覚勝院宝篋印塔:嵯峨野に佇む中世の石造美術の傑作
京都・嵯峨野の名刹、清凉寺(嵯峨釈迦堂)の裏手にひっそりと広がる覚勝院墓地。その中央に、総高2.26メートルの堂々たる花崗岩製の宝篋印塔が建っています。昭和35年(1960年)に国の重要文化財に指定されたこの石塔は、室町時代前期(一説には鎌倉時代後期)の優れた石造技術を今に伝える貴重な文化遺産です。嵐山・嵯峨野エリアの主要観光地からほど近い場所にありながら、静かで厳かな雰囲気の中で中世の仏教美術に触れることができる隠れた名所です。
宝篋印塔とは
宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、「一切如来心秘密全身舎利宝篋印陀羅尼経」という経典を納めるために造られた仏塔の一種です。その起源はインドの阿育王(アショーカ王)の仏舎利塔にさかのぼり、10世紀に中国・呉越国の銭弘俶王が八万四千基の金属製小塔を造ったことで広まりました。日本では鎌倉時代初期から石造のものが制作されるようになり、供養塔や墓碑として全国各地に建立されました。
宝篋印塔の基本構造は、上から相輪(そうりん)、笠(かさ)、塔身(とうしん)、基礎(きそ)、基壇(きだん)の五つの部分で構成されています。笠の四隅に「隅飾(すみかざり)」と呼ばれる耳のような突起があるのが、他の石塔と区別する最大の特徴です。
覚勝院宝篋印塔の歴史
覚勝院宝篋印塔は、室町時代前期頃の作と伝えられています。この宝篋印塔が建つ墓地は、かつて「地蔵院墓地」と呼ばれていました。地蔵院は清凉寺の塔頭寺院のひとつでしたが、明治初年に覚勝院に合併され、本尊であった地蔵菩薩は覚勝院に安置されました。墓地もまた現在は覚勝院の管理下にあります。
この宝篋印塔は、地蔵院の開祖である円覚上人を祀るために建立されたものと伝えられています。昭和35年(1960年)2月9日、その歴史的・芸術的価値が認められ、国の重要文化財に指定されました。
重要文化財に指定された理由
覚勝院宝篋印塔が重要文化財に指定された背景には、その優れた造形美と珍しい技法があります。最大の特徴は、塔身の四面に施された独特の彫刻技法です。各面を円形に彫りくぼめ、その中に蓮華座上に坐す顕教四仏の姿が半肉彫りで表現されています。このように塔身を丸く彫りくぼめる手法は宝篋印塔としては非常に珍しく、四方仏の存在感を際立たせる効果を生んでいます。
四方仏の配置は、西面に阿弥陀如来、北面に弥勒菩薩、東面に薬師如来、南面に釈迦如来となっており、それぞれの仏が蓮華座の上に端正な姿で坐しています。全体のプロポーション、各部の精緻な彫刻、壇上積式の基礎・基壇に至るまで、当時の石工たちの卓越した技術力を示す第一級の作品として評価されています。
建築的特徴と見どころ
花崗岩製、総高2.26メートルの覚勝院宝篋印塔は、各部に中世石造美術の粋を凝縮しています。
笠(かさ)
笠の段型は下二段、上六段の典型的な形式です。隅飾は二弧輪郭付きで、内部には蓮華座上の月輪(がちりん)が刻まれています。月輪は悟りの象徴であり、仏教美術における重要なモチーフです。
塔身(とうしん)
本塔最大の見どころです。四面それぞれに円形の窪みが彫られ、その中に蓮華座に坐す四方仏が半肉彫りで表現されています。このような手法は全国的に見ても類例が少なく、まるで小さな仏龕(ぶつがん)のような奥行きと荘厳さを醸し出しています。
基礎・基壇
基礎は壇上積式で、上部には複弁反花が施されています。側面は正面のみ格狭間(こうざま)内に開蓮華文様が浮彫りされ、他の三面には端正な格狭間のみが彫られています。基壇もまた壇上積式で、切石の上に設けられ、側面を二区に分けてそれぞれに格狭間が配されています。
周辺の石造物
宝篋印塔の右側には鎌倉時代の石仏(一部補修あり)が、左側には鎌倉時代末期の八面石幢が建っており、墓地全体が中世石造美術の野外展示場のような趣を呈しています。
覚勝院について
覚勝院は、真言宗大覚寺派の大本山・大覚寺の門前に残る唯一の塔頭寺院であり、大覚寺派の別格本山でもあります。正平年間(1346〜1370年)に、摂政・関白の子息が出家して法皇の法流を継承する「院家(いんげ)」の住坊として建立されました。
本堂は正徳元年(1711年)に第六代将軍・徳川家宣の寄進により建てられたもので、御本尊の十一面観世音菩薩とともに歓喜天(聖天様)が祀られています。「嵯峨聖天」の通称で親しまれ、毎年11月下旬に行われる聖天様の大根供養会は多くの参拝者で賑わいます。聖天様にお供えした大根を炊き上げていただくことで、心身の毒を消し清めるという古くからの信仰に基づく行事です。
また、覚勝院は明治天皇のご生母・慶子姫と深い縁があり、明治天皇ご生誕の際にはおはら帯を加持して献上したと伝えられています。現在も安産祈願のお寺として多くの方が参拝されています。
周辺情報
覚勝院墓地は清凉寺(嵯峨釈迦堂)の裏手に位置しています。清凉寺は「三国伝来の釈迦像」として知られる国宝・釈迦如来立像を本尊とする名刹で、霊宝館(春秋特別公開時のみ開館)にはもうひとつの国宝・阿弥陀三尊像が安置されています。
北へ徒歩約10分で大覚寺に到着します。嵯峨天皇の離宮を前身とする門跡寺院で、重要文化財の宸殿や正寝殿、日本最古の庭池とされる大沢池(名勝)など、見どころが豊富です。
嵯峨野・嵐山エリアには、竹林の小径、渡月橋、世界遺産の天龍寺、紅葉の名所として名高い二尊院、数千体の石仏が並ぶ化野念仏寺など、数多くの観光名所が点在しています。春の桜、秋の紅葉の季節は特に美しく、四季折々の日本の風景を堪能することができます。
Q&A
- 覚勝院宝篋印塔へのアクセス方法は?
- JR嵯峨嵐山駅から徒歩約15分です。京都市バス28系統または91系統で「嵯峨釈迦堂前」下車、清凉寺の裏手に回ると覚勝院墓地があります。墓地は清凉寺裏門の東側からアクセスできます。なお、清凉寺の北門は通常閉鎖されていますので、清凉寺境内を通り抜けて墓地へ行くことはできません。
- 拝観料はかかりますか?
- 覚勝院宝篋印塔は開放された墓地の中にあり、拝観料は不要です。ただし、現役の墓地ですので、静かにお参りください。なお、清凉寺本堂や庭園の拝観には別途拝観料が必要です。
- おすすめの訪問時期は?
- 嵯峨野エリアは一年を通じて美しい場所ですが、桜の咲く春(3月下旬〜4月)と紅葉の秋(11月中旬〜12月上旬)が特に見ごたえがあります。清凉寺の霊宝館で国宝の仏像を拝観するなら、春秋の特別公開時期がおすすめです。11月下旬には覚勝院の大根供養会も行われます。
- 周辺の文化財と合わせて見学するモデルコースはありますか?
- JR嵯峨嵐山駅 → 清凉寺(国宝・釈迦如来立像など)→ 覚勝院墓地(宝篋印塔)→ 大覚寺(重要文化財の建造物・大沢池)→ 竹林の小径 → 渡月橋、というコースがおすすめです。ゆっくり回って3〜4時間程度です。
- 写真撮影は可能ですか?
- 覚勝院墓地は屋外の開放的な空間ですので、宝篋印塔の撮影は可能です。ただし、墓地内では他のお墓への配慮をお願いいたします。覚勝院の本堂内陣は非公開となっています。
基本情報
| 名称 | 覚勝院宝篋印塔(かくしょういんほうきょういんとう) |
|---|---|
| 種別 | 石造宝篋印塔、基壇付(1棟) |
| 材質 | 花崗岩 |
| 総高 | 約2.26メートル |
| 時代 | 室町時代前期(鎌倉時代後期の特徴も見られる) |
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(昭和35年〈1960年〉2月9日指定) |
| 所有者 | 覚勝院 |
| 所在地 | 京都府京都市右京区嵯峨大覚寺門前登り町(覚勝院墓地) |
| 墓地所在 | 京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町(清凉寺裏手) |
| アクセス | JR嵯峨嵐山駅から徒歩約15分、京都市バス「嵯峨釈迦堂前」下車 |
| 拝観料 | 無料(開放墓地) |
| 周辺寺院 | 清凉寺(嵯峨釈迦堂)、大覚寺、二尊院、祇王寺、化野念仏寺 |
参考文献
- 覚勝院宝篋印塔 - 文化遺産データベース
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/147091
- 一度は見ておきたい重要文化財/美術品シリーズ・京都の旅編・その4 | お墓きわめびとの会
- https://ohakakiwame.jp/column/memorial-service/cultural-property-kyoto-part4.html
- 京都府内の石造物㊹:覚勝院墓地宝篋印塔|綾(note.com)
- https://note.com/seki_hakuryou/n/ndbe57893b1bf
- 覚勝院 宝篋印塔 | 清凉寺・大覚寺 [京都府] | 国宝を巡る旅
- https://kokuho.tabibun.net/4/26/2626/s3/
- 別格本山覚勝院 公式サイト
- https://www.kakushouin.jp/
- 覚勝院 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%9A%E5%8B%9D%E9%99%A2
- 宝篋印塔 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E7%AF%8B%E5%8D%B0%E5%A1%94
- 覚勝院 | 京都市観光協会
- https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=576
最終更新日: 2026.03.23