来迎院三重塔:大原の杉木立に佇む鎌倉時代の聖なる石塔
京都市左京区大原——都の喧騒から離れた山里に、約800年もの歳月を静かに刻み続ける石造の三重塔があります。来迎院三重塔(石造三重塔)は、天台声明(しょうみょう)を大成し、融通念仏の教えを開いた聖応大師良忍上人(りょうにんしょうにん、1073〜1132年)の御廟として建立された鎌倉時代の石塔で、国の重要文化財に指定されています。
苔むした石塔は、深い杉木立の中にひっそりと佇み、訪れる者を日常から切り離された静寂の世界へと誘います。有名な三千院からさらに奥へ歩を進めた先にある来迎院は、大原の中でも特に静謐な空間であり、日本仏教と日本音楽の源流に触れることのできる貴重な場所です。
来迎院の歴史と良忍上人
来迎院は天台宗の寺院で、山号を魚山(ぎょざん)といいます。寺伝によれば、平安時代前期の仁寿年間(851〜854年)に、伝教大師最澄の直弟子である慈覚大師円仁が、中国・唐の五台山で学んだ声明(仏教声楽)の修練道場として創建したのが始まりとされています。円仁は中国の太原にちなんでこの地を声明の根本道場とし、以来、大原は「天台声明の聖地」として発展を遂げました。
その後、天仁2年(1109年)に聖応大師良忍上人がこの寺に入り、寺院を再興しました。良忍は延久5年(1073年)に尾張国知多郡(現・愛知県東海市)に生まれ、12歳で比叡山に上って出家。常行三昧堂の堂僧として修行を積みながら、天台の教学はもとより密教・戒律にも通じた高僧でした。22〜23歳の頃に大原に隠棲し、来迎院と浄蓮華院を創建。分裂していた天台声明の諸流を統一して「魚山声明」として集大成し、後世の日本音楽(謡曲・浄瑠璃・今様・民謡など)の源流を築きました。
永久5年(1117年)、良忍は念仏三昧の修行中に阿弥陀仏から融通念仏の教えを授かったとされ、「一人の念仏が万人の念仏に通じる」という自他融通の思想を広めました。この教えはやがて融通念仏宗として発展し、大阪・平野の大念佛寺を総本山とする一宗派となります。天承2年(1132年)、良忍は60歳で来迎院において入寂。その墓所として建立されたのが、現在の石造三重塔です。
石造三重塔の特徴と文化財的価値
来迎院三重塔は、鎌倉時代に造立された石造の層塔(そとう)です。本堂の裏手を奥へ進み、小川を渡った先の杉木立の中に、低い石柵に囲まれて建っています。基壇の上に三層の屋根石を重ね、頂部に相輪を載せた形式で、日本の中世石塔の典型的な様式を示しています。
昭和31年(1956年)6月28日に国の重要文化財(建造物)に指定されました。指定の理由としては、鎌倉時代の石造美術として優れた造形を持つこと、また良忍上人という日本仏教史・日本音楽史上きわめて重要な人物の墓塔であることが挙げられます。
なお、境内には別に五輪塔も存在し、こちらが良忍の実際の墓ではないかとする研究者もいます。五輪塔は鎌倉時代中期の造立と推定されており、三重塔は良忍の没後数十年を経て建立された供養塔である可能性も指摘されています。いずれにせよ、両者合わせて良忍を偲ぶ聖域を形成しており、現在も融通念仏宗の関係者による参拝が絶えません。
重要文化財に指定された理由
来迎院三重塔が重要文化財に指定された背景には、複数の文化的価値が認められています。
第一に、鎌倉時代の石造建築として保存状態が良好であり、中世日本における墓塔・供養塔の造形美を今に伝える貴重な遺構であること。この時代の石塔は全国的にも現存例が限られており、来迎院の三重塔はその中でも均整の取れた造形が高く評価されています。
第二に、良忍上人との深い歴史的結びつきです。良忍は天台声明の統一者であり融通念仏の開祖として、日本の宗教史のみならず芸能史・音楽史にも大きな足跡を残した人物です。その墓塔である三重塔は、日本文化の源流に直接つながる歴史的モニュメントとしての意義を持ちます。
第三に、大原という日本仏教史上特別な場所に位置していること。声明の聖地として千年以上の歴史を持つ大原の寺院群の中で、来迎院とその三重塔は中核的な存在であり、地域全体の文化的景観を構成する重要な要素となっています。
見どころ・魅力
苔むす石塔と杉木立の聖域
本堂の脇から奥へ進むと、深い杉木立に包まれた静寂の空間に三重塔が現れます。苔に覆われた石塔の前には、融通念仏宗の信者が供えた白木の卒塔婆が立てられており、約900年を経た今も良忍への崇敬が途絶えていないことを静かに物語っています。
本堂と三尊像(重要文化財)
来迎院の本堂には、藤原時代(平安後期)の傑作とされる薬師如来像・阿弥陀如来像・釈迦如来像の三尊が安置されています。いずれも木造漆箔寄木造で、円満な相好とやわらかい曲線が特徴の優美な仏像です。三体すべてが重要文化財に指定されており、来迎院を訪れる大きな魅力のひとつとなっています。
音無の滝(おとなしのたき)
来迎院からさらに山道を約300メートル登ると、伝説の「音無の滝」に至ります。良忍がこの滝の前で声明の修行を重ねるうちに、その声が滝の音と完全に調和し、ついに滝の音が消えたように聞こえたという逸話が名前の由来です。森の中を歩くこの小さなハイキングは、来迎院参拝と合わせて楽しむことができます。
紅葉の隠れ名所
来迎院は大原でも屈指の紅葉の穴場として知られています。参道入口から山門までの道は、まるで紅葉のトンネルのように色づき、緑・黄・橙・紅のグラデーションが見事です。例年11月上旬から中旬が見頃で、苔庭と紅葉、杉木立が織りなす風景は、三千院に比べて訪れる人が少ないため、静かに紅葉を愛でたい方に特におすすめです。
周辺情報
来迎院は京都・大原の寺院群の中に位置しており、周辺には天台宗の名刹が点在しています。
- 三千院——大原を代表する門跡寺院。国宝の阿弥陀三尊像、苔庭に佇む「わらべ地蔵」で知られる。拝観料700円。
- 勝林院(しょうりんいん)——魚山大原寺の「下院」にあたり、法然と顕真の「大原問答」(1186年)が行われた歴史的舞台。
- 宝泉院(ほうせんいん)——柱と柱の間から庭園を額縁のように眺める「額縁の庭園」と、樹齢700年の五葉松で有名。
- 実光院(じっこういん)——秋に咲く不断桜(ふだんざくら)と紅葉を同時に楽しめる珍しい寺院。
- 寂光院(じゃっこういん)——平家物語ゆかりの建礼門院が隠棲した尼寺。しば漬け発祥の地ともいわれる。
大原バス停から来迎院までの道沿いには、大原名物の漬物や餅を販売する土産物店が軒を連ねており、散策そのものを楽しむことができます。
Q&A
- 来迎院三重塔はいつでも見学できますか?
- はい。三重塔は来迎院の境内にあり、拝観時間内(9:00〜17:00)であれば見学可能です。拝観料は400円です。本堂裏手の屋外にあるため、特別な予約は不要です。
- 来迎院へのアクセス方法は?
- 京都駅からは京都バス17系統(C3乗り場)で「大原」バス停まで約1時間。バス停から呂川沿いの参道を徒歩約15分で到着します。地下鉄国際会館駅からは京都バス19系統で約22分と、やや短い所要時間でアクセスできます。
- おすすめの訪問時期はいつですか?
- 紅葉が最も美しい11月上旬〜中旬が特におすすめです。ただし、新緑の季節(5〜6月)の瑞々しい苔の美しさ、冬の静寂に包まれた雪景色など、四季を通じてそれぞれの趣を楽しむことができます。
- 写真撮影は可能ですか?
- 境内の屋外(三重塔を含む)での写真撮影は可能です。ただし、本堂内部の仏像の撮影は現在禁止されていますのでご注意ください。
- 音無の滝と合わせて訪問できますか?
- はい、ぜひ合わせてお訪ねください。来迎院から音無の滝までは山道を約15分歩きます。雨の後は足元が滑りやすくなるため、歩きやすい靴でのご訪問をおすすめします。
基本情報
| 名称 | 来迎院三重塔(石造三重塔) |
|---|---|
| 文化財指定 | 重要文化財(建造物) 昭和31年(1956年)6月28日指定 |
| 時代 | 鎌倉時代 |
| 種別 | 石造層塔 |
| 由来 | 聖応大師良忍上人(1073〜1132年)の御廟 |
| 所在寺院 | 来迎院(天台宗、山号:魚山) |
| 所在地 | 〒601-1242 京都府京都市左京区大原来迎院町537 |
| 電話番号 | 075-744-2161 |
| 拝観時間 | 9:00〜17:00 |
| 拝観料 | 400円 |
| 交通アクセス | 京都バス「大原」バス停下車、徒歩約15分 |
参考文献
- 来迎院 - 大原観光保勝会
- https://kyoto-ohara-kankouhosyoukai.net/detail/5561/
- 大原魚山来迎院 - 京都洛北・森と水の会
- https://www.kyotorakuhoku.net/社寺のご案内/②大原魚山来迎院/
- 来迎院 (京都市左京区) - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/来迎院_(京都市左京区)
- 来迎院|そうだ 京都、行こう。
- https://souda-kyoto.jp/guide/spot/raigouin.html
- 来迎院と良忍上人 - 京都を歩くアルバム
- http://kyoto-albumwalking2.cocolog-nifty.com/blog/2021/12/post-cc1ca7.html
- 来迎院の紅葉 - とっておきの京都プロジェクト
- https://totteoki.kyoto.travel/43429/
- 良忍上人 - 融通念仏宗布教師会
- https://yuzufukyou.com/saijiki/?p=450
- 良忍 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/良忍
最終更新日: 2026.03.23