塚原ダム:戦前日本最高峰の土木技術が息づく巨大堰堤

宮崎県北部、九州山地の奥深くを流れる耳川の中流域に、戦前の日本が誇る土木技術の粋を集めて築かれた塚原ダムがそびえています。1938年(昭和13年)に竣工した堤高87メートルの重力式コンクリートダムは、完成当時、日本最高・東洋一の高さを誇りました。2004年に国の登録有形文化財に登録され、2007年には経済産業省の近代化産業遺産にも認定。土木学会の近代土木遺産最高Aランクにも評価されている、日本の土木史を語る上で欠かせない歴史的構造物です。

歴史的背景

耳川水系の水力発電開発は、九州送電株式会社(のちに九州電力に統合)によって昭和初期から進められました。1929年(昭和4年)の西郷ダム・田代発電所、1931年(昭和6年)の山須原ダム・山須原発電所に続き、1935年(昭和10年)に塚原ダムの建設が着工されました。

3年の工期を経て1938年に完成した塚原ダムは、九州山地の奥地という立地にもかかわらず、高さ・体積ともに当時の日本最大級を誇りました。建設にあたっては、当時世界最先端であったアメリカのボルダーダム(現フーバーダム)の技術が導入されましたが、資材はすべて国産が使用されました。延岡市から約40キロメートルにわたる索道(ワイヤーロープによる空中輸送施設)を用いてコンクリート材料が運搬されました。

この大工事は地域社会にも大きな影響を与えました。大量の労働者の流入により、諸塚村の人口は1937年(昭和12年)に8,930人という戦前・戦後を通じた最高記録を達成しました。一方で、44名もの尊い犠牲者を出しており、ダム右岸に建立された慰霊碑には、女神と工事姿の人々を描いた心打たれるレリーフが刻まれています。

文化財指定の理由と価値

塚原ダムは2004年(平成16年)3月に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。大ダムとしては小牧ダムに次いで2例目の文化財登録です。その後、2007年(平成19年)には経済産業省により近代化産業遺産に認定されています。

文化財としての価値は、数々の日本初の技術革新にあります。塚原ダムは日本で初めて硬練りコンクリートを採用したダムです。硬練りコンクリートとは、セメントに対する水の比率を減らして練ることで強度を高める製法で、それ以前の礎石コンクリートに代わる画期的な技術でした。また、日本で初めて可動式ケーブルクレーンによるコンクリート打設を実施し、現場にバッチャープラント(均質なコンクリート製造のための大型設備)を設置するなど、近代的な機械化施工を本格導入した先駆的な工事でした。

建築・設計の見どころ

塚原ダムの最大の特徴は、堤頂部に並ぶバトルメント(胸壁)付きの小塔です。まるで中世ヨーロッパの城壁や万里の長城を思わせるこの意匠は、実用的な水力発電施設に芸術的な美しさを添えています。遠目に眺めると山々の間に浮かぶ城壁のようで、訪れる者に深い印象を与えます。

堤体中央部には8門のテンターゲート(ラジアルゲート)が配されており、洪水時の放流を担います。ダムで取水された水は約2.2キロメートルの導水路を通じて下流の塚原発電所に送られ、最大62,600キロワットの発電が行われています。総貯水容量は約3,433万立方メートル、湛水面積は122ヘクタールです。

設計は山本格、技術指導は東京帝国大学教授の吉田徳次郎が担当し、施工は間組(現・安藤ハザマ)が行いました。建設当時のバッチャープラントは現在も現地に残されており、貴重な産業考古学的遺構となっています。

自然災害を乗り越えた堅牢さ

2005年(平成17年)9月、台風14号がもたらした記録的豪雨(総雨量1,300ミリメートル超)により、ダム下流で大規模な山体崩壊が発生しました。崩落した土砂が耳川を堰き止めて天然ダムを形成し、下流側の水位が急上昇。塚原ダムの下流面は最大62メートルまで水没し、ゲートピア直下まで水が迫るという未曾有の事態となりました。

しかし、塚原ダムの堤体はこの凄まじい圧力にも耐え抜きました。1938年の竣工から70年近くを経てなお、その堅牢さを証明したのです。この出来事は、戦前の技術者たちが投じた最先端技術と品質管理の確かさを改めて示すものとなりました。

見学案内

塚原ダムは、国道327号線沿いの諸塚村中心部から西へ約3キロメートルの地点に位置しています。ダム堤体横の山をトンネルで国道が通過しており、トンネル手前(ダム遠景ポイント)とトンネルの先(ダム正面側)に駐停車スペースが設けられています。

見学ポイントの金網フェンスには、九州電力の配慮により撮影用の開口部(縦15センチ×横21センチほど)が設けられています。この小さな「窓」はSNSでも話題となっており、ダムファンの間で親しまれています。

ダム天端や管理施設への立ち入りは、現地管理事務所の許可が必要です。周辺道路は交通規制が行われている場合がありますので、訪問前に宮崎県のホームページで道路状況をご確認ください。

周辺の見どころ

  • 上椎葉ダム — 耳川上流に位置する日本初のアーチ式ダム。塚原ダムの建設技術を活かして建設された、もう一つの土木遺産です。
  • 秋政展望台 — 360度の大パノラマが楽しめる展望台。九州脊梁山地やユネスコエコパークの山並みを一望できます。
  • しいたけの館21 — 諸塚村の名産である椎茸の文化を紹介する施設。レストラン「どんこ亭」では山の幸を活かした料理が味わえます。
  • 吉野宮神社 — 室町時代の伝説にゆかりのある山中の神社。商売繁盛や目の病気にご利益があるとされています。
  • 黒岳 — 諸塚村最高峰。山頂付近にはブナの原生林が広がり、日本南限の福寿草群生地など貴重な植物の宝庫です。

Q&A

Q塚原ダムの高さはどのくらいですか?
A堤高87メートルです。1938年の竣工当時は日本最高、東洋一の高さを誇るコンクリートダムでした。戦前に竣工したダムとしては現在も日本最高の高さを保っています。
Qダムの上を歩くことはできますか?
A塚原ダムは九州電力が管理する発電施設のため、天端への立ち入りには管理事務所の許可が必要です。ただし、国道327号線沿いの展望ポイントからダム全景を見ることができ、撮影用にフェンスの一部が開けられています。
Q公共交通機関でのアクセス方法は?
AJR日向市駅から宮崎交通バス「上椎葉」行きまたは「塚原」行きに乗車し、諸塚村中心部まで約90分です。ダム最寄りのバス停は「古園円堤前」で、下車後は徒歩約4分です。
Q塚原ダムにはどのような文化財指定がありますか?
A国の登録有形文化財(2004年登録)、経済産業省の近代化産業遺産(2007年認定)、土木学会の近代土木遺産Aランクの3つの指定・認定を受けています。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A春(新緑の季節)と秋(紅葉の季節)が特におすすめです。山間部のため、梅雨時期(6〜7月)や台風シーズン(8〜10月)は道路が通行止めになる場合がありますので、事前に道路状況をご確認ください。

基本情報

名称 塚原ダム(つかばるだむ)
通称 古園堰堤(ふるぞのえんてい)
所在地 宮崎県東臼杵郡美郷町西郷区山三箇字野々尾~諸塚村大字七ツ山字谷口
河川 耳川水系耳川
型式 重力式コンクリートダム
堤高 87.0 m
堤頂長 215.0 m
総貯水容量 34,326,000 m³
湛水面積 122 ha
発電出力 62,600 kW(塚原発電所)
竣工 1938年(昭和13年)
設計 山本格
技術指導 吉田徳次郎(東京帝国大学教授)
施工 間組(現・安藤ハザマ)
所有者 九州電力株式会社
文化財指定 登録有形文化財(2004年)、近代化産業遺産(2007年)、近代土木遺産Aランク(土木学会)
アクセス JR日向市駅から宮崎交通バス「上椎葉」行きまたは「塚原」行きで約90分、「古園円堤前」下車徒歩約4分。車の場合は東九州自動車道日向ICから国道327号経由で約60分。

参考文献

文化遺産オンライン — 塚原ダム
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141361
土木遺産 in 九州 — 塚原ダム(塚原発電所)
https://dobokuisan.qscpua2.com/heritage/miyazaki/miy6_tsukahara/
もろつかナビ — 塚原ダム
https://www.morotsuka-tourism.jp/spot/tsukabaru-dam/
土木学会WEB情報誌 from DOBOKU — 偏愛土木写真0010 塚原ダム
https://note.com/from_doboku/n/n07eaa18ed13b
宮崎県文書センター — 歴史資料に見る宮崎 №4
https://www.pref.miyazaki.lg.jp/documents/8753/8753_20220124105215-1.pdf
諸塚村公式ホームページ — 有形文化財
https://www.vill.morotsuka.miyazaki.jp/soshiki/1009/5/110.html

最終更新日: 2026.04.08