丸い一棟
佐古配水場の登録建物三棟を並べると、一つだけ型が違う。ポンプ場と源水井は、方形や箱形の直線的な平面をもつ。集合井は円筒形だ。上屋は円形の平面で高さおよそ5.1メートルまで立ち上がり、この一つの幾何学的な選択が、同じ一族に属しながらも、この棟を兄弟から際立たせている。
建物は大正15年(1926年)、徳島市最初の近代水道の一部として、東京帝国大学の技師・中島鋭治の指揮のもとに設計され、完成した。構造は配水場の基本的な方法に従う。鉄筋コンクリート造の井があり、その側壁の上縁に沿って上屋を築き上げている。変わるのは形だ。そして形とともに、性格が変わる。
共通の言語を、違うように話す
集合井は、ポンプ場や源水井と一組であることを明らかに意図してつくられた。イギリス積みの煉瓦に要所の花崗岩という同じ語彙を用い、徳島では珍しい抑えた洋風の趣も共通する。それでいて設計者は、この一棟にほかの建物にはない特徴を与えた。配水場の各建物が、共通の様式のなかで、それぞれの個性を保つようにである。
近くで見たい細部が三つある。入口の上部には浮き彫りの装飾が置かれ、これは敷地内の簡素な井戸にはない要素だ。湾曲した壁面は柱型で分節され、浅い柱状の形が円筒にリズムと陰影を与える。窓の上には枠石が配され、周囲の平らな煉瓦とは違う光を受ける。機能上の水槽に、これらはいずれも必須ではなかった。すべてが意図されたものだ。
登録の理由
集合井は平成10年(1998年)10月、登録有形文化財に登録された。国土の歴史的景観に寄与する建物としての評価である。源水井と同じ日の登録であり、平成9年(1997年)に徳島県で最初の登録文化財となったポンプ場からは一年後にあたる。
最も目立つ一棟だけでなく三棟すべてを登録したことは、大切なものを守った。一つの近代水道が、設計された一群として構想されていたことである。集合井が意味をもつのは、その円形の造形ゆえだけではない。隣り合う建物との対比ゆえでもあり、それは三棟をまとめて見たときにこそ分かりやすい。
見たいところ
集合井は、ポンプ場と源水井を見た記憶が新しいうちに近づきたい。ここでの楽しみは比較にあるからだ。まず円形の平面に気づき、次に湾曲に沿って柱型をたどり、扉の上の浮き彫りと窓の上の枠石を見つけたい。これらが、この建物を一群の方形の仲間から区別する印である。
三棟はいずれも現役の水道施設の一部で、配水場の敷地内にまとまって建つ。見学は主に外観からとなり、事前に確認しておくのが賢明だ。配水場全体で桜が煉瓦を引き立てる春は、敷地を歩き、建物どうしの家族的な類似と、その相違を読み解くのに好まれる時期である。
Q&A
- 集合井とは何ですか。
- 大正15年(1926年)に完成した佐古配水場の登録建物三棟のひとつです。鉄筋コンクリート造の井の上に、高さ約5.1メートルの円筒形の上屋が載っています。
- ほかの建物とどう違いますか。
- 上屋が円形平面である点が、方形のポンプ場や源水井と異なります。入口上部の浮き彫り、壁面の柱型、窓上の枠石といった装飾も特徴です。
- ポンプ場との共通点はありますか。
- あります。三棟はいずれもイギリス積みの煉瓦に要所の花崗岩を用い、同じ抑えた洋風の趣をもちます。集合井も、設計された一群の一部として読み取れます。
- いつ登録されましたか。
- 平成10年(1998年)10月に、源水井と同じ日、ポンプ場の一年後に登録されました。
- 内部の見学はできますか。
- 現役の水道施設の一部で、他の建物とともに建つため、見学は主に外観からとなります。事前の確認をおすすめします。
基本情報
| 名称 | 徳島市水道局佐古配水場集合井 |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県徳島市南佐古6-3-11 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録年月日 平成10年(1998年)10月9日 |
| 登録番号 | 36-0009 |
| 建築年 | 大正15年(1926年) |
| 構造・員数 | 1棟/鉄筋コンクリート造上屋、内部に集合井を附属、高さ約5.1m。円形平面に煉瓦と花崗岩の意匠 |
| 所有者 | 徳島市上下水道局 |
| 備考 | 現役の水道施設。三棟のうち唯一の円形の建物 |
References
- 文化遺産オンライン ― 徳島市水道局佐古配水場集合井
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177126
- 文化庁 ― 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000906
最終更新日: 2026.07.11