宮津洗者聖若翰天主堂 ― フランス人神父が設計し、畳に座って祈った教会
宮津市役所のすぐ西、京都府北部の海辺の町に、明治29年(1896年)竣工の木造の聖堂が建っている。外から見れば、正面に大きな薔薇窓を据えたロマネスク風の洋館である。ところが扉の内側は畳敷きだった。会衆は椅子ではなく畳に座り、自宅と同じ姿勢でヴォールト天井を見上げて祈った。フランスの設計と地元の大工仕事が同居するこの建物の性格が、正式名称「宮津洗者聖若翰天主堂(みやづせんじゃせいよはねてんしゅどう)」に表れている。「洗者」は洗礼者、「若翰」はヨハネの古い当て字で、洗礼者聖ヨハネに捧げられた聖堂という意味になる。
設計者はパリ外国宣教会の宣教師ルイ・ルラーブ神父。明治18年(1885年)に来日し、3年ほど日本語を学んだのち、明治21年に宮津へ赴任した。担当区域は若狭(福井県南部)から但馬(兵庫県北部)に及ぶ広いもので、その拠点を宮津に置いた。明治28年、洗礼を受けた地元の旧家・田井五郎衛門から土地の寄進を受けて着工し、翌明治29年5月に献堂式が行われた。図面はルラーブ自身が引き、施工は宮津の大工たちが担った。
重要文化財に指定された理由
この聖堂は令和6年(2024年)1月19日、国の重要文化財に指定された(指定番号02765)。指定基準は「歴史的価値の高いもの」。あわせて創建時の図面1枚が附(つけたり)として指定されている。
評価の大きな部分は「残ったこと」にある。禁教が解かれた後に各地で建てられたカトリック教会の多くは、その後に建て替えられたり近代化されたりして、初期の座席を椅子式に改めるなど当初の姿を失っていった。文化庁の解説は、この聖堂を長崎以外に現存する木造カトリック教会堂として最古級の遺構と位置づけている。日本で2番目に古い現存教会建築、そして毎週のミサが続く現役の聖堂としては最古、と紹介されることも多いが、何をもって「最古」とするかで順位は変わるため、最初期の一つと受け止めておくのがよい。
昭和2年(1927年)の北丹後地震、いわゆる丹後大震災はこの地方を激しく揺らした。聖堂も被災し、その後に正面ファサードが改められている。つまり現在見える正面は、創建当初そのままの顔ではない。一方で、頭上のヴォールト天井は震災を持ちこたえた。
見どころ
常連がまず指さすのは天井である。船の曲面を扱い慣れた船大工を含む地元の職人たちが、ヨーロッパの石造教会の交差ヴォールトを木で模してみせた。石ではなく材木で、湾曲した板を精度よく組み上げている。リブの広がる様子から「こうもり天井」と呼ぶ人もいる。
身廊には欅(けやき)の独立柱が並び、柱頭にはクロケット・キャピタルと呼ばれる葉飾りの彫刻が載る。ゴシック由来の意匠を日本の手が彫ったものだ。足元には、この聖堂の性格を決める畳がある。今は礼拝者のために椅子が置かれているが、その下には創建時の畳が残り、色とりどりの光が床を移っていくなかで信徒が膝をついて祈ったと古い記録に書かれている。
その光は窓から差し込む。ルラーブ神父は故郷の教会のような明るい色ガラスで聖堂を満たしたいと願い、パリで作られたステンドグラスを取り寄せた。さらに地元の職人が、小紋のような柄の色ガラスを幾何学的な木枠にはめ込み、ステンドグラスに近い効果を補っている。窓の開き方にも注目したい。ヨーロッパの教会は外開きの観音開きが普通だが、ここでは障子のように横へ引いて開ける引分の窓になっている。誰がどこで建てたかを静かに語る、小さな細部である。
宮津のまちと周辺
宮津は深い湾の奥に開けた町で、最も知られた景観は日本三景の一つ、天橋立である。前かがみになって股の間からのぞく「股のぞき」をすると、松の生えた砂州が空に浮かんで見える。砂州の南端には知恵の文殊で知られる智恩寺があり、受験前の参拝者を集めている。
天主堂は、京都丹後鉄道の宮津駅から徒歩約5分。京都縦貫自動車道の宮津天橋立インターチェンジからは車で約5分ほどである。旧城下町の中心に建ち、市役所の隣、港からも歩いてすぐの場所にある。
注意したいのは、ここが博物館ではなく現役の教会だということだ。外観はいつでも、正面からも背面からも眺められるが、堂内の見学は限られており、正面壁の修繕工事のために中止された時期もある。日曜の午前にはミサが行われ、その間は堂内を見学できない。堂内での撮影は禁止で、飲食も控えるよう求められている。内部を見たい場合は、出かける前に教会または宮津の観光案内へ最新の状況を確認しておきたい。
Q&A
- この教会のどこが珍しいのですか。
- フランス風ロマネスクの設計と、日本の建築習慣が一つになっている点です。外観には薔薇窓があり内部はヴォールト天井ですが、床は畳、柱は欅、窓は外開きではなく横引き。フランス人神父が図面を引き、宮津の大工が建てました。
- どれくらい古いのですか。日本最古なのでしょうか。
- 献堂は明治29年(1896年)です。日本でも最古級の木造カトリック教会堂に数えられ、現存する教会建築としては2番目に古い、また現役でミサが続く聖堂としては最古、と紹介されることが多い建物です。「最古」の定義によって順位は変わるため、最初期の一つと理解するのが正確です。
- 中に入れますか。
- 時期によります。外観は自由に見られますが、堂内見学は制限があり、正面壁の修繕工事で中止された時期もありました。日曜のミサ中は見学できず、堂内の撮影は禁止、飲食も控えるよう求められています。訪問前に教会または宮津の観光案内で最新の状況をご確認ください。
- 誰が設計し、誰が建てたのですか。
- 設計はパリ外国宣教会のルイ・ルラーブ神父自身です。土地は地元の旧家・田井五郎衛門が寄進し、施工は宮津の職人たちが担いました。ヴォールト天井は船大工も加わって造られたと伝わります。
- 行き方と、周辺の見どころは。
- 京都丹後鉄道の宮津駅から徒歩約5分です。少し足をのばせば日本三景の天橋立があり、旧城下町の港まちの散策とあわせて立ち寄るのにちょうどよい場所にあります。
基本情報
| 名称 | 宮津洗者聖若翰天主堂(みやづせんじゃせいよはねてんしゅどう)/通称:カトリック宮津教会 聖ヨハネ天主堂 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府宮津市字柳縄手347 |
| 指定区分 | 国指定重要文化財(指定番号02765)/令和6年(2024年)1月19日指定/基準:歴史的価値の高いもの/附:図面1枚 |
| 建築年 | 明治29年(1896年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造・形式 | 三廊式教会堂、木造、一部二階建、桟瓦葺、建築面積約208.09㎡ |
| 設計・施工 | 設計:ルイ・ルラーブ神父/施工:宮津の地元大工/土地寄進:田井五郎衛門 |
| 所有者 | 宗教法人カトリック京都司教区 |
| アクセス | 京都丹後鉄道「宮津」駅から徒歩約5分/京都縦貫自動車道「宮津天橋立」ICから車で約5分 |
| 見学 | 現役の教会。外観は随時見学可。堂内見学は制限あり(修繕工事やミサ中は不可、堂内撮影禁止)。訪問前に要確認。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)― 宮津洗者聖若翰天主堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005520
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)― 宮津洗者聖若翰天主堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/557391
- 宮津市ホームページ ― カトリック宮津教会 聖ヨハネ天主堂
- https://www.city.miyazu.kyoto.jp/site/citypro/4512.html
- 天橋立観光ガイド ― カトリック丹後教会 宮津教会堂
- https://www.amanohashidate.jp/spot/catholic-church/
- カトリック京都司教区 教会紹介 ― 宮津教会
- https://www.pauline.or.jp/visitingchurches/201408_miyazu.php
最終更新日: 2026.06.03