集落の奥に立つ日本一の大檜
宮崎県東臼杵郡椎葉村、標高およそ700メートルの山腹に大久保集落がある。その奥に、一本のヒノキが立っている。樹高は32メートル、根元の幹周りは9.3メートル。地上1メートルほどの高さで幹はいくつもの太い枝幹に分かれ、その広がりは東西32メートル、南北30メートルに達する。
文化庁はこのヒノキを平成6年(1994年)3月2日に国の天然記念物に指定した。数軒の民家が点在する小さな集落の駐車場から坂道を少し登ると、木はほどなく姿をあらわす。
推定樹齢八百年
椎葉村教育委員会が立てた看板には、推定樹齢約800年とある。これは計測された数値ではなく言い伝えに基づく目安だが、控えめに見積もっても、このヒノキが芽吹いたのは中世のいずれかの時代ということになる。今の集落のかたちが整うよりも、はるか以前のことだ。
現在、ヒノキの多くは植林木で、樹齢40〜60年ほどで伐採される。八百年を生きたヒノキというのは、それだけで希少な存在である。大久保の人々がこの木を伐らずに守ってきたのには、理由がある。
集落の人によれば、このヒノキは大久保を切り開き住み着いた先祖の墓印だという。気が優しい木で、女性の墓印にあたると伝わり、開拓した祖先をまつる木として、今も大切に扱われている。
木をぞんざいに扱わない理由を語る、こんな話が残っている。ある日、山仕事の帰り道、集落の女性が「また明日来るから」とヒノキの皮の間に火種を差し込んで帰った。その夜、女性は目が痛くてたまらなくなり、近所の祈祷師にみてもらう。すると「ヒノキに何かしていないか」と問われた。行ってみると、消したはずの火種は消えておらず、ヒノキの皮が燃えていたという。先祖のヒノキが知らせたのだ、と人々は語り継いだ。その焼け跡は、年配の人が幼い頃まで残っていたそうだ。
なぜ天然記念物に指定されたのか
ヒノキは日本固有の針葉樹で、建築や木工に深く根づいた木である。ただ巨樹となると、各地の天然記念物の多くを占めるスギに比べて格段に少ない。国の保護を受けるほどのヒノキの巨木は、それ自体が珍しい。
大久保の大ヒノキが指定された理由は明快である。文化庁の記録では、このヒノキは樹高において全国第1位、幹周りにおいても全国第3位とされる。日本一の高さを持つヒノキであり、その学術的価値は高いと判断され、名木・巨樹などを対象とする基準のもとで天然記念物に指定された。
枝のかたちを見る
まっすぐ整ったヒノキを思い描いて訪れると、目の前の木は予想を裏切る。地上数メートルで幹は無数の枝に分かれ、その枝は途中で大きく曲がり、ねじれ、ふたたび天へと伸びていく。整然というよりは荒々しく、見た人はしばしば「美しい」よりも先に「迫力」や「面妖さ」という言葉を口にする。
木の根元を一周できる小道がついているので、あらゆる方向から眺められる。角度によって木の表情は変わる。離れて見れば一つの大きな樹冠だが、真下に立つと、それぞれが一本の木ほどの太さを持つ枝幹の集まりであることがわかる。幹を見上げる時間も惜しまないでほしい。
標高の高い静かな集落で、木の周りの空き地はその静けさをよく保っている。予定より長く木の下にとどまる人が多い。
行き方と周辺の見どころ
椎葉村は宮崎県北部の山深い場所にあり、日本の秘境のひとつに数えられることが多い。大ヒノキへは椎葉村役場から車で約25分。国道265号から山道へ入る道のりで、熊本市内からはおよそ2時間半、宮崎市内からはおよそ3時間半かかる。
駐車場は集落の民家の敷地内にあり、トイレが設けられている。そこから木までは徒歩5〜10分ほど。駐車場も歩く道も民家のそばを通るため、夜間の訪問は地元の方への配慮から控えたい。
同じ谷あいには、足をのばす理由がほかにもある。車で10分ほどの十根川神社のそばには、これも国の天然記念物である巨杉「八村杉」が立つ。近くの十根川集落は、斜面に沿って古い民家が並ぶ国の重要伝統的建造物群保存地区である。大ヒノキ、八村杉、そして集落をあわせて歩けば、山の暮らしをそのまま展示する野外博物館のような時間が過ごせる。
Q&A
- 樹齢は本当に800年ですか。
- 椎葉村教育委員会の看板に推定樹齢約800年とあります。計測値ではなく言い伝えに基づく目安なので、正確な数字というより「きわめて古い木」を示すものと考えるのがよいでしょう。
- なぜこの大きさのヒノキが特別なのですか。
- ヒノキは全国で植林され、多くは若いうちに伐採されます。古木は少なく、この木は全国一の高さ、幹周りでも全国3位とされるため、国の天然記念物に指定されました。
- 木のそばまで行けますか。
- 行けます。根元を一周する小道があり、さまざまな方向から眺められます。駐車場から徒歩5〜10分ほどです。
- 入場料や開館時間はありますか。
- 料金も門もありません。屋外に立つ木で、日中は自由に見学できます。ただし駐車場までの道が民家のそばを通るため、夜間の訪問は控えてください。
- 周辺にほかの見どころはありますか。
- 車で10分ほどの場所に、同じく国の天然記念物の巨杉「八村杉」があります。古い民家が並ぶ十根川集落(重要伝統的建造物群保存地区)も近くです。
基本情報
| 名称 | 大久保の大ヒノキ(おおくぼのおおひのき) |
|---|---|
| 所在地 | 宮崎県東臼杵郡椎葉村下福良 |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(平成6年〔1994年〕3月2日指定) |
| 樹種 | ヒノキ(檜) |
| 樹高 | 約32メートル(ヒノキとして全国第1位) |
| 根元幹周 | 約9.3メートル(ヒノキとして全国第3位) |
| 枝張り | 東西約32メートル、南北約30メートル |
| 推定樹齢 | 約800年(言い伝えによる目安) |
| アクセス | 椎葉村役場から車で約25分、駐車場から徒歩5〜10分 |
| 公開状況 | 屋外、日中自由に見学可(料金不要) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2961
- 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139804
- 大久保のヒノキ(椎葉村教育委員会)
- https://www.vill.shiiba.miyazaki.jp/education/culture/ohkubo.php
- 大久保のヒノキ(椎葉村観光協会)
- https://www.shiibakanko.jp/tourism/spot-3/spot5
最終更新日: 2026.05.22