伊勢国府跡とは:基壇が当時の高さのまま残る奈良時代の国府跡

伊勢国府跡(いせこくふあと)は、三重県鈴鹿市広瀬町・西冨田町の鈴鹿川南岸の台地上にある古代の伊勢国の国府跡で、平成14年(2002年)3月19日に国の史跡に指定された。

文化庁の記録では、指定基準は「都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡」にあたり、平成29年(2017年)に追加指定を受けている。

文化庁によると、この周辺は長者屋敷遺跡と呼ばれ、東西約600メートル、南北約800メートルの範囲に古瓦が大量に散らばることが知られていた。

伊勢国府跡の遺構

文化庁の詳細解説によると、平成4年度(1992年度)から鈴鹿市教育委員会が発掘調査を行い、国庁と、国司館などと推定される関連施設2か所が確認された。遺跡の南辺の矢下地区に国庁があり、その北約200メートルの長塚地区と、さらに東約300メートルの南野地区に関連施設がある。

国庁は東西約80メートル、南北約110メートルの築地の区画の中に、正殿と後殿が前後に並び、正殿の東西に脇殿を配置する。正殿と後殿・脇殿は軒廊でつながる。建物はすべて礎石建ち、瓦葺で基壇を備え、基壇は現存高約1メートル、礎石の一部は地表に見えている。国庁の配置と構造は近江国府と似る。国庁の西側には同じ規模の築地の区画があり、大型の四面廂付き建物が置かれる。

伊勢国府跡の見どころ

鈴鹿市考古博物館によると、出土した瓦の年代から、奈良時代中頃から後半にかけての伊勢国府の政庁と考えられる。後殿の発掘調査では、礎石を据える根石や、瓦を使った地覆がほぼ当時の高さのまま残っていたことが分かり、全国的に見てもこれほど残りの良い政庁跡はないとされる。

鈴鹿市考古博物館によると、現在も正殿、後殿、軒廊、東脇殿の一部の基壇の高まりが林の中に残っている。伊勢国府と近江国府の政庁が酷似する点は、地方官衙の研究において重要な成果とされる。

伊勢国府跡の見学方法

政庁跡の基壇の高まりは林の中に残る。見学の条件は、鈴鹿市考古博物館の案内で確かめたい。

問い合わせは鈴鹿市考古博物館(059-374-1994)へ。

Q&A

Q伊勢国府跡はいつ史跡に指定されましたか?
A平成14年(2002年)3月19日に指定され、平成29年(2017年)に追加指定を受けています。
Q伊勢国府跡の国庁の構成は?
A築地の区画の中に正殿と後殿が並び、東西に脇殿を置いて軒廊でつなぎます。
Q伊勢国府跡の特徴は?
A基壇が当時の高さのまま残り、全国的にも残りの良い政庁跡とされます。
Q伊勢国府跡はいつの時代のものですか?
A鈴鹿市考古博物館によると、奈良時代中頃から後半の政庁と考えられます。
Q伊勢国府の政庁と似ている国府は?
A近江国府の政庁です。

基本情報

名称伊勢国府跡(いせこくふあと)
所在地三重県鈴鹿市広瀬町・西冨田町
指定区分史跡
指定年平成14年(2002年)3月19日指定(平成29年(2017年)追加指定)
員数文化庁データベースに記載なし
寸法国庁:東西約80メートル、南北約110メートル
所有者文化庁の記録に記載なし
公開状況見学は鈴鹿市考古博物館に要確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「伊勢国府跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/3322
文化遺産オンライン「伊勢国府跡」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/203466
鈴鹿市考古博物館「史跡 伊勢国府跡(政庁地区)」
https://www.city.suzuka.lg.jp/kouko/historic-ruins/1011316/1010725.html

最終更新日: 2026.09.28