黒北発電所:明治の情熱が今も灯る、九州最古の現役水力発電所

宮崎市清武町の山あい、清武川の上流にひっそりと佇む黒北発電所は、明治40年(1907年)に完成した九州最古の現役水力発電所です。石造りの端正な建物の中では、ドイツ製の水車と発電機が100年以上にわたって休むことなく電気を生み出し続けています。

観光地として広く知られているわけではありませんが、だからこそ訪れる価値があります。明治時代の先人たちが宮崎の地に電気の光をもたらそうと奔走した物語、そしてその志が今なお形となって動き続けているという事実は、静かな感動を呼び起こします。

発電所誕生の物語

黒北発電所の誕生には、一人の元官吏の感動がきっかけとなりました。都城警察署長や鹿児島県の郡長などを歴任した柴岡晋は、ある日汽車の中で「国の発展には工業が必要であり、そのためには水力発電による電気を動力とすることが不可欠だ」という話を耳にします。この言葉に深く心を動かされた柴岡は、事業家の大和田伝蔵とともに発電所建設を決意しました。

当初は宮崎市南部の鵜木川での建設を計画しましたが、地形上の問題から断念。明治34年(1901年)に建設予定地を清武川上流に変更し、測量や設計を進めました。しかし、電力開発の素人である二人の計画に賛同者はなかなか現れませんでした。

転機は、松山市に電力開発に詳しい才賀藤吉という人物がいると聞いた二人が、松山へ出向いたことでした。なんと、汽車の中で柴岡が聞いた話の主こそ才賀その人であったのです。運命的な再会に意気投合した三人は、日露戦争などによる幾度もの中断を乗り越え、明治39年(1906年)5月に日向水力電気株式会社を設立。総工費10万円をかけて建設を進め、明治40年(1907年)7月に完成、8月に運転を開始しました。

登録有形文化財としての価値

平成9年(1997年)5月7日、黒北発電所は宮崎県内で初めて国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その文化的・歴史的価値は多岐にわたります。

まず、九州に現存する水力発電所の中で最も古い施設であり、日本の近代化と電化の歴史を物語る貴重な証人です。建物自体は建築面積78平方メートルと小規模ながら、石積みの目地を丁寧に表した外壁、縦長の窓、アーチ形の明かり取り窓など、明治期の洋風建築の本格的な意匠が随所に施されています。産業施設でありながら、これほど意匠にこだわった建築は大変貴重です。

さらに特筆すべきは、ドイツのフォイト社製水車とAEG社製発電機が、完成から100年以上を経た今なお現役で稼働していることです。これは当時の技術力の高さと、長年にわたる丁寧な保守管理の賜物といえるでしょう。

建築の見どころ

発電所の建屋は石造平屋建て、瓦葺きの構造です。外壁には石積みの目地が美しく表現されており、建物全体に堅牢さと品格が漂います。壁面には縦長の窓が規則的に配され、屋根に近い部分にはアーチ形の明かり取り窓が設けられています。これらの意匠は、実用的な採光の役割を果たしながら、明治期の洋風建築ならではの端正な美しさを建物に与えています。

深い緑に囲まれた清武川のほとりに佇むこの石造りの建物は、周囲の自然と見事に調和し、産業遺産としての重厚さと山間の静寂が織りなす独特の景観を生み出しています。

発電所の近くには、明治44年(1911年)に建立された記念碑があります。建設の経緯を後世に語り継ぐために漢文で記されたもので、昭和63年(1988年)に現在地に移設されました。漢文の内容をわかりやすく要約した看板も併設されています。

宮崎に電気の光をもたらした先駆者

黒北発電所は、宮崎県内初の事業用(一般家庭向け)発電所でした。最大出力200キロワットは、一般家庭約60軒分の電力に相当します。発電所の完成により、それまで種油や石油ランプで暮らしていた住民に初めて電灯の光が届けられました。

当時の記録によれば、電灯の明るさと便利さに住民は大いに驚き、電気を讃える歌(電気唄)を歌うほどであったといいます。黒北発電所の成功は宮崎県全域に電気の普及を促し、やがて県下には十数社もの電気会社が設立されることとなりました。

これらの会社は昭和17年(1942年)に九州配電株式会社に統合され、さらに戦後の昭和26年(1951年)に九州電力株式会社に引き継がれて現在に至っています。

周辺情報

黒北発電所がある清武地区は、歴史と自然に恵まれた魅力あるエリアです。発電所の見学と合わせて、周辺の見どころもお楽しみください。

安井息軒記念館・旧宅

幕末の大儒学者・安井息軒(1799〜1876年)の記念館と生家が、発電所から車ですぐの場所にあります。茅葺き屋根の旧宅は国の史跡に指定されており、記念館では息軒の生涯と業績を詳しく紹介しています。毎年2月には、息軒自らが植えたとされる梅の花が美しく咲き誇ります。

清武城跡

清武川左岸の丘陵上にある中世の山城跡です。14世紀に伊東支族の清武氏により築城されたとされ、伊東48城の一つとして、特に島津氏に対する防衛拠点として重要な役割を果たしました。元和元年(1615年)の一国一城令により廃城となりましたが、現在も本丸跡に石碑が残り、周辺の眺望を楽しむことができます。

清武の大クス

船引神社の境内にそびえる巨大なクスノキは、樹齢900年以上とも伝えられ、根回り18メートル、幹回り13.2メートル、高さ26メートルを誇ります。内部は地上8メートルほどまで空洞となっており、その底は約8畳もの広さがあります。宮崎県下最大級のクスノキとして、訪れる人々を圧倒します。

青島・宮崎海岸

清武地区からほど近い宮崎の海岸線には、亜熱帯植物園や「鬼の洗濯板」と呼ばれる波状岩で有名な青島をはじめ、美しい自然景観が広がっています。山間部の産業遺産と海辺のリゾートを組み合わせた旅のプランもおすすめです。

Q&A

Q発電所の内部は見学できますか?
A黒北発電所は九州電力が運営する現役の発電所のため、通常は内部の一般公開は行われていません。ただし、宮崎市教育委員会が特別公開イベントを不定期に開催しており、その際には内部を見学することができます。外観と記念碑はいつでも自由にご覧いただけます。開催情報は宮崎市の観光案内にお問い合わせください。
Q入場料はかかりますか?
A外観の見学と記念碑の観覧は無料です。特別公開イベントも通常は無料で開催されています。
Qアクセス方法を教えてください。
A公共交通機関をご利用の場合は、宮崎交通バスの「発電所入口」バス停で下車し、徒歩約5分です。お車の場合は、清武川上流の山間部に位置しており、約15台分の駐車場があります。宮崎空港からも比較的近い位置にあります。
Q今でも発電しているのですか?
Aはい。黒北発電所は明治40年(1907年)8月の運転開始以来、現在も稼働を続けています。ドイツ・フォイト社製の水車とAEG社製の発電機が100年以上にわたって使用されており、最大出力200キロワット(一般家庭約60軒分)の電力を発電しています。
Qおすすめの訪問時期はありますか?
A年間を通じて訪問可能ですが、気候の穏やかな春や秋は周辺散策にも最適です。夏は周囲の緑が美しく、秋は清武川沿いの山間の紅葉が見ごろとなります。特別内部公開は冬季に開催されたこともありますので、地元のイベント情報をご確認ください。

基本情報

名称 黒北発電所(くろきたはつでんしょ)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物) 平成9年(1997年)5月7日登録
竣工 明治40年(1907年)7月3日完成、同年8月1日運転開始
建設 日向水力電気株式会社
現在の所有・運営 九州電力株式会社 宮崎支店
構造 石造平屋建、瓦葺、建築面積78㎡
設備 水車:フォイト社製(ドイツ)、発電機:AEG社製(ドイツ)
最大出力 200キロワット
所在地 〒889-1604 宮崎県宮崎市清武町大字船引字川平3544
アクセス 宮崎交通バス「発電所入口」下車 徒歩約5分/駐車場あり(約15台)
見学料 無料(外観見学)、内部は特別公開時のみ

参考文献

黒北発電所 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191179
黒北発電所 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%8C%97%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80
黒北発電所 — 宮崎市公式サイト
https://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/institution/list/item738/
黒北発電所(宮崎県宮崎郡) — キレイライフプラス(九州電力)
https://www.kireilife.net/contents/area/history/1191971_1504.html
黒北発電所 — じゃらんnet
https://www.jalan.net/kankou/spt_45301ae2180021646/
宮崎市 安井息軒記念館・安井息軒旧宅ホームページ
https://yasuisokken.jp/
清武地域の文化遺産について — 社会福祉法人德榮会
http://tokueikai.lar.jp/kiyotake

最終更新日: 2026.03.22