わずか二か月で建てられた、皇太后を迎えるための館
賓日館の工事が始まったのは明治19年(1886)12月、竣工は翌年2月19日。およそ二か月という早さだった。期限を決めたのは一つの予定である。明治天皇の母にあたる英照皇太后が、その年の3月7日に伊勢神宮を参拝した際、この館に宿泊することになっていた。建物は間に合った。
場所は三重県伊勢市の二見、伊勢市街から東へ向かった海沿いにある。沖合に夫婦岩を望む浜辺まで歩いてすぐの距離だ。敷地はかつて津藩(藤堂藩)の砲台があった跡地で、1,000坪あまりという広さが、海に面した木造の館を建てる余地となった。
建設したのは神苑会。伊勢神宮を支える人々が、参拝に訪れる貴賓の休泊のために組織した団体である。総裁の有栖川宮熾仁親王が名づけた「賓日館」には、海から日の昇る地に貴賓を迎える館、という意味が込められている。英照皇太后の宿泊ののち、明治24年(1891)の夏には、のちの大正天皇となる幼少期の明宮嘉仁親王が、避暑と海水浴をかねて三週間あまりを過ごした。その後も歴代の皇族や各界の要人が宿泊し、二階の廊下にはかつて滞在した皇族の札が今も掲げられている。
重要文化財に指定された理由
賓日館が国の重要文化財に指定されたのは平成22年(2010)6月29日、「意匠的に優秀なもの」という基準による。指定の対象は三棟。明治20年(1887)の本館、昭和10年(1935)に加えられた大広間棟、そして同じく明治20年の二階建ての土蔵である。
この建物が示しているのは、時代ごとの変化そのものだ。当初の本館は木造二階建て、建築面積はおよそ525平方メートルで、入母屋造の屋根を桟瓦と銅板で葺いている。明治44年(1911)、神苑会が隣接する二見館を営む若松徳平に建物を売却すると、賓日館は二見館の別館となり、二度の大増改築を受けた。一度目は明治末から大正初期にかけてで、玄関棟と西棟を二階建てに改めた。二度目は昭和5年から11年(1930〜1936)にかけてで、大広間棟が加えられた。この設計監理にあたったのが、伊勢神宮の式年遷宮で主任技師を務めた建築家・大江新太郎と、塩野庄四郎である。一つの建物の中に、明治・大正・昭和初期それぞれの大工技術と意匠が並んで残ることになった。
文化庁は、明治期から昭和前期にかけての建築技術と意匠の進展をよく示す大規模な近代和風建築として、この館を高く評価している。国の指定に先立って、平成9年(1997)には登録有形文化財に、平成16年(2004)には県の有形文化財に指定されていた。
館内で注目したいところ
建物の評価の多くは二つの部屋に集まっている。一つは御殿の間。最高位の賓客のために設けられた部屋で、明治20年の創建当時の姿を保っている。天井は最も格式の高い部屋に用いられる二重格天井で、床の間は螺鈿をほどこした輪島塗で仕上げられている。心地よさよりも格式を示すための装飾だ。
もう一つは、昭和10年の棟の二階にある120畳の大広間。天井は桃山式の折上格天井で、その中央にシャンデリアが下がる。日本の伝統的な天井と西洋の照明器具を組み合わせたこの取り合わせは、当時の建築に広くみられる和洋折衷の意匠で、一方の端に舞台が設けられているため、広間は宴の場であると同時に舞台空間としても読み取れる。
庭園も見どころの一つだ。砂利の道が園内をぐるりと巡り、植栽や石組みは、ゆっくり一周してこそ味わえる。部屋が海岸に近いため、湾から差す光が一日のうちで室内の印象を変えていく。
二見の周辺
二見は、伊勢を巡る旅の半日の立ち寄り先として収まりがよい。太い注連縄で結ばれた二つの岩、夫婦岩と、それを望む二見興玉神社は、賓日館から海沿いの道を数分歩いた先にある。ここの浜、二見立石浜は明治15年(1882)に日本で最初の海水浴場として国に指定され、二見浦の海岸一帯は平成18年(2006)に国の名勝となった。かつて多くの参拝者がこの海で身を清めてから伊勢神宮へ向かったため、この地は伊勢参りの出発点として古くから知られてきた。
外宮と内宮のある伊勢市街は、西へ電車か車で少し行った先にある。午前を二見で、午後を神宮で過ごす行程が組みやすい。
Q&A
- 今、賓日館を見学できますか。
- 館内は見学できません。耐震補強と保存修理を目的とした工事のため、令和8年(2026)3月1日から休館しています。工期はおよそ6年、再開は令和14年度(2032年度)ごろの予定です。工事の間、館内に入ることはできませんが、外観や海沿いの立地は周辺の道や浜辺から眺めることができます。
- なぜこれほど立派な建物がそんなに短期間で建ったのですか。
- 明治20年3月初めに予定された英照皇太后の宿泊に間に合わせるためでした。明治19年12月から翌年2月19日まで工事が進められ、その短さがしばしば話題にされます。
- 子どもの頃にここへ滞在した天皇は誰ですか。
- のちの大正天皇、明宮嘉仁親王です。明治24年(1891)の夏、避暑と海水浴をかねて三週間あまりを過ごしました。
- 休館中、近くで何を見られますか。
- 夫婦岩と二見興玉神社が徒歩数分の距離にあり、二見浦の海岸は国の名勝に指定されています。外宮・内宮のある伊勢神宮も西へ少し行った先です。
- 隣の二見館とはどのような関係ですか。
- 明治44年(1911)、賓日館は二見館を営む若松徳平に売却され、二見館の貴賓用の別館となりました。二見館が廃業する平成11年(1999)までその役割を続け、平成15年(2003)に二見町へ寄贈されたのち、資料館として一般に公開されました。
基本データ
| 名称 | 旧賓日館(きゅうひんじつかん) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県伊勢市二見町茶屋566番2号 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 平成22年(2010)6月29日指定 |
| 指定棟数 | 3棟:本館(1887年)、大広間棟(1935年)、土蔵(1887年) |
| 本館 | 木造、二階建、入母屋造、桟瓦葺及び銅板葺、建築面積約525.51平方メートル |
| 大広間棟 | 木造、二階建、入母屋造、建築面積約437.47平方メートル。二階に120畳の大広間 |
| 所有者 | 伊勢市 |
| 建築 | 本館は明治20年(1887)2月19日竣工。明治末〜大正初期、昭和5〜11年(1930〜1936)に増改築 |
| 公開状況 | 令和8年(2026)3月1日より保存修理のため長期休館。再開は令和14年度(2032年度)ごろの予定。休館前は9:00〜16:30(最終入館)、火曜休館、入館料 大人310円・小人150円 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 旧賓日館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00004427
- 文化遺産オンライン 旧賓日館 本館
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/223449
- 賓日館 公式サイト(賓日館について・あゆみ)
- https://hinjitsukan.com/about/
- 伊勢市公式ホームページ 施設案内 賓日館
- https://www.city.ise.mie.jp/shisei/information/shisetsu/bunka/1007677/index.html
- 観光三重 賓日館(休館のお知らせを含む)
- https://www.kankomie.or.jp/spot/13554
最終更新日: 2026.06.03
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