下立売通に南面する間口九間の町家

山中油店主屋(やまなかあぶらてんしゅおく)は、京都市上京区下立売通智恵光院西入下丸屋町508にある江戸後期の京町家で、平成19年(2007年)7月31日に国の登録有形文化財となった建物である。

間口は九間。京町家としては相当に広い。建築面積326平方メートル、木造平屋建、桟瓦葺の切妻造で、表と裏の両方に庇が付き、北側に落棟が続く。文化庁の国指定文化財等データベースは年代を江戸後期、西暦では1751年から1829年の間としている。

この建物の性格を一言で言えば、保存された町家ではなく、営業を続けている町家である。株式会社山中油店は今もここで店を開けており、菜種油、胡麻油、椿油、輸入オリーブオイルが江戸期の柱と土壁のあいだに並んでいる。

種別の欄が「産業3次」となっているのも見落としにくい点で、住宅ではなく商業建築として登録されている。同じ敷地の二棟の蔵が「住宅」に分類されているのと対照的である。

登録有形文化財という枠組み ― 指定との違い

国宝・重要文化財の「指定」と、登録有形文化財の「登録」は、しばしば混同されるが法的な性格が異なる。

登録制度は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で新設された。対象として想定されているのは、築およそ50年以上を経て、なお個人や企業の手で日常的に使われている建物である。現状変更については許可制ではなく届出制がとられ、この違いが「文化財でありながら商売を続ける」ことを可能にしている。指定文化財であれば、店先を少し改める作業にも許可が必要になる。

主屋の登録番号は26-0258、第55回登録で、登録告示は平成19年8月13日。登録基準は「造形の規範となっているもの」とされている。

同じ敷地の戌亥蔵(登録番号26-0260)と辰巳蔵(同26-0259)も同日付で登録されているが、こちらの基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。主屋はそれ自体が京町家の規範として、蔵は町並みへの寄与として評価された。三棟をひとまとめに扱わず基準を書き分けているところに、審査の判断が見える。

表構えを一つずつ読む

向かいの歩道に立って正面を眺めると、装置がいくつも並んでいることに気づく。

  • バッタリ床几/正面に蝶番で取り付けられた台。倒せば商品を並べる棚になり、畳めば壁に収まる。現役で動くものは京都でも数少ない。
  • 蔀(しとみ)/上げ下げして開閉する板戸。引戸に置き換わる以前の古い形式である。
  • 出格子/張り出した格子窓。内から通りは見えるが、外からは中が見えにくい。
  • 飾り窓/文化庁の解説文にも明記されている意匠。
  • 虫籠窓(むしこまど)/つし二階の壁に開く、漆喰で塗り込めた竪格子の窓。

この「つし二階」は天井の低い屋根裏階で、正式な階として数えないため、建物は平屋建として登録されている。二階の天井が低いのは町人が大名行列を見下ろさないためだという説明を耳にすることがあるが、これは伝承として扱うのが妥当で、収納・通風・建築費といった実際的な理由も指摘されている。

屋根は切妻造の桟瓦葺。桟瓦は江戸中期以降に普及した軽量の瓦で、重い本瓦葺に比べて町家の小屋組に無理がかからない。

通り土間と十畳座敷、そして「油屋は搾らなかった」という話

内部は東西に性格が分かれる。西半分は通り土間で、表から敷地奥まで一直線に土の床が続く。東半分は二列の居室が並び、北の奥に十畳の座敷が構えられている。

客として入れば、この構成の一部は実際に目で確かめられる。土間の床が当時のまま残る箇所もある。

ここで一つ、訪れる人が誤解しやすい点がある。山中油店は油を「売る」商いであって、「搾る」商いではなかった。同社の説明によれば、油を搾る作業は音も匂いも強く、住居が密集したこの界隈には向かなかったため、洛外の生産者から仕入れ、都の中心で売るという形をとった。店内に置かれている古い道具類も、製油の証拠ではなく油商いの道具として見るのが正しい。

初代平兵衛がこの地に店を構えたのは文政年間(1818年から1830年)と伝わる。法人化は平成14年(2002年)、現在の代表は山中恵美子氏である。創業年代が文政期であることは、後述する戌亥蔵の建立年代とほぼ重なる。

拝観・撮影・アクセスの実際

営業時間は8時30分から17時、定休日は日曜と祝日で、年始と八月の盆にはまとまった休業がある。拝観料という考え方は存在せず、店に入るだけなら無料である。ただし観光施設ではないので、胡麻油の小瓶でも買い求めるほうが落ち着いて見ていられる。

外観を通りから撮ることは問題にならない。店内の撮影は先に一声かけたほうがよい。混雑の程度によって返答が変わりうる性質のものである。

店の東側、同じ敷地内には「平安宮一本御書所跡」の石碑と説明板が立ち、池を配した小さな庭と水車が据えられている。一本御書所は、世に流布した書物を一部だけ書写して保管した平安期の役所である。『平治物語』に基づく話として、平治元年(1159年)の乱の際に後白河上皇と二条天皇がここに押し込められたと伝えられ、地元の説明板もこの伝承を紹介している。考古学的に確定した事実ではなく、伝承として受け取っておきたい。通りを渡った向かい側には「平安宮内裏跡」の石碑もある。

交通は市バスが基本になる。京都駅からは地下鉄烏丸線で丸太町へ出て市バスに乗り換え、「丸太町智恵光院」下車徒歩3分。京阪三条からは市バス10号系統で同じ停留所、徒歩4分ほど。阪急大宮からは「千本丸太町」下車徒歩5分。地下鉄またはJRの二条駅から歩くと15分前後かかる。駐車場は下立売通を挟んだ向かいと、店の西側に用意されている。

二条城は南東へ約1キロ、京都御苑は東へ同程度の距離にある。上京区の西側を歩く午前中の行程に組み込みやすい位置である。

Q&A

Q山中油店主屋は見学できますか。営業時間と拝観料は?
A店舗として営業しているため、営業時間内であれば店の部分を見ることができます。8時30分から17時、日曜・祝日は定休で、年始と盆に休業があります。拝観料は不要ですが観光施設ではなく、ガイド付きの見学や住居部分の公開は行われていません。
Q山中油店主屋への行き方(最寄りのバス停・駅)は?
A市バス「丸太町智恵光院」から徒歩3分です。京都駅からは地下鉄烏丸線丸太町駅で市バスに乗り換え、京阪三条からは市バス10号系統で同停留所へ。「千本丸太町」からは徒歩5分、地下鉄・JR二条駅からは徒歩15分前後。駐車場は下立売通の向かいと店の西側にあります。
Q山中油店主屋は重要文化財ではなく登録有形文化財ですが、どう違うのですか?
A登録は平成8年の文化財保護法改正で設けられた別制度で、築50年以上を経て現役で使われている建物を主な対象とします。現状変更が許可制ではなく届出制であるため、営業を続けながら保護を受けられます。重要文化財の指定はより厳しい規制を伴い、対象数も限られます。
Q山中油店主屋の見どころはどこですか?
A九間の広い間口、正面のバッタリ床几、蔀、出格子、飾り窓、そしてつし二階に開く虫籠窓です。京町家の表構えの語彙がほぼ一式そろっており、登録基準に「造形の規範となっているもの」が挙げられた理由がここにあります。内部では西半分の通り土間が見どころになります。
Q山中油店主屋と同じ敷地にある二棟の蔵も文化財ですか。見ることはできますか?
A戌亥蔵・辰巳蔵も同じ平成19年7月31日に登録されています。明治33年建立の辰巳蔵は敷地南東隅にあり、石碑の立つ庭越しに白い妻壁を通りから望めます。文政期の戌亥蔵は北西隅にあり、通りからは見えず、内部の公開もありません。

基本情報

名称山中油店主屋(やまなかあぶらてんしゅおく)
所在地京都府京都市上京区下立売通智恵光院西入下丸屋町508
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号26-0258 第55回登録 登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成19年(2007年)7月31日登録/同年8月13日登録告示
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積326平方メートル/間口九間
所有者国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし(敷地は株式会社山中油店が営業)
公開状況店舗部分は営業時間内に見学可(8時30分から17時、日曜・祝日休、年始・盆に休業)。拝観料不要。住居部分は非公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「山中油店主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006540
文化遺産オンライン「山中油店主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/186443
株式会社山中油店「店舗のごあんない」(営業時間・アクセス)
https://www.yoil.co.jp/ja/tenpo
株式会社山中油店「山中油店のごあんない」(沿革)
https://www.yoil.co.jp/ja/goannai
京都市「京都市内の石碑」KA125 平安宮一本御書所跡
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/ka125.html
京都観光Navi「山中油店」
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=5&tourism_id=2513

最終更新日: 2026.07.30