中庭に建つ、建築面積37平方メートルの蔵

麻野館土蔵は、三重県伊勢市二見町茶屋にある大正10年(1921年)建築の土蔵造2階建の建物で、平成26年(2014年)10月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は24-0179。現在も営業する旅館の敷地内、玄関棟と広間棟の間に開く中庭の西寄りに位置する。

建築面積は37平方メートル。同時に登録された玄関棟の437平方メートル、広間棟の312平方メートルと比べると、規模は文字どおり桁が違う。用途からいえば当然で、これは寝具、食器、漆器、季節の設えなど、規模のある旅館が抱え込む備品を収めるための建物である。

土蔵造は、木の軸組に土を厚く塗り重ね、外側を漆喰で仕上げる構法をいう。重く、燃えにくく、内部の湿度が振れにくい。木造の宿が軒を接する二見の旅館街では、この耐火性が現実的な意味を持った。一度の出火が街区ごと持っていく土地で、失っては困るものを置く場所が蔵だった。

建築年に注目したい。玄関棟と広間棟がともに明治28年(1895年)であるのに対し、土蔵は大正10年(1921年)。四半世紀あまり遅れている。開業時に揃えた建物ではなく、宿が育っていく過程で建て足されたものだ。

手間がかけられた場所

屋根は切妻造の桟瓦葺。造りとしては素直である。見るべきは壁だ。外壁は黒漆喰塗で仕上げられている。消し炭や松煙を灰汁とともに漆喰に練り込み、鏝で押さえて艶を出す手法で、白漆喰よりも手間と技量を要する。壁の上部を巡る鉢巻の下からは簓子下見板が張られる。簓子と呼ばれる刻み目のついた竪桟で下見板を押さえる納まりで、潮を含んだ風が当たる下半分を板が引き受け、その上の黒漆喰は汚れずに保たれる。

そして中庭側の窓の瓦庇。ここで、この建物は単なる実用の器であることをやめている。庇の螻羽には破風板までを瓦で象った役物瓦が用いられ、熨斗瓦の両端には波紋の飾りが載る。

位置を考えてほしい。街道側ではない。通行人の目に触れる面ではなく、内側を向いた中庭側である。見るのは主人と使用人、そして二棟のあいだを行き来する客だけだ。海から百メートルの旅館の、物置の窓の上に、波の意匠の瓦を誂える。誰もほとんど見ない場所にそれをやった判断そのものが、この建物が登録に値する理由になっている。

適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。三棟は同日に登録され、明治から昭和にかけての観光の変遷を示す点が評価された。土蔵はその流れのなかで大正期を担う一件である。

制度上の位置づけを補っておく。近くの賓日館は明治20年(1887年)に神苑会が建てた賓客用施設で、国の重要文化財に「指定」されている。麻野館の三棟は「登録」有形文化財で、平成8年(1996年)に始まった、より緩やかな枠組みに属する。所有者が使い続けながら守ることを前提とした制度であり、この蔵もいまなお収納として現役である。

見学の可否と、代わりに訪ねられる場所

率直に書く。この建物を直接見るのは難しい。営業中の旅館の私有地、それも二棟に挟まれた中庭にあり、公道からは視認できない。一般公開もされておらず、内部は現に収納として使われている。特筆すべき瓦庇は、よりによって内側を向いている。

宿泊すれば中庭を横切る際に外観を目にする機会があるかもしれないが、その時々の使われ方次第であり、確約されたものではない。建築的な関心から訪ねたい場合は、事前に0596-43-2014へ、9時から20時のあいだに連絡し、何を見たいのかを伝えるのが筋になる。見せてもらえるとすればそれは好意であって権利ではない。撮影も必ず許可を得てから行いたい。

土蔵建築そのものを目当てにこの記事にたどり着いた読者には、車で20分ほどの場所により適した行き先がある。伊勢市河崎の伊勢河崎商人館である。江戸から明治にかけて建てられた蔵7棟と町家2棟を含む12棟が、平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となった。商店や展示室として使われている蔵もあり、内部に立って軸組を見上げることができる。開館は9時30分から17時(商人蔵は10時から)、火曜休館。勢田川沿いにあり、伊勢市駅からバスかタクシーで近い。

二見まで来ているのであれば、同じ敷地の玄関棟は街道から常時無料で外観を見ることができ、この旅館の時代と性格は十分に伝わる。夫婦岩と二見興玉神社は堤防沿いにさらに徒歩5分から10分。JR参宮線の二見浦駅から旅館までは徒歩8分から10分で、宿泊者は前日までの電話予約で無料送迎を利用できる。賓日館は令和8年(2026年)3月から耐震補強と修復工事のため休館し、再開は2032年頃を見込むとされるので、行程に組み込む前に確認しておきたい。

Q&A

Q麻野館土蔵はどのような建物で、どこにありますか。
A麻野館土蔵は大正10年(1921年)に建てられた土蔵造2階建の建物で、三重県伊勢市二見町茶屋537-10、麻野館の玄関棟と広間棟に挟まれた中庭の西寄りに建ちます。建築面積は37平方メートルで、同時に登録された三棟のなかで最も小規模です。
Q麻野館土蔵の意匠上の特徴を教えてください。
A麻野館土蔵は切妻造桟瓦葺の屋根を掛け、外壁は黒漆喰塗で、鉢巻の下部までを簓子下見板で張ります。中庭側の窓に付く瓦庇には、螻羽に破風板を含む役物瓦を用い、熨斗瓦の両端に波紋の飾りを載せるなど、収納棟としては手の込んだ仕上げが施されています。
Q麻野館土蔵は一般に見学できますか。
A麻野館土蔵は営業中の旅館の中庭に建ち、公道からは見ることができません。一般公開もされておらず、内部は現在も収納に使われています。宿泊者が中庭を通る際に外観を目にする場合はありますが、確約されたものではありません。関心のある方は事前に0596-43-2014(9時から20時)へご相談ください。
Q麻野館土蔵はいつ、どの区分で文化財になりましたか。
A麻野館土蔵は平成26年(2014年)10月7日、第78回登録で国の登録有形文化財(建造物)となりました。登録番号は24-0179です。重要文化財や国宝の「指定」とは異なる「登録」の区分で、建物を実用に供しながら保存することを前提としています。
Q麻野館土蔵に入れない場合、似た土蔵建築はどこで見られますか。
A麻野館土蔵は見学できないため、車で20分ほどの伊勢河崎商人館をおすすめします。蔵7棟と町家2棟を含む12棟が平成13年(2001年)に国の登録有形文化財となり、内部が公開されています。開館は9時30分から17時、火曜休館です。

基本情報

名称麻野館土蔵(あさのかんどぞう)
所在地三重県伊勢市二見町茶屋537-10
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0179
指定年平成26年(2014年)10月7日登録(第78回)
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積37平方メートル。大正10年(1921年)建築
所有者有限会社麻野館
公開状況非公開。旅館の中庭に建ち公道から視認不可。現在も収納として使用中

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 麻野館土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010175
国指定文化財等データベース(文化庁) 麻野館玄関棟
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010173
公益社団法人 伊勢市観光協会 麻野館
https://ise-kanko.jp/purpose/asanokan/
公益社団法人 伊勢市観光協会 伊勢河崎商人館
https://ise-kanko.jp/purpose/isekawasakishoninkan/
公益社団法人 伊勢市観光協会 二見エリア
https://ise-kanko.jp/recommend/futamiarea/

最終更新日: 2026.07.31