三宝院とは:秀吉が再興した醍醐寺の本坊

三宝院(さんぼういん)は、京都府京都市伏見区の醍醐寺の本坊的な存在の院で、桃山時代の表書院と唐門が昭和29年(1954年)に国宝に指定され、勅使の間などの殿堂や宝篋印塔も重要文化財に指定されている。

醍醐寺によると、三宝院は永久3年(1115年)に醍醐寺第14世座主の勝覚僧正によって創建され、歴代座主が居住する坊である。文化庁によると、中世以降は寺の座主職を兼ねていた。

文化庁によると、建物はたびたび火災にあい、文明2年(1470年)以後は再建が滞ったが、慶長3年(1598年)に豊臣秀吉が花見のために寺に来て、みずから指図を行って再興した。現在の諸建物の多くはこのときのものといわれる。

殿堂と唐門

文化庁によると、表書院は殿堂の中央部に南面して建つ規模の大きな建築で、正面は庭園に面して広縁を設け、左端に切妻造の泉殿を備え、西面には車寄せの唐破風を付ける。桃山時代の書院造の特質を最もよく表した遺構として、住宅史上の価値がきわめて高い。

唐門は、慶長4年(1599年)に塀中門として建てられ、二度の移築を経て現在地に落ち着いた三間一戸の平唐門である。扉の表裏に大きな五七桐を浮彫とし、脇間には同じ大きさの菊花を入れる。醍醐寺によると、朝廷からの使者を迎えるときだけ扉を開いた勅使門で、平成22年(2010年)に黒漆と金箔の壮麗な姿に修復された。

文化庁の記録では、宝篋印塔は鎌倉時代後期の石造宝篋印塔で、基壇が付く。

殿堂の各室と庭園

醍醐寺によると、表書院の下段の間は畳を上げると能舞台になり、中段の間と上段の間から見下ろせるようになっている。上段と中段の間の襖絵は長谷川等伯一派の作といわれる。勅使の間(重要文化財)の竹林花鳥図も等伯一派の作といわれ、奥宸殿の違棚は「醍醐棚」と呼ばれ、天下の三大名棚の一つとされる。

醍醐寺によると、国の特別史跡・特別名勝である三宝院庭園は、慶長3年(1598年)に豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をした庭で、桃山時代の華やかな雰囲気を今に伝えている。

三宝院の拝観

醍醐寺によると、拝観時間は夏期が午前9時から午後5時、冬期が午前9時から午後4時30分である。三宝院・伽藍・霊宝館の3か所共通券は大人1,500円で、三宝院の拝観受付で求める。

醍醐寺によると、純浄観、本堂、奥宸殿は特別拝観で、通常は公開されていない。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「三宝院殿堂」(表書院)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1909
文化庁 国指定文化財等データベース「三宝院唐門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1914
文化庁 国指定文化財等データベース「三宝院宝篋印塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1915
醍醐寺「三宝院」
https://www.daigoji.or.jp/grounds/sanboin.html
醍醐寺「拝観時間・料金」
https://www.daigoji.or.jp/guide/time.html

最終更新日: 2026.09.30

基本情報

名称三宝院
所在地京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
所有者醍醐寺
指定国宝 2件・重要文化財 1件
座標34.95076, 135.82055