レストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館)— 哲学の道に佇む、画家が夢見た地中海の館
京都・銀閣寺のほど近く、哲学の道沿いに、ひときわ異彩を放つ淡い色合いの洋館が静かに佇んでいます。やわらかな曲線を描く白壁、テラコッタ色の瓦屋根、そして木々の緑に映える穏やかな佇まい——ここはかつて日本画家・橋本関雪が自邸「白沙村荘」の一画に建てた洋館で、現在は「レストラン・ノアノア」として一般のお客さまをお迎えしています。
本建物は2005年(平成17年)11月10日に「旧橋本関雪邸洋館」として国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。日本画の巨匠が自ら設計したこの小さな地中海風の館は、昭和初期の住宅デザインの一潮流を今に伝える貴重な遺構であり、京都東山の自然と一体になった、たいへん魅力的な洋館建築です。
建物を生み出した画家・橋本関雪
この洋館を理解するには、まず設計者である橋本関雪(1883–1945)という画家について触れる必要があります。神戸に儒学者・橋本海関の長男として生まれた関雪は、京都に出て竹内栖鳳の竹杖会に学び、文展・帝展で次々と入賞・受賞を重ね、のちに帝室技芸員、帝国美術院会員にも選ばれた、大正から昭和初期を代表する日本画家のひとりです。
関雪は中国古典に取材した雄大な作品や、愛犬・愛猿などを慈しみをもって描いた「動物の画家」としても知られていますが、絵画と同じくらい建築・造園・古美術の蒐集に深い情熱を注いだ人物でもありました。1916年(大正5年)以降、約30年にわたって自ら手がけたのが、銀閣寺前のこの邸宅「白沙村荘」です。約1万平方メートルの敷地に大画室「存古楼」、茶室、持仏堂、池泉回遊式庭園などを次々と造営し、その庭園は現在、国の名勝に指定されています。本記事の主役である洋館は、関雪の画業が円熟期を迎えた1929年(昭和4年)頃に建てられました。
西洋古美術コレクションのための「スパニッシュ」洋館
関雪は東洋の古典を愛する一方で、ギリシャ陶器をはじめとする西洋・地中海世界の古美術にも深い関心を寄せ、自らこれらを蒐集していました。この洋館は、そうした関雪の西洋美術コレクションを陳列・鑑賞するための場として構想されたと伝えられています。建築様式にスパニッシュ(地中海様式)が選ばれたのは、当時の日本に広がりつつあった洋風住宅デザインの最新潮流を映すと同時に、東西の文化を独自に融合させようとする関雪自身の美意識のあらわれでもあったといえるでしょう。
建物は鉄筋コンクリート造2階建て、瓦葺で、外装はモルタル塗。建築面積は約63平方メートルと小ぶりながら、淡い色調の壁面とアーチを思わせるやわらかな造形が、強い日差しの似合う南欧の住宅を連想させます。一方で、玄関の庇には日本建築の垂木を思わせる意匠が取り入れられており、スパニッシュ様式を基調としつつ和の感覚をさりげなく加えた点が大きな特徴です。文化庁の登録解説でも、玄関庇の垂木形などに和風を加味し「昭和初期の洋風住宅デザインの一つの潮流を今に伝える」点が高く評価されています。
個人邸の応接室から、庭に開かれたレストランへ
洋館は長らく橋本家の私的な空間として使われていましたが、1970年(昭和45年)に1階部分の部屋がキッチンへと改装され、隣接する木造増築部分とともに、ヨーロピアンレストラン「ノアノア」として新たな歩みを始めました。「NOANOA」という店名は、画家ポール・ゴーギャンがタヒチ滞在の体験を綴った書物の名に由来するといわれています。
現在のレストランでは、開店当初から愛され続けるパスタや自家製ピッツァを中心とした欧風料理を、関雪が室内意匠を整えた洋館の空間や、季節の花々に囲まれたオープンガーデンのテラス席で楽しむことができます。ゆったりとした天井高、アンティーク家具やシャンデリアの落ち着いた光が、文化財建築ならではの時間の流れを感じさせてくれます。隣接する白沙村荘庭園・橋本関雪記念館は別途の入場券が必要ですが、洋館とその庭は、お食事をご利用いただくことで気軽にご鑑賞いただけます。
みどころ
第一の魅力は、なんといってもその外観と京都東山の自然との対比です。木々の緑や紅葉、桜の枝越しに浮かび上がる淡い色の地中海風の壁は、どこか異国の山荘を思わせ、哲学の道を歩く方々のフォトスポットとしても親しまれています。玄関に近づいたら、ぜひ庇まわりの細部にもご注目ください。日本建築の垂木をあしらった意匠は、関雪が東西の様式を一つにまとめあげようとした、さりげなくも明確な工夫といえます。
店内に足を踏み入れると、昭和初期の応接間の空気を残した広やかな空間と、樹齢100年近い木々が枝を広げる庭園のビューが迎えてくれます。寺社の拝観で歩き疲れた頃合いに、ゆったりと長めのランチを楽しんだり、午後の紅茶でひと休みしたりするのに、これ以上ないロケーションといえるでしょう。
周辺の見どころ
ノアノアは京都でも屈指の観光エリアの中心に位置しています。徒歩数分の距離には、世界遺産「古都京都の文化財」を構成する銀閣寺(慈照寺)があり、足利義政が築いた東山文化の精華を体感することができます。お店の前を南へと延びる琵琶湖疏水沿いの小径は、哲学者・西田幾多郎が思索しながら歩いたことから「哲学の道」と呼ばれ、春の桜、初夏の新緑、秋の紅葉と四季折々の名所として親しまれています。
哲学の道をさらに南へ進めば、苔と山門の美しい法然院、紅葉の名所として名高い永観堂、そして臨済宗南禅寺派大本山・南禅寺へと至り、いずれも徒歩圏内です。午前中に銀閣寺と哲学の道、お昼にノアノアでの食事、午後に白沙村荘の庭園や記念館、そして南禅寺方面へ——と組み合わせれば、京都東山を一日かけて贅沢に味わうことができます。
Q&A
- 予約は必要ですか?
- 飛び込みでのご利用も可能ですが、銀閣寺・哲学の道に近い人気のお店のため、ランチタイムや夕食時、特に週末や桜・紅葉のシーズンは大変混み合います。ゆっくりお過ごしいただくためには、お電話でのご予約がおすすめです。
- 食事をしなくても建物の中を見学できますか?
- 洋館の内部はレストランとして営業しているため、原則としてお食事のお客さま向けの空間となっています。外観や入り口まわりの庭は通りからもご覧いただけますので、内部の文化財建築をじっくり味わいたい場合は、お茶やデザートだけのご利用も含めてレストランに立ち寄るのがおすすめです。
- 隣の白沙村荘庭園と、この洋館にはどんな関係があるのですか?
- 白沙村荘の池泉回遊式庭園と、ノアノアが入る洋館は、いずれも橋本関雪邸の敷地内に建てられたものです。庭園と和館部分は国の名勝に指定され、橋本関雪記念館として一般公開されており、別途の入館料で見学できます。庭園と洋館をあわせて巡ると、関雪の世界観をより深く感じていただけます。
- どのようなお料理が楽しめますか?
- パスタや自家製ピッツァを中心とした欧風料理が看板メニューで、1970年の開店以来長く親しまれています。ランチセット、ハンバーグなどの一皿料理、季節限定メニュー、ケーキやドリンクも揃い、しっかりとお食事をされたい方からカフェ利用の方まで幅広く対応しています。
- 最寄りの交通アクセスを教えてください。
- 市バスでは京都駅や三条京阪などから「銀閣寺道」または「銀閣寺前」バス停下車、徒歩約3分です。京阪・叡山電車の出町柳駅からは徒歩約25分で、哲学の道を散策しながら向かうのも風情があります。お車の場合は周辺道路が混雑しやすいので、公共交通機関のご利用がおすすめです。
基本情報
| 名称 | レストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館) |
|---|---|
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2005年(平成17年)11月10日 |
| 建築年代 | 1929年(昭和4年)頃 |
| 設計 | 橋本関雪(日本画家、1883–1945) |
| 構造及び形式 | 鉄筋コンクリート造2階建、瓦葺、建築面積約63㎡ |
| 様式 | スパニッシュ(地中海)様式を基調に和風の意匠を加味 |
| 所在地 | 〒606-8406 京都府京都市左京区浄土寺石橋町35-1 |
| 現在の利用 | 欧風レストラン「レストラン・ノアノア」 |
| 営業時間 | 11:00〜21:00(不定休) |
| 電話 | 075-771-4010 |
| アクセス | 市バス「銀閣寺道」「銀閣寺前」バス停より徒歩約3分/京阪・叡山電車「出町柳駅」より徒歩約25分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン「レストラン・ノアノア(旧橋本関雪邸洋館)」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/170302
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004992
- 京都登文会「白沙村荘 洋館(NOANOA)」
- https://www.kyoto-tobunkai.org/catalogue/38.html
- 白沙村荘 橋本関雪記念館 公式サイト
- http://www.hakusasonso.jp/
- おにわさん「白沙村荘庭園・橋本関雪記念館」
- https://oniwa.garden/hakusasonso-hashimoto-kansetsu-museum-kyoto/
- Wikipedia「橋本関雪」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/橋本関雪
最終更新日: 2026.05.03