建築家が自分のために建てた夏の住まい

軽井沢夏の家(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)は、長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉にある昭和8年(1933年)建築の木造建築で、令和5年(2023年)9月25日に国の重要文化財(建造物)に指定された。

設計者のアントニン・レーモンド(1888〜1976)は、大正8年(1919年)にフランク・ロイド・ライトの帝国ホテル設計陣の一員として来日し、そのまま日本に残って自身の設計事務所を構えた。この建物は施主から請け負った仕事ではない。旧軽井沢の西側、南ヶ丘の斜面地に、自分と妻ノエミ、そして東京の事務所員数名のために建てたものである。夏のあいだ一同で山に移り、設計の仕事はそこで続いた。別荘と製図室が一つの容積のなかに同居していた。

昭和12年(1937年)、レーモンドがアメリカへ帰国する際に建物は売却される。その後の半世紀ほどのあいだに所有者は何度も入れ替わり、一時期は設計者の名すら結びつけられないまま存在していた。昭和61年(1986年)、塩沢遊園がこれを譲り受けて解体し、塩沢湖の湖畔へ移築復原してペイネ美術館として開館させた。文化庁の登録内容は、木造、建築面積162.98平方メートル、一部2階建、鉄板葺、員数1棟である。

建設から90年を越えた今も、絵画と来館者を毎日受け入れている。

指定の理由 ― 大工の技法で書かれたモダニズム

指定の根拠は重要文化財指定基準の(三)「歴史的価値の高いもの」である。文化庁の解説文が挙げるのは具体的な組み合わせだ。バタフライ屋根、スロープ、吹抜。この三つを噛み合わせて立体的で動きのある空間をつくり、それを丸太による木造軸組構造で支え、建具には芯外しの引戸を用いた。

最後の点はもう一度見る値打ちがある。通常の日本建築では、引戸は柱の芯を通る線上を走る。レーモンドは敷居の位置を柱芯からずらした。それによって開口部は構造の割付から解放され、壁面は框で仕切られた面の連続ではなく、ガラスと空気へ溶けていく。山から出てきたままの形をとどめた丸太と組み合わせれば、鉄もコンクリートも一片使わずに近代建築の相貌が立ち上がる。

指定にあたって重視されたのは、借用の向きだった。1930年代前半のヨーロッパのモダニズムは、鉄筋コンクリートと形鋼の言語である。レーモンドはそれを、日本の大工がすでに手にしていた語彙で書き直した。のちに木造で仕事をした日本の建築家たち、たとえばレーモンド事務所で修業した吉村順三らがこの筋道を引き継いでいく。解説文が「後の我が国の木造のモダニズム建築に大きく影響を与えた」とするのはその意味においてである。

設計史上、よく知られた論点も一つある。ル・コルビュジエは1930年にチリのエラズリス邸の計画案を発表しており、傾斜地に載るバタフライ屋根という構成が本作と近い。実現しなかった案だが、類似はただちに指摘され、以後も議論が続いてきた。エラズリス邸案が石造であったのに対しレーモンドの夏の家は木造であり、開口部の取り方もはるかに大きい。とはいえ参照関係そのものは事実であり、両者ともそれを伏せてはいない。

軽井沢町内で見ても、この指定は特異な位置にある。町内の国指定重要文化財(建造物)は、昭和55年(1980年)5月31日指定の旧三笠ホテルと本件の2件のみ。43年を隔てての2件目だった。

訪ねる ― 見えるもの、見えないもの

建物は現在、軽井沢タリアセン園内のペイネ美術館として稼働している。所在は軽井沢町大字長倉217、塩沢湖の湖畔。開園時間は午前9時から午後5時で、冬季は時間短縮と休園がある。問い合わせは0267-46-6161。美術館の入館料はタリアセン入園料とは別立てになる。館内にはフランスの画家レイモン・ペイネの原画やリトグラフが掛かるため、通常は雨戸を閉めて照度を管理している。訪問前に承知しておきたいのはここだ。レーモンドが設計した開放性は、平常日の館内で目にする状態とは異なる。2026年は開館40周年にあたり、7月2日から2027年1月11日まで記念の企画展が組まれている。

それでも入って、上を見上げてほしい。スロープが平面の中央を貫いて登り、頭上には軸組の丸太がそのまま現れる。バタフライ屋根の二つの流れは中央の谷で出会うので、天井は尖った峰ではなく浅いV字として読める。南ヶ丘時代の写真を見ると、建物は擁壁の上から池に向かって張り出していた。湖畔の平坦地に移った今、その姿勢は失われ、以前より低く、四角く座っている。旧写真を知る人ほどそこに気づく。

レーモンドの建築はもう2件、近くにある。町内に建つ昭和36年(1961年)の軽井沢新スタジオ(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)主屋は、令和5年8月7日に登録有形文化財となった。夏の家の重文指定はその6週間後である。タリアセン園内には昭和6年(1931年)の睡鳩荘(旧朝吹山荘)が移築されており、こちらも登録有形文化財。ほかに軽井沢高原文庫と深沢紅子野の花美術館が同じ園内を歩いて回れる距離にある。

館内の撮影可否は建物ではなく美術館の規定に従うため、受付で確認するのが確実だ。外観であれば、芝地越しに見る東面が、文化庁の記録写真と同じ角度になる。

Q&A

Q軽井沢夏の家(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)は見学できますか。料金はいくらですか。
A見学できます。軽井沢町大字長倉217の軽井沢タリアセン園内で、ペイネ美術館として公開されています。開園は午前9時から午後5時、冬季は休園があります。タリアセン入園料に加えて美術館入館料が必要です。とくに12月から3月にかけては、0267-46-6161で事前に確認してから向かってください。
Q軽井沢夏の家はなぜ重要文化財に指定されたのですか。
A令和5年(2023年)9月25日に、指定基準(三)「歴史的価値の高いもの」により指定されました。バタフライ屋根・スロープ・吹抜による立体的な空間構成を、丸太の木造軸組と芯外しの引戸で実現した点が評価され、日本の伝統技法によってモダニズム建築を成立させた先駆例として、後の木造モダニズム建築への影響が認められています。
Q軽井沢夏の家は建設当初から現在の場所にあったのですか。
A違います。昭和8年(1933年)に軽井沢町南ヶ丘に建てられ、所有者が何度か替わったのち、昭和61年(1986年)に塩沢湖畔へ移築されました。文化庁のデータベースにも「昭和8/昭和61移築」と記載されています。
Q軽井沢夏の家を設計したアントニン・レーモンドはどのような建築家ですか。
Aボヘミア(現在のチェコ)に生まれ、のちにアメリカ国籍を得た建築家です。大正8年(1919年)にフランク・ロイド・ライトの帝国ホテル建設のため来日し、以後は日本を主な拠点として設計活動を続けました。この建物は自身の別荘兼設計スタジオとして使われました。
Q軽井沢夏の家の周辺に、ほかに見るべき文化財はありますか。
A同じタリアセン園内に昭和6年建築の睡鳩荘(登録有形文化財)が移築されています。レーモンド設計の軽井沢新スタジオ主屋は令和5年8月7日登録の登録有形文化財、町内のもう一件の重要文化財である旧三笠ホテルは昭和55年の指定です。

基本情報

名称軽井沢夏の家(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)
所在地長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉字古川228番地1
指定区分重要文化財(建造物)/指定番号 02759
指定年令和5年(2023年)9月25日
員数1棟
寸法木造、建築面積162.98平方メートル、一部2階建、鉄板葺(昭和8年建築、昭和61年移築)
所有者有限会社塩沢遊園
公開状況軽井沢タリアセン園内のペイネ美術館として公開(午前9時〜午後5時、冬季休園あり)

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00005493
文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/553131
軽井沢町 — 町の文化財
https://www.town.karuizawa.lg.jp/page/1351.html
軽井沢ウェブ — 重要文化財指定の報道
https://www.karuizawa.co.jp/topics/2023/10/43-2.php

最終更新日: 2026.08.20