与杼神社拝殿とは

与杼神社拝殿は、京都市伏見区淀本町の与杼神社にある慶長12年(1607年)建立の拝殿で、昭和46年(1971年)6月22日に国の重要文化財に指定された。読みは「よどじんじゃはいでん」。豊臣秀頼が再建した社殿の一つで、もとは舞殿である(文化庁)。

文化庁の記録では、桁行二間、梁間一間、一重、入母屋造、妻入り、こけら葺。所有者は与杼神社である。明治33年(1900年)に旧淀城内の現在地へ移築された(文化庁)。

淀の氏神と移築

京都市観光協会によれば、与杼神社は豊玉姫命、高皇産霊神、速秋津姫命を祀り、古くは淀姫社や水垂社とも呼ばれた。社伝では応和年間(961〜964年)に僧千観内供が肥前国河上村の淀大明神を勧請したのが始まりで、桂川の水運の守護神として崇敬されたという。

伏見区役所の「ふしみ昔紀行」によれば、神社はもと桂川右岸に鎮座していたが、明治33年に河川工事に伴って淀城跡の現在地へ遷座した。昭和46年に本殿と拝殿が重要文化財に指定されたが、昭和50年(1975年)8月に本殿が焼失し、拝殿はかろうじて焼失を免れた(伏見区役所)。

重要文化財としての価値

与杼神社拝殿は昭和46年(1971年)に重要文化財に指定された。文化庁の解説は、拝殿を旧舞殿で簡素な意匠としながら、本殿とともに桃山時代の特徴をよく示し、近世の社殿形式の一典型であると評価している。

見どころ

与杼神社拝殿は桁行2間、梁間1間の小さな入母屋造の建物で、妻を正面に向けて建ち、屋根はこけら葺である(文化庁)。

舞を奉納するための舞殿として建てられたため、装飾を抑えた簡素な造りになっている(文化庁)。焼失を免れた桃山時代の社殿として、境内の中でその姿を確かめたい。

参拝について

与杼神社拝殿は与杼神社の境内にあり、外観は境内から見ることができる。毎年11月の例祭は「淀祭」と呼ばれる(京都市観光協会)。所在地は京都市伏見区淀本町167。

Q&A

Q与杼神社拝殿はいつ建てられましたか?
A慶長12年(1607年)で、豊臣秀頼が再建した社殿の一つです(文化庁)。
Q与杼神社拝殿はもともと何の建物でしたか?
A旧舞殿です(文化庁)。
Q与杼神社はいつ現在地に移りましたか?
A明治33年(1900年)に旧淀城内の現在地へ移築されました(文化庁)。
Q与杼神社の本殿はどうなりましたか?
A昭和50年(1975年)8月に焼失し、拝殿はかろうじて焼失を免れました(伏見区役所)。
Q与杼神社拝殿が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A昭和46年(1971年)6月22日です。

基本情報

名称与杼神社拝殿(よどじんじゃはいでん)
所在地京都府京都市伏見区淀本町167
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和46年(1971年)6月22日指定
員数1棟
寸法桁行二間、梁間一間、一重、入母屋造、妻入、こけら葺
所有者与杼神社
公開状況境内から外観見学可

参考文献

与杼神社拝殿(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1928
与杼神社(京都観光Navi 京都市観光協会)
https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=9&tourism_id=437
ふしみ昔紀行 與杼神社(伏見区役所)
https://www.city.kyoto.lg.jp/fushimi/page/0000015016.html

最終更新日: 2026.10.07