麻吉旅館聚遠楼とは:本館の西に並ぶ宴会の座敷棟

麻吉旅館聚遠楼(じゅえんろう)は、三重県伊勢市中之町にある江戸末期(1830〜1867年)の木造の座敷棟で、平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財に登録された。

麻吉旅館本館の西方に建ち、地番は本館の109-3とは別の中之町111である。伊勢市は麻吉旅館聚遠楼を宴会場と説明している。

構成は、桁行7間半・梁間4間半の木造3階建と、桁行7間半・梁間3間の木造2階建を、どちらも南北棟として並べたものである。屋根はともに寄棟造、桟瓦葺。登録上は木造3階一部2階建の1棟として扱われ、建築面積は195平方メートルになる。

登録の理由:旅館の目印となる大座敷

麻吉旅館聚遠楼の登録番号は24-0054、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、第45回登録として同年2月28日に告示された。

最上階は、西方に8畳の座敷を3室並べ、東北隅に21畳大の座敷を置く。この大座敷が「聚遠楼」の名を持ち、棟の名もここから来ている。文化庁の解説は、この棟を麻吉旅館の目印的存在と結んでいる。

伊勢市によると、芸妓は建物の周囲にめぐらせた回廊を通って宴席に入るようになっている。客の通る道と、もてなす側の通る道が分けられていたことになり、料亭として使われた座敷棟の性格がよく表れている。

見どころ:高さの違う2棟の並び

まず外形を見たい。同じ桁行7間半の3階建と2階建を肩を並べるように置いているため、坂の下から見ると高い棟と低い棟が段をつけて連なる。麻吉旅館の建物のなかで大きな壁面をつくるのがこの麻吉旅館聚遠楼で、目印と評されるのもうなずける。

名前の3字は、「聚」があつめる、「遠」がとおい、「楼」が高い建物を指す。遠くの眺めを集める高殿と読めるが、命名の由来を記した資料は確認できていない。

8畳3室の並びは、襖を外せば一続きの広間として使える間取りである。これとは別に21畳の大座敷を隅に構えていることから、大小の宴席に応じられる座敷棟だったことが読み取れる。

麻吉旅館聚遠楼の見学について

麻吉旅館聚遠楼は営業中の旅館の座敷棟であり、見学者向けの公開はない。内部を見られるのは旅館の利用客で、どの部屋を使うかは予約の内容によって変わる。大座敷に関心があれば、予約の段階で旅館に相談するとよい。

外観は坂道から見られる。本館と並ぶ姿は坂の下から見上げるのがわかりやすい。館内での撮影は旅館に確認してほしい。

Q&A

Q麻吉旅館聚遠楼とはどのような建物ですか?
A三重県伊勢市中之町111にある江戸末期の木造の座敷棟で、伊勢市は宴会場と説明しています。木造3階建と木造2階建の2棟を南北棟として並べた構成で、建築面積は195平方メートルです。
Q麻吉旅館聚遠楼の「聚遠楼」とは何のことですか?
A最上階の東北隅にある21畳大の座敷の名です。最上階には西方に8畳の座敷が3室並び、その隅に聚遠楼が置かれています。棟の名はこの座敷の名から来ています。
Q麻吉旅館聚遠楼はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財に登録されました。登録番号は24-0054で、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q麻吉旅館聚遠楼で芸妓はどのように宴席に入ったのですか?
A伊勢市によると、建物の周囲にめぐらせた回廊を通って入るつくりになっています。客とは別の通り道が用意されていたことになります。
Q麻吉旅館聚遠楼の中は見学できますか?
A見学者向けの公開はありません。内部を見られるのは旅館の利用客で、使う部屋は予約内容によって変わります。外観は坂道から見られます。

基本情報

名称麻吉旅館聚遠楼(あさきちりょかんじゅえんろう)
所在地三重県伊勢市中之町111
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成17年(2005年)2月9日登録
員数1棟
寸法木造3階一部2階建、瓦葺、建築面積195平方メートル
所有者有限会社麻吉
公開状況営業中の旅館の座敷棟。見学者向けの公開なし。外観は坂道から見られる

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「麻吉旅館聚遠楼」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004586
文化遺産オンライン「麻吉旅館聚遠楼」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/180806
伊勢市「麻吉旅館聚遠楼」
https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/yukei/1005928.html

最終更新日: 2026.09.27