雲出川河口の町に建つ酒造家の住まい

八太正太夫酒店主屋(はったしょうだゆうさけてんしゅおく)は、三重県津市香良洲町1094にある明治前期の木造平屋建住宅で、平成25年(2013年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)となった。同じ敷地の西側には蔵及び蔵前、向い座敷及び下の蔵、角蔵及び化粧室の三件が並び、いずれも同日付で登録されている。主屋はその四棟のうち、敷地の北東に位置する。

香良洲は雲出川が伊勢湾に注ぐ河口の三角州に開けた低平な土地である。もとは矢野村といい、昭和4年(1929年)に町制を施行した際、氏神である香良洲神社にちなんで香良洲町と改めた。平成18年(2006年)の合併で津市の一部となる。

この土地に有力な商家が育った理由は、地形と信仰の両方に求められる。河口は舟運の要となり、後背には水田が広がった。加えて香良洲神社は、伊勢参宮の途上に立ち寄る社として江戸期を通じて参詣者を集めた。「お伊勢参りをして香良洲に参らぬは片参宮」という言い回しが、その集客力を端的に示している。人と物が動く場所には酒が要る。

三つの部分からなる構成

文化庁の登録記録は、この主屋を三つの部分に分けて記述する。当初の主屋、その北側に増築された新座敷、そして新座敷から東へ突き出す角屋である。

当初主屋の年代は明治前期、西暦でいえば1868年から1882年の幅で示される。新座敷は明治後期の増築で、1898年から1912年の間に加えられた。角屋は新座敷に付属し、直交して張り出す形をとる。座敷に二方向以上の採光と眺望を与えるための構えで、接客空間の格を上げる際にしばしば選ばれた手法である。

屋根の形が増築の順序を示す。当初主屋は西の妻面を切妻造とする一方、東の妻面を入母屋造とする。一棟の建物でありながら、両端の妻の意匠が揃っていない。新座敷と角屋はともに切妻造で、全体を桟瓦で葺く。

妻飾りの格差は、多くの場合、装飾上の気まぐれではなく方位と視線の問題に帰着する。手のかかる入母屋を向けた側が、家として見せたい方角だったと考えるのが自然だろう。四棟の配置図と照らし合わせながら、どちらを表と見なしていたかを推し量る楽しみがある。

昭和後期、1966年から1989年の間には改修が加えられている。

登録の理由と、記録に残る食い違い

登録有形文化財は、重要文化財のような厳格な現状変更規制を伴わず、届出制を基本とする制度である。平成8年(1996年)の創設以来、築後五十年を経た建造物のうち、国土の歴史的景観に寄与するもの、造形の規範となっているもの、再現が容易でないものを幅広く受け止めてきた。主屋が該当したのは第一の基準、すなわち国土の歴史的景観に寄与しているものである。

登録番号は24-0127。頭の24は三重県を示す。第74回の登録にあたり、同じ敷地の三棟が24-0128から24-0130を与えられ、四件が一括して官報に告示された。員数はいずれも1棟、種別は産業2次の建築物として扱われている。

解説文は「歴代続く酒造業・地主の豪壮な主屋」と要約する。評価の軸が意匠の精緻さではなく、地方の商家がどれだけの規模を構ええたかという社会史的な側面に置かれていることが読み取れる。

ただし国のデータベース自体に数値の不一致がある。構造及び形式等の欄は建築面積を163平方メートルと記すが、同じページの解説文は一七一平方メートルとする。調査時点の違いによる齟齬とみられるが、いずれも訂正されないまま公開されている。数字を引用する際は両方が併記されている事実を踏まえたい。

訪ねるときに

個人所有の建物であり、文化庁のデータベースに公開に関する記載はない。拝観窓口も公開日も設定されていないとみるのが妥当である。

それでも道路からの眺めは得られる。西側の街路に面して並ぶのは蔵及び蔵前、向い座敷及び下の蔵、角蔵であって、主屋はその奥、敷地北東に控える。したがって外から確認できるのは主として屋根である。長く伸びる棟、両端で異なる妻の処理、三期の増築をまたいで連続する桟瓦の面。屋根だけを追っていても、この家が一度に建ったのではないことは見て取れる。

公道からの撮影に制限はないが、住まいであることを忘れずにいたい。敷地に立ち入らない、開口部の内側にレンズを向けない、居住者に会ったら会釈をする。内部の見学を希望する場合は、津市教育委員会の文化財担当窓口へ事前に相談するのが筋である。

交通は津駅東口から三重交通バス32系統香良洲公園行きに乗り、香良洲神社前で下車する。所要はおよそ35分から45分。久居駅からは21系統が同じ停留所を通る。便数が多くないため、往路より先に復路の時刻を控えておきたい。鉄道の最寄りはJR紀勢本線高茶屋駅で、直線で4キロほど離れる。車の場合、香良洲神社に無料駐車場があり、そこから徒歩圏である。町名の由来となった神社と、その参詣者を相手に富を築いた商家。両者を続けて見ると、この土地の成り立ちが立体的になる。

Q&A

Q八太正太夫酒店主屋の内部は見学できますか。
A文化庁のデータベースに公開の記載はなく、個人所有の住宅として使われています。外観は西側の道路から望めます。内部の見学を希望する場合は、津市教育委員会の文化財担当窓口へ事前に問い合わせてください。
Q八太正太夫酒店主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
A当初主屋は明治前期(1868年から1882年)、新座敷は明治後期(1898年から1912年)の増築で、昭和後期(1966年から1989年)に改修を受けています。登録は平成25年(2013年)3月29日、登録番号は24-0127です。
Q八太正太夫酒店主屋へ公共交通で行くにはどうすればよいですか。
A津駅東口から三重交通バス32系統香良洲公園行きで香良洲神社前下車、所要35分から45分ほどです。久居駅発の21系統も同じ停留所を通ります。便数が限られるため、復路の時刻を先に確認しておくと安心です。
Q八太正太夫酒店主屋は撮影できますか。
A公道からの外観撮影に制限は設けられていません。ただし現に人が暮らす住宅ですので、敷地内には立ち入らず、窓や玄関の内側へレンズを向けることは避けてください。
Q八太正太夫酒店主屋の建築面積はどちらの数値が正しいのですか。
A国のデータベースは構造欄で163平方メートル、解説文で一七一平方メートルと記しており、両者が一致していません。現時点でどちらかへの訂正は公表されていないため、引用の際は出典欄を明示することをおすすめします。

基本データ

名称八太正太夫酒店主屋(はったしょうだゆうさけてんしゅおく)
所在地三重県津市香良洲町1094
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準1「国土の歴史的景観に寄与しているもの」/登録番号24-0127
指定年平成25年(2013年)3月29日登録・同日告示(第74回登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺。建築面積は構造欄163平方メートル、解説文一七一平方メートルと記載が分かれる
所有者個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況公開に関する記載なし。外観は隣接道路から望める

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「八太正太夫酒店主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009475
文化遺産オンライン「八太正太夫酒店主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/229048
観光三重「香良洲神社」(アクセス情報)
https://www.kankomie.or.jp/spot/2921
津市観光協会 津の時間。「香良洲神社」
https://tsukanko.jp/spot/s167/
コトバンク「香良洲」(ブリタニカ国際大百科事典・日本大百科全書)
https://kotobank.jp/word/%E9%A6%99%E8%89%AF%E6%B4%B2-47119

最終更新日: 2026.08.10