店蔵の上に置かれた数寄屋の小座敷
八太正太夫酒店蔵及び蔵前(はったしょうだゆうさけてんくらおよびくらまえ)は、三重県津市香良洲町1094にある明治中期の商家建築で、平成25年(2013年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。敷地の西側、街路に面して建ち、同じ敷地に並ぶ四棟のうちで最も人目を引く一棟である。
目を引く理由は輪郭にある。文化庁の解説文は、蔵前の二階が望楼風の外観を呈すると記す。灯台や火の見櫓、明治の官庁建築に見られるあの張り出した見晴らし台の姿である。雲出川河口の三角州は起伏を欠く。そこで屋根がひとつ抜けて高いと、遠くからでも位置がわかる。
店蔵と蔵前という組み合わせ
一棟に見えるが、実際には性格の異なる二つの建物が前後に接続している。
奥にあるのが店蔵で、土蔵造の二階建、切妻造桟瓦葺とする。土蔵造は柱の外側を土で厚く塗り込め、表面を漆喰で仕上げる工法で、目的は第一に防火である。木造家屋が密集する町で酒を蓄える商人が、この構法を選んだ理由は明快だろう。
その前面に取り付くのが蔵前。木造二階建で、屋根は寄棟造の桟瓦葺となる。蔵前とは文字どおり蔵の前に置かれる空間で、商いの応対や荷の出入りを受け持つ、いわば表側の作業場である。両者を合わせた建築面積は46平方メートル。数字としては小さく、遠望より近接して眺めるほうが実りがある。
この建物を通常の商家建築から引き離しているのは、蔵前二階の使い方である。登録記録は、ここに数寄屋風の小座敷を設けると記す。細身の部材を用い、素木を生かし、意匠の誇示を避ける茶室の系譜の意匠が、店の帳場の真上、敷地でいちばん高い位置に置かれている。窓の先には雲出川の河口が広がる。
なぜそうしたのかを文化庁の記録は説明しない。ただ、下で商いを営み、上で川と海を眺めるという上下の使い分けは、それ自体が十分に雄弁である。
街路に向けられた壁面
外壁の構成は、この敷地の西面に共通する型に従う。上部は白漆喰塗の大壁とし、柱を露出させず塗り込める。腰から下は下見板を張り、雨の跳ね返りや物のあたる高さで漆喰を守る。
上が白、下が黒に近い板。この対比が四棟にわたって連続する。登録の評価軸はこの連続性に置かれている。登録基準は第一号「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、第74回登録、登録番号は24-0128である。個々の造形の巧拙ではなく、街路を構成する面としての働きが問われている。
年代は明治中期、1883年から1897年の幅で示され、平成22年(2010年)に改修を受けた。周辺の古びた土蔵と漆喰の状態を見比べる際は、この比較的新しい修理を念頭に置きたい。
訪ねるときに
個人所有であり、国のデータベースに公開の記載はない。拝観時間も入場方法も設定されていないと考えてよい。道路から外観を見る建物である。
もっとも、外観こそが登録された価値そのものなので、制約は思うほど大きくない。西側の街路に立ち、日が傾いてから訪ねるとよい。低い光が漆喰の面を斜めに舐め、奥の切妻の店蔵と手前の寄棟の蔵前が接続する箇所の段差を浮かび上がらせる。そのうえで蔵前二階の開口を見上げ、その奥にあるはずの小座敷を思い描いてみる。
公道からの撮影に制限はない。敷地内に立ち入らないこと、開口部へレンズを向けないことは守りたい。
交通はバスによる。津駅東口から三重交通32系統香良洲公園行きで香良洲神社前まで35分から45分。久居駅からは21系統が同じ停留所に至る。便数が限られるので復路の時刻から組み立てるとよい。鉄道の最寄りはJR紀勢本線高茶屋駅で約4キロ。車なら香良洲神社の無料駐車場が使える。半日の行程にするなら、太平洋戦争期にこの町へ置かれた海軍航空隊の資料を扱う香良洲歴史資料館を組み込む手もある。
Q&A
- 八太正太夫酒店蔵及び蔵前とはどのような建物ですか。
- 土蔵造二階建・切妻造桟瓦葺の店蔵と、その前面に接続する木造二階建・寄棟造桟瓦葺の蔵前が一体となった建物です。両者を合わせた建築面積は46平方メートルで、一件の文化財として登録されています。
- 八太正太夫酒店蔵及び蔵前の内部は見学できますか。
- 国のデータベースに公開の記載はなく、個人所有のままです。外観は敷地西側の街路から見られます。内部見学の希望は津市教育委員会の文化財担当窓口へお問い合わせください。
- 八太正太夫酒店蔵及び蔵前はなぜ望楼のような姿をしているのですか。
- 蔵前の二階に数寄屋風の小座敷が設けられており、その結果生じた高い輪郭を文化庁の解説文が望楼風と表現しています。雲出川河口の平坦な三角州では、この高低差が遠方からもよく目立ちます。
- 八太正太夫酒店蔵及び蔵前はいつ建てられましたか。
- 明治中期、1883年から1897年の間の建築とされ、平成22年(2010年)に改修されています。登録は平成25年(2013年)3月29日、登録番号24-0128です。
- 八太正太夫酒店蔵及び蔵前へはどう行けばよいですか。
- 津駅東口から三重交通バス32系統で香良洲神社前まで35分から45分。久居駅発の21系統も同じ停留所を通ります。鉄道の最寄りはJR紀勢本線高茶屋駅で約4キロ、車の場合は香良洲神社の無料駐車場が利用できます。
基本データ
| 名称 | 八太正太夫酒店蔵及び蔵前(はったしょうだゆうさけてんくらおよびくらまえ) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県津市香良洲町1094 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準1「国土の歴史的景観に寄与しているもの」/登録番号24-0128 |
| 指定年 | 平成25年(2013年)3月29日登録・同日告示(第74回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造一部木造2階建、瓦葺、建築面積46平方メートル |
| 所有者 | 個人(国のデータベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 公開に関する記載なし。外観は西側街路から望める |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「八太正太夫酒店蔵及び蔵前」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009476
- 文化庁 国指定文化財等データベース「八太正太夫酒店向い座敷及び下の蔵」(西面の並びを記載)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009477
- 観光三重「香良洲神社」(アクセス情報)
- https://www.kankomie.or.jp/spot/2921
- 津市「香良洲地域」(香良洲歴史資料館の解説シートを含む)
- https://www.info.city.tsu.mie.jp/kosodate_kyouiku/kyouikuiinkai/1004357/1004663/1004603/1004646/index.html
- コトバンク「香良洲」(ブリタニカ国際大百科事典・日本大百科全書)
- https://kotobank.jp/word/%E9%A6%99%E8%89%AF%E6%B4%B2-47119
最終更新日: 2026.08.10