蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔 ― 雷嫌いの当主が建てた26メートルの塔

蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔は、宮城県伊具郡丸森町町西にある昭和前期(1926〜1945年)の鉄骨造の避雷塔で、平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財に登録された。

高さは26メートルあり、屋敷のどの建物よりも高い。業の蔵の東側に立ち、蔵の屋根の上に鉄骨の格子がそびえる。文化庁のデータベースは年代を「昭和前期」とし、齋理屋敷の公式サイトは昭和5年(1930年)に建てられたといわれると紹介している。

登録の理由 ― 個人の家に建てた避雷設備

塔は、断面の辺の長さが等しい山形鋼(等辺アングル材)をボルトで接合し、斜材がジグザグに一列に走るシングル・ワーレントラスに組んでいる。縦材の組み方に特徴があり、西側の縦材はまっすぐ垂直に立つが、東側の縦材は下から8割の高さまでを斜めに屈曲させ、そこから上は西の縦材と平行に立ち上げる。塔の下半分が裾広がりの台形、上半分が細い平行の柱になるのはこのためである。

文化庁は、個人の住宅に設けた避雷設備であることに注目し、地域の近代化を示すものと評価している。昭和の初めに、一軒の商家が自前でこれだけの鉄塔を建てた例は珍しい。

見どころ ― 当主の雷嫌いと、いまも働く避雷針

公式サイトによると、7代目の当主が雷嫌いだったことが建設のきっかけといわれる。蔵と収蔵品を守るためという実用の理由のほかに、当主の人柄が見える話として紹介されている。同じサイトは、この避雷針が令和のいまも現役で稼働中だとしている。

蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔は、真下から見上げるより、少し離れて全体の輪郭を見たほうが面白い。東側の縦材が途中で折れ曲がる位置を探すと、非対称な組み方がよく分かる。

見学のしかた

蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔の上部は屋敷の外からも見えるが、足もとまで近づくには蔵の郷土館齋理屋敷の入館料が必要である。業の蔵の東側、敷地の奥に立つ。現役の避雷設備なので、塔に登ったり柵の内側に入ったりはできないものと考えておきたい。雷が近いときは塔の近くに寄らないのが賢明である。

Q&A

Q蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔の高さは?
A26メートルで、鉄骨造。等辺アングル材をボルトで接合し、シングル・ワーレントラスに組んでいる。
Q蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースは昭和前期(1926〜1945年)とし、公式サイトは昭和5年(1930年)に建てられたといわれると紹介している。
Q蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔はなぜ建てられたのですか?
A公式サイトによれば、7代目の当主が雷嫌いだったことがきっかけといわれる。
Q蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔はいまも使われていますか?
A公式サイトは、避雷針が令和のいまも現役で稼働中としている。
Q蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔はどこから見られますか?
A業の蔵の東側に立ち、上部は屋敷の外からも見える。足もとまで行くには蔵の郷土館齋理屋敷の入館料が必要である。

基本情報

名称蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔(くらのきょうどかんさいりやしきひらいしんようてっとう)
所在地宮城県伊具郡丸森町字町西25
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成23年(2011年)1月26日登録
員数1基
寸法鉄骨造、高さ26メートル
所有者丸森町
公開状況公開(敷地内から外観を見学、入館料が必要)

参考文献

蔵の郷土館齋理屋敷避雷針用鉄塔|国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008406
齋理屋敷とは|蔵の郷土館 齋理屋敷【公式】
https://sairiyashiki.com/about/

最終更新日: 2026.09.24