遊佐家住宅(登米市石森)―江戸中期の主屋を囲む6棟の屋敷

遊佐家住宅(登米市石森)は、宮城県登米市中田町石森にある農家の屋敷で、江戸時代中期に建てられた主屋を中心に明治から昭和初期の付属屋が並び、平成18年(2006年)3月2日に6棟がそろって国の登録有形文化財となった。

登録された6棟は、主屋・広間・土蔵・板蔵・馬屋・味噌蔵である。文化庁の国指定文化財等データベースは、主屋の建築年代を江戸中期(1661年から1750年の間)とし、土蔵・板蔵・味噌蔵を明治期、馬屋を大正期、広間を昭和初期としている。暮らし、客のもてなし、米や味噌の貯蔵、馬の飼育という屋敷の働きが、時代の違う棟に振り分けられて残っている。

登録番号は04-0056から04-0061までの連番で、第49回の登録(平成18年(2006年)3月23日告示)にまとめて加えられた。登米市教育委員会の文化財一覧では、市内の国登録有形文化財のうち登録日がもっとも早いのがこの遊佐家住宅の6棟である。

敷地と6棟の配置

敷地は東へ向かって下る地形で、主屋はその北西部に東を正面として建つ。主屋の南、敷地の西寄りに広間が並び、広間の東に土蔵がある。板蔵は広間の南から渡廊下でつながり、馬屋は主屋の北東に、味噌蔵は主屋の北西の一段高い場所に置かれている。

主屋と広間が西側に南北に連なり、その前面から東にかけて蔵と馬屋が配される構えである。土間をもつ主屋が日々の暮らしと作業の場、床の間を備えた座敷2室だけの広間が客を迎える場と、役割によって棟を分けている点に、この屋敷の性格がよく出ている。

屋根は主屋・広間・馬屋が寄棟造、土蔵・板蔵・味噌蔵が切妻造。広間と馬屋はもとの茅葺の上に鉄板をかぶせた仮葺きで、主屋は鋼板葺き、土蔵は天然スレート葺きと、材料は棟ごとに異なる。

登録の基準

登録有形文化財(建造物)には3つの登録基準がある。遊佐家住宅では、主屋が「再現することが容易でないもの」、残る5棟が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。江戸中期の主屋そのものの価値と、付属屋を含めた屋敷構え全体がつくる景観の価値とが、別々の基準で評価されている。

見学とアクセス

遊佐家住宅(登米市石森)は個人の屋敷である。文化庁のデータベースに所有者の記載はなく、文化庁と登米市の資料には一般公開日や見学受付の案内が見当たらない。敷地は私有地なので、無断で立ち入ることは控えたい。

所在地は登米市中田町石森の二木地区で、最寄りのJR東北本線石越駅から地図上の直線距離でおよそ7キロ離れている。公共交通だけで訪ねるのは難しく、車での移動が前提になる。

各棟の写真は、文化庁のデータベースと文化遺産オンラインに掲載されている。市内の文化財についての問い合わせ先は、登米市教育委員会文化財文化振興課(登米市中田町上沼、電話0220-34-2332)である。

参考文献

教育委員会・文化財一覧(登米市)
https://www.city.tome.miyagi.jp/bunkazai/kurashi/kosodate/kyoikuinkai/shakaikyoiku/bunkazai.html
国指定文化財等データベース「遊佐家住宅主屋」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005222
国指定文化財等データベース「遊佐家住宅広間」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005223
国指定文化財等データベース「遊佐家住宅土蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005224
国指定文化財等データベース「遊佐家住宅板蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005225
国指定文化財等データベース「遊佐家住宅馬屋」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005226
国指定文化財等データベース「遊佐家住宅味噌蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005227
文化遺産オンライン「遊佐家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/189950

最終更新日: 2026.09.25

基本情報

名称遊佐家住宅(登米市石森)
所在地宮城県登米市中田町石森二木121
指定登録有形文化財 6件
座標38.72884, 141.22015