佐藤家住宅東土蔵 ― 一階の隅を欠き取って井戸を抱え込んだ江戸後期の蔵

この土蔵は、一階の西南隅が四角く欠けている。壊れたのでも、後から削ったのでもない。一間×一間半ぶんを最初から取り込まないかたちで建て、そこに井戸屋を設けている。蔵の平面を整えることより、水を汲む場所を建物と一体にすることを優先した判断である。

佐藤家住宅東土蔵は、長野県佐久市協和字上三井の通り沿いに、石垣上に建つ。桁行7.3メートル、梁間5.5メートル、建築面積は約40平方メートル。文化庁の国指定文化財等データベースは時代を「江戸後期」、西暦を1751年から1830年の幅で記録しており、同じ屋敷内で登録された4棟のうち最も古い。2011年(平成23年)10月28日、登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は20-0399である。

土蔵は、木の軸組に厚い土壁を塗り重ね、表面を漆喰で仕上げた建物である。米や道具、祝儀の器、家の証文といったものを火から守る、農村の金庫にあたる。東土蔵が目を引くのは規模ではなく、通りに対する立ち位置と、外壁に読み取れる選択のほうだ。

登録の理由と、その制度

建造物を守る仕組みは、日本にふたつある。国宝・重要文化財に代表される指定の制度は古く、対象は絞り込まれ、現状変更にはほぼ全面的に国の許可が要る。もうひとつが1996年(平成8年)に始まった登録の制度で、こちらは発想が違う。江戸から昭和前期にかけて建てられた普通の建物が、指定の手続きが追いつかない速さで失われていた。そこで、保護をゆるくするかわりに、義務もゆるくした。外観を大きく変えるときに届け出をすれば足り、所有者はそこに住み、使い続けられる。

東土蔵の登録基準は、三つあるうちの第一号、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。この文言は正確に読んでおきたい。傑出した大工仕事だと言っているのではない。上三井の通りは、この蔵がなければ別の通りになる、と言っている。

文化庁の解説文はその点をはっきり書いている。伴部屋から続く三棟が、重厚な構えをつくる、と。東土蔵はその列の端を押さえる錘(おもり)にあたる。漆喰の量感が、隣に並ぶ二棟の軽い木造の正面とつり合っている。

見どころ

まず屋根を見る。東土蔵の屋根は切妻造の桟瓦葺だが、置屋根という架け方をとる。土蔵本体の土屋根の上に、瓦屋根をもう一段、別の構造として載せる方式である。あいだに空気が通るので土壁が蒸れず、雨も直接あたらない。瓦を葺き替えるときに壁を触らずに済むという利点もある。通りから見ると、屋根と胴体のあいだにわずかな切れ目が感じられる。生えているのではなく、置いてある。

次に外壁。上部は漆喰仕上げで、白く滑らかに立ち上がる。下部には腰下見板張がまわる。跳ね返る雨や、融けかけた雪から土壁の足元を守るための板である。板は灰色に枯れ、漆喰は明るいままでいる。佐久の曇った午後には、その二段がくっきり分かれて見える。

出入口は長手側ではなく、北の妻面に開く。敷地が細長いときの理にかなった処理で、通りに面した壁を切らずに済み、母屋から近づく側に扉が来る。

そして井戸。欠き取られた隅は、二度立ち止まる値打ちがある。

訪ねる前に

ここは現役の個人住宅である。国指定文化財等データベースには所有者名も管理団体も記載がなく、公開の仕組みも、受付も、内部見学の制度もない。登録は建物の価値を記録する行為であって、立ち入る権利を生むものではない。

見られるのは公道からの外観だが、それは代替ではない。石垣上の三棟は景観として評価されて登録されたのだから、通りから眺めるという行為そのものが、この文化財の見方に一致している。撮影するなら道路上から。敷地には入らない。隣家に対するのと同じ配慮で足りる。

内部まで見たい場合、佐久市内にいくつか選択肢がある。旧中込学校は明治初期の擬洋風校舎で、重要文化財かつ国史跡、公開されている。協和に近いところでは、茂田井の武重本家酒造及び武重家住宅が三十数棟の登録有形文化財を抱え、中山道沿いの町並みを保っている。造り酒屋として営業を続けているので、訪ねる前に見学の可否を確認してほしい。

Q&A

Q東土蔵の中に入れますか。
A入れません。個人の住宅の一部で、公開施設ではありません。公道からの外観のみご覧いただけます。
Q登録有形文化財は重要文化財とどう違うのですか。
A登録は1996年に始まった制度で、築およそ50年以上の建物を対象とし、外観を大きく変える際の届出を主な義務とします。重要文化財の指定はより厳格で、現状変更に許可を要し、対象数もはるかに少なくなっています。
Q建てられた年はいつですか。
A文化庁のデータベースは時代を江戸後期、西暦を1751年から1830年の幅で示しています。公開資料の範囲では、単一の建築年は特定されていません。
Qなぜ一階の隅が欠けているのですか。
A西南隅の一間×一間半を欠き取り、そこに井戸屋を設けているためです。井戸を別棟にせず、蔵の平面に組み込んでいます。
Q佐藤家の他の建物も登録されていますか。
A伴部屋、勘定部屋、奥土蔵が同じ日に、それぞれ別件として登録されています。このうち伴部屋・勘定部屋・東土蔵の三棟が通り沿いに並びます。

基本データ

名称佐藤家住宅東土蔵(さとうけじゅうたくひがしどぞう)
所在地長野県佐久市協和字上三井225-1
種別登録有形文化財(建造物)/種別1:住宅、種別2:建築物
登録番号20-0399(第71回登録)
登録年月日2011年(平成23年)10月28日
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
時代江戸後期(1751年〜1830年)
員数1棟
構造及び形式等土蔵造2階建、瓦葺、建築面積40平方メートル
規模桁行7.3メートル、梁間5.5メートル。切妻造桟瓦葺の置屋根
所有個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。公道からの外観のみ
交通佐久市西部の協和地区。最寄り駅は佐久平駅(北陸新幹線・JR小海線)、望月方面から車または路線バス

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「佐藤家住宅東土蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009002
文化遺産オンライン「長野県・佐久市の文化財を見る」
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/20/20217
文化庁「登録有形文化財(建造物)」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei_saikin.html
佐久市 文化財事務所
https://www.city.saku.nagano.jp/bunka/bunkazai/bunkazaijimusyo/index.html

最終更新日: 2026.07.16