仙台に残る最初期の宣教師住宅

東北学院旧宣教師館は、宮城県仙台市青葉区土樋一丁目6番地にある明治20年頃(1887年頃)建築の木造洋風住宅で、平成28年(2016年)7月25日に国の重要文化財に指定された。通称をデフォレスト館という。

建物が建つのは東北学院大学土樋キャンパスの西端、広瀬川にほど近い南向きの緩やかな斜面である。この土地は、宮城英学校の設立に際して仙台に派遣された宣教師の住居のために購入されたものだった。米国人宣教師デフォレストの書簡などから、明治20年頃にここへ洋風住宅が三棟建てられたことが分かっている。

残っているのは一棟だけである。道路を隔てた北側の一棟は明治期のうちに失われたと考えられ、東隣にほぼ同規模同形式で建てられた一棟は昭和42年(1967年)に解体された。

所有者は何度も替わったが、いずれも宣教関係の組織であった。同志社から「在日本コングリゲーショナル宣教師社團」へ、大正6年(1917年)には「在日本リホームド宣教師社團」へ売却され、昭和15年(1940年)に東北学院の所有となる。その間ずっと外国人宣教師や教師の住宅として使われ、昭和30年(1955年)以降は研究室や事務室に転用された。

指定の理由

指定基準は「(三)歴史的価値の高いもの」。文化庁の解説は、我が国に残る外国人宣教師住宅の最初期の事例として希少であり、保存状況も良好であるとし、あわせて動線を明確に分離した平面構成を挙げている。

この平面構成の点は説明を要する。この建物には階段が二つある。北面の玄関の奥に主階段があり、そのすぐ東側に、向きを対向させて使用人用の階段が設けられている。外観からはそれと分からない。来客と使用人が同じ家の中を別々の垂直動線で移動する仕組みで、当時の英米の住宅では標準的だが、この年代の日本では珍しい。

仙台にとって、この指定にはもう一つの意味があった。市内の建造物が重要文化財に指定されるのは昭和55年(1980年)の東照宮随身門以来であり、社寺建築以外では市内で初めてのことだった。

建物の構成

木造二階建、桁行およそ16.8メートル、梁間およそ12.1メートル、建築面積185.63平方メートル。屋根は寄棟造の鉄板葺で、小屋組は和小屋を用いる。西面の北寄りには切妻が突き出し、北面の東寄りは片流れで葺き下ろす。外壁は下見板張である。

玄関は北面中央、円弧状の破風の下にある。一階は玄関の西寄りから反時計回りに居室四室と台所が並び、各室は開戸または引戸でつながる。玄関の東脇には洗面と便所。南西隅の居室には北面に暖炉が設けられている。南面中央の、食堂と考えられる部屋の北面には配膳用の戸棚が残る。

南面から東面にかけてバルコニーが回り、そのうち南面の西寄りと東面の南寄りはガラス窓で仕切ってサンルームとしている。二階もほぼ同じ配置で居室四室を設けるが、台所の上部は屋根裏部屋とし、サンルームは南面西寄りの一箇所のみである。

細部は断片的に残る。北寄りの一部を除いて柱頭飾があり、窓には上下窓が多用されている。内装の改変は大きいものの、床板は当初のものと考えられ、サンルームの天井にはラティス状の意匠が残り、後補天井の裏にはモールディングが残存している。北面東端の扉口からはかつて和館が接続していたが、現在は失われている。

ここに住んだ人々

通称の由来は、明治中期から後期にかけての居住者ジョン・ハイド・デフォレストである。その娘シャーロット・デフォレスト(1879年から1973年)は、のちに神戸女学院の第五代院長を務めた。なお近年までこの建物は「シップル館」と呼ばれていた。戦前から東北学院で英語を教えていたカール・シップルが、昭和23年(1948年)に家族とともに再来仙し、昭和30年までここに住んだことによる。

同志社を創立した新島襄は、宮城英学校を引き継いだ東華学校に関わって仙台を訪れている。この建物でデフォレストと学校の将来を語ったと伝えられる。東華学校自体は短命に終わった。

訪ねるにあたって

内部の見学はできない。平成23年(2011年)の東日本大震災の後、修築を要するため立ち入りが禁じられ、建物の周囲には防護のための塀が設けられている。東北学院が実施する文化財見学ツアーでも、令和7年(2025年)11月の回を含め、デフォレスト館は外観のみの見学とされている。

外観は土樋キャンパス内と西側の道路から見ることができるが、塀があるため視界はかなり限られる。公道からの撮影に制限はなく、北面玄関の円弧状の破風は柵越しでも撮影できる。修復工事の進行によって状況が変わる可能性があるため、訪問前に東北学院の公式サイトを確認しておくとよい。

土樋キャンパスは仙台駅の南側にあり、徒歩でおよそ20分。地下鉄南北線の五橋駅と愛宕橋駅がいずれも近く、それぞれ徒歩5分から10分程度である。キャンパスに来訪者用の駐車場はなく、公共交通機関の利用が求められている。

同じキャンパスにあるもの

同じ土樋キャンパスには登録有形文化財が四棟ある。大正15年(1926年)の正門、ラーハウザー記念東北学院礼拝堂、大学本館、大学院棟である。礼拝堂と本館は公開行事の際に一部内観が公開されることがある。旧宣教師館と、鉄筋コンクリート造カレッジ・ゴシック様式の本館を並べて見ると、仙台の学校建築が四十年でどこまで移動したかが分かる。

なお旧宣教師館自体、平成25年(2013年)3月29日付で登録有形文化財となっており、平成28年の重要文化財指定はその上位に位置づけられるものである。

Q&A

Q東北学院旧宣教師館の内部は見学できますか。
Aできません。平成23年(2011年)の東日本大震災以降、修築を要するため立ち入りが禁じられ、周囲に防護塀が設けられています。東北学院が実施する見学ツアーでも外観のみの見学とされています。キャンパス内からの外観見学は無料です。
Q東北学院旧宣教師館はいつ建てられ、いつ指定されたのですか。
A明治20年頃(1887年頃)の建築で、宣教師のために建てられた三棟の洋風住宅のうちの一棟です。平成25年(2013年)3月29日に登録有形文化財となり、平成28年(2016年)7月25日に重要文化財に指定されました。
Q東北学院旧宣教師館はなぜ価値が高いとされるのですか。
A我が国に残る外国人宣教師住宅の最初期の事例として希少であり、主人用と使用人用の階段を別に備えて動線を分離した本格的な洋風住宅の平面が残っている点が評価されました。仙台市内の建造物としては昭和55年以来の重文指定であり、社寺建築以外では市内初となります。
Q東北学院旧宣教師館が「デフォレスト館」と呼ばれるのはなぜですか。
A明治中期から後期の居住者であった米国人宣教師ジョン・ハイド・デフォレストに由来します。娘のシャーロットは後に神戸女学院第五代院長となりました。戦後の居住者カール・シップルにちなみ、近年まで「シップル館」と呼ばれていました。
Q東北学院旧宣教師館へはどう行けばよいですか。
A仙台市青葉区の東北学院大学土樋キャンパス西端にあり、仙台駅から南へ徒歩約20分です。地下鉄南北線の五橋駅、愛宕橋駅がいずれも近く、徒歩5分から10分程度。来訪者用の駐車場はありません。

基本情報

名称東北学院旧宣教師館(とうほくがくいんきゅうせんきょうしかん)/通称デフォレスト館
所在地宮城県仙台市青葉区土樋一丁目6番地
指定区分重要文化財(建造物)/指定番号 02642/指定基準(三)歴史的価値の高いもの
指定年平成28年(2016年)7月25日(平成25年に登録有形文化財)
員数1棟
寸法木造二階建、寄棟造鉄板葺。建築面積185.63平方メートル。桁行約16.8メートル、梁間約12.1メートル
所有者学校法人東北学院
公開状況外観のみ見学可(無料)。内部は平成23年以降、修築のため立入禁止

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00004871
宮城県 指定文化財
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/kyusenkyoshikan.html
仙台市の指定・登録文化財
https://www.sendai-c.ed.jp/~bunkazai/shiteidb/c03028.html
東北学院 史資料センターWEBコラム
https://www.tohoku-gakuin.jp/info/top/190917-1.html

最終更新日: 2026.08.06