝わる。『源氏物語』「藤裏葉」の帖にもその名が見える古い寺である。徳治2年(1307年)、住持の良桂が日蓮の法孫・日像に帰依し、寺は日蓮宗へと改まった。日像は康永元年(1342年)に没してこの地で荼毘に付され、葬られた。寺名の「寶塔寺」は、日像が京の七口に建てた題目石塔の一つを廟所に祀ったことにちなむ。
なぜ重要文化財なのか
多宝塔が国の保護下に置かれたのは、明治39年(1906年)4月14日のことである。日本における文化財保護のごく初期の指定であり、現在は重要文化財となっている。価値の核心は、その古さと希少さにある。京都には数多くの塔が残るが、多宝塔という形式に限れば、市内ではこの塔が最も古い。さらに初層の行基葺は、後世の塔ではほとんど用いられなくなった葺き方で、この点でも貴重とされる。
意味はもう一層深いところにもある。多宝塔という形式は、『法華経』見宝塔品に由来する。釈迦が法を説くと地中から宝塔が涌き出し、なかから多宝如来が現れて教えの正しさを証する、という場面である。法華経を信仰の中心に据える日蓮宗の寺にとって、「寶塔」は借り物の装飾ではなく、経典の核心を木と瓦に組み上げたものといえる。寺の名にも同じ文字が用いられている。
見どころ
塔の内部は公開されていないため、地上からゆっくり見上げるのがよい。初層の周囲には高欄のない縁がめぐり、塔の足もとを低く引き締めている。中央の間には板唐戸、その両脇の間には連子窓が入り、初層に細い光を通す。組物の間の中備えには、中央間だけに蟇股(かえるまた)が一つ置かれる。装飾を抑えた、室町中期らしい控えめな構えである。
視線を上へ運ぶと、多宝塔の構造がよくわかる。方形の初層の上に、白漆喰の亀腹(かめばら)と呼ばれる丸みが載り、その上に円形の上層が組まれる。頂は宝形造の屋根で納め、青銅の相輪を立てる。方から円へ、白い曲面を挟んで移り変わるこの構成こそ、多宝塔という形式の要である。
塔にたどり着くまでの道のりも見どころに含めたい。室町期建立で同じく重要文化財の総門をくぐると、石畳の参道が塔頭の並ぶ間を緩やかに上っていく。その先の朱塗りの仁王門は正徳元年(1711年)の再建で、天井には約250枚の牡丹の絵が一枚ずつ異なる図柄で描かれている。本堂の背後からは100段を超える石段が七面山へと延び、登りきった七面宮の前に立つと、京都南部の市街が大きく開ける。
周辺と交通
寶塔寺がある深草は、京都でも有数のにぎわう名所のすぐ近くにある。JR奈良線の稲荷駅から徒歩約10分、その同じ駅が伏見稲荷大社の入口でもある。山腹を朱の鳥居が連なって登っていく、あの伏見稲荷である。一つ北の駅まで足を延ばせば、紅葉と通天橋で知られる東福寺もある。数千人の参拝者でにぎわう場所から歩いてわずかの距離に、寶塔寺の静かな参道がある。本堂裏の七面山へ登れば、同じ界隈を見下ろせる。この落差そのものが、この寺を訪ねる楽しみといえる。京阪本線なら龍谷大前深草駅から徒歩約10分である。
Q&A
- 多宝塔はいつ建てられたのですか。本当に京都最古ですか。
- 永享10年(1438年)、室町時代中期の建立とされます。多宝塔という形式に限れば、京都市内に現存するもののなかで最も古いと考えられています。1439年以前とする資料もありますが、国の文化財データベースは1438年としています。
- 塔の中に入れますか。
- 内部は公開されていません。周囲の境内から外観を眺める形になります。境内自体は自由に歩くことができます。
- 行基葺とは何ですか。なぜ重要なのですか。
- 丸瓦を、一方の端を他方より太くして重ねていく古い瓦の葺き方です。この塔の初層の屋根に用いられています。京都でこの古法を残す建物はごくわずかで、塔が高く評価される理由の一つになっています。
- アクセスはどうすればよいですか。
- JR奈良線の稲荷駅、または京阪本線の龍谷大前深草駅から、いずれも徒歩約10分です。京都駅や市内中心部から気軽に訪ねられます。
- 伏見稲荷とあわせて訪ねる価値はありますか。
- あります。稲荷駅は両方の最寄り駅なので、伏見稲荷大社の鳥居をめぐったあと、静かな寶塔寺の塔と山上の七面宮へ足を延ばす人も多くいます。
基本情報
| 名称 | 寶塔寺塔婆(多宝塔) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市伏見区深草宝塔寺山町 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年月日 | 明治39年(1906年)4月14日 |
| 時代・年代 | 室町時代中期・永享10年(1438年) |
| 構造形式 | 三間多宝塔、本瓦葺(初層屋根は行基葺) |
| 員数 | 1基 |
| 高さ | 約11メートル |
| 所有者 | 寶塔寺 |
| 交通 | JR奈良線 稲荷駅/京阪本線 龍谷大前深草駅から徒歩約10分 |
| 公開 | 境内は参拝可。塔内部は非公開 |
参考文献
- 寶塔寺塔婆(多宝塔) - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1918
- 寶塔寺塔婆(多宝塔) - 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/122927
- 宝塔寺 - 京都観光Navi(京都市公式)
- https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=9&tourism_id=433
- 宝塔寺 - 京都通百科事典
- https://www.kyototuu.jp/Temple/HoutouJi.html
最終更新日: 2026.06.03