三棟のうち、通りから見える一棟

山中油店辰巳蔵(やまなかあぶらてんたつみぐら)は、京都市上京区下立売通智恵光院西入下丸屋町508にある明治33年(1900年)建立の土蔵で、平成19年(2007年)7月31日に国の登録有形文化財となった建物である。

この敷地には三棟の登録建物がある。うち二棟が蔵で、通りを歩くだけで姿を確かめられるのはこの辰巳蔵だけである。敷地の南東隅、主屋の東に建ち、庭を隔てて妻側を下立売通に向けている。

文化庁の解説文は、この建物について「通りから庭越しに見せる妻壁が美しい」と結んでいる。制度上の記述としては珍しく、美的な評価をそのまま書き込んだ一文である。

規模は桁行四間半、梁間三間の南北棟。切妻造、桟瓦葺、建築面積45平方メートルで、三棟のうち最も小さい。戸口は西面に一箇所設けられ、鉄板葺の庇が付く。

昭和46年の曳家 ― 土蔵を動かすということ

国指定文化財等データベースは、この蔵に二つの年代を記録している。明治33年(1900年)の建立と、昭和46年(1971年)の曳家である。

曳家は、建物を解体せずに位置ごと移す工法をいう。基礎から切り離して全体を持ち上げ、レールやコロに載せて引き、新しい基礎の上に据え直す。軸組は組んだまま動かす。相当の規模の木造建築でも実施例があり、専業の職人が今も少数ながら残る技術である。

土蔵の曳家は、木造以上に神経を使う作業になる。厚い土壁は荷重が偏るとたやすく亀裂が入るため、揚げ方は均等に、そして遅く進めなければならない。

移動の理由についてデータベースは何も記していない。この時期の曳家は道路拡幅、敷地の再編、旧位置での新築などが動機になることが多いが、この蔵に限って特定の理由を書けば創作になる。あわせて、はっきりさせておくべき点がある。現在この蔵が占めている南東隅、つまり「辰巳」という名の根拠になっている位置が、明治33年当初の位置と同じかどうかは、データベースの記載からは判断できない。移したという事実だけが残り、経路は残っていない。

曳家を経た建物が登録を受けていること自体が、制度の性格を示している。登録は、一片の土地との関係が途切れないことよりも、残された部材と周囲の景観への寄与を評価する仕組みだからである。

「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が的を射ている理由

平成8年(1996年)に始まった登録制度には三つの基準がある。同じ敷地の主屋は「造形の規範となっているもの」で登録された。これに対し、辰巳蔵と北西隅の戌亥蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録されている。

下立売通に立てば、この書き分けの意味が目に見える形で分かる。店の東側の庭は通りに開かれている。庭には「平安宮一本御書所跡」の石碑と説明板が立つ。一本御書所は、世に流布した書物を一部だけ書写して保管した平安期の役所である。石を配した池があり、山中油店の目印になっている水車も据えられている。その奥に、白漆喰の妻壁が立ち上がる。

訪ねて中を拝観する種類の建物ではない。通りを歩く者が代価なしに受け取る一場面の、背景の壁である。この基準はそういう建物のために用意されている。

見るべき細部

  • 妻壁/厚い土壁を白漆喰で仕上げ、通りに向く面には開口を設けない。装飾のある正面ではなく、幾何学的な面として立つ。
  • 腰の縦羽目板張/板を縦に張った腰壁。北西隅の戌亥蔵が同じ位置に焼板を用いているのと対照的で、色も肌合いも異なる。一つの敷地に二棟、同じ部位に二つの答えがある。
  • 西面の戸口/出入口は一箇所、上に鉄板葺の庇。戌亥蔵が南面に二つの戸口を持ち両開の塗戸で閉じるのに対し、こちらは単純な構えである。
  • 小屋組/低い位置に据えた地棟に登梁を架ける形式。戌亥蔵は梁を二重にかけ束を立てる。80年隔てた別の大工の判断が、屋根裏に残っている。

屋根の勾配も桟瓦も、明治期の蔵として通常の仕様である。誇るところがない、というのがこの建物の性格でもある。

訪問の実際

拝観料はなく、内部の公開もない。現役の私有建物であり、登録有形文化財に公開の義務はない。得られるのは公道から見る眺めだが、これは無料で、時間の指定もない。

庭と妻壁は何時でも見られる。南向きの敷地なので、光の当たり方でいえば午後の遅い時刻が落ち着く。主屋の内部と合わせて見るなら営業時間内に訪ねたい。8時30分から17時、日曜・祝日休、年始と八月の盆にまとまった休業がある。店では菜種油、胡麻油、椿油、輸入オリーブオイルなどを扱っており、入店は無料である。

通りからの撮影は差し支えない。庭に立ち入るのは、石碑が公の史跡であっても私有地の内側なので、店に一声かけてからにしたい。

交通は市バス。京都駅からは地下鉄烏丸線で丸太町へ、市バスに乗り換えて「丸太町智恵光院」下車徒歩3分。京阪三条からは市バス10号系統で同じ停留所、徒歩4分ほど。阪急大宮からは「千本丸太町」下車徒歩5分。二条駅から歩けば15分前後。駐車場は店の向かいにある。

通りを渡った側には「平安宮内裏跡」の石碑があり、二条城は南東へ約1キロ。足を止めながら歩く一角である。

Q&A

Q山中油店辰巳蔵は見学できますか。拝観料は必要ですか?
A外観は下立売通からいつでも無料で見られます。店の東側の庭を隔てて白い妻壁が通りを向いています。内部は非公開で拝観の制度もありません。現役の私有建物のため、庭に立ち入る場合は店で一声かけてください。
Q山中油店辰巳蔵はいつ建てられ、移築されたというのは本当ですか?
A国指定文化財等データベースは明治33年(1900年)建立、昭和46年(1971年)曳家と記録しています。曳家は建物を解体せず基礎から持ち上げて位置ごと移す工法です。移動の理由や経路については記載がなく、現在の南東隅が当初の位置かどうかも同データベースからは確認できません。
Q山中油店辰巳蔵の登録基準はなぜ「国土の歴史的景観に寄与しているもの」なのですか?
A建物単体の造形よりも、通りから見える景観への寄与が評価されたためです。歩道と蔵のあいだの庭には平安宮一本御書所跡の石碑、池、水車が置かれ、その奥に白漆喰の妻壁が立ちます。同じ敷地の主屋は別の基準「造形の規範となっているもの」で登録されています。
Q山中油店辰巳蔵の「辰巳」とはどういう意味ですか?
A十二支による方位の呼び方で、辰と巳のあいだ、すなわち南東を指します。蔵は敷地の南東隅にあります。もう一棟の登録蔵である戌亥蔵は戌と亥のあいだ、北西の意味で、こちらは北西隅に建っています。
Q山中油店辰巳蔵への行き方を教えてください。
A市バス「丸太町智恵光院」下車徒歩3分です。京都駅からは地下鉄烏丸線丸太町駅で市バスに乗り換え、京阪三条からは市バス10号系統が同じ停留所に着きます。「千本丸太町」からは徒歩5分、二条駅からは徒歩15分前後。駐車場は店の向かいにあります。

基本情報

名称山中油店辰巳蔵(やまなかあぶらてんたつみぐら)
所在地京都府京都市上京区下立売通智恵光院西入下丸屋町508
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号26-0259 第55回登録 登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成19年(2007年)7月31日登録/同年8月13日登録告示
員数1棟
寸法土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積45平方メートル/桁行四間半、梁間三間(南北棟)
所有者国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし(敷地は株式会社山中油店が営業)
公開状況外観は下立売通から常時無料で視認可。内部は非公開。明治33年建立、昭和46年曳家

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「山中油店辰巳蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006541
文化遺産オンライン「山中油店辰巳蔵」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/119414
文化庁 国指定文化財等データベース「山中油店戌亥蔵」(比較参照)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006542
京都市「京都市内の石碑」KA125 平安宮一本御書所跡
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/ka125.html
株式会社山中油店「店舗のごあんない」(営業時間・アクセス)
https://www.yoil.co.jp/ja/tenpo
京都観光Navi「山中油店」
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=5&tourism_id=2513

最終更新日: 2026.07.30