佐藤家住宅伴部屋 ― 二十一平方メートルの、いちばん軽い正面

桁行4.5メートル、梁間4.6メートル。ほぼ正方形の平面である。日本の民家では桁行が梁間を上回るのが普通だから、この寸法比はやや珍しい。建築面積は21平方メートル、二階建で、一階も二階も一室ずつ。間仕切りもなければ廊下もない。佐藤家の屋敷で登録された4棟のなかでいちばん小さく、そのわりに最も表情がある。

名前がまず引っかかる。「伴」は、身分のある客に付き従う人々を指す。伴部屋とは、主人が母屋で応対を受けているあいだ、供の者が控える建物だと理解されている。ただし文化庁の記録は命名の由来まで書いていないので、この家でどう使われたかは確定していない。とはいえ、他家の供のために一棟を割く必要があった家は、ふつうの農家ではなかったと考えてよい。

時代は明治期、西暦では1868年から1912年の幅で記録されている。2011年(平成23年)10月28日に登録有形文化財(建造物)となり、登録番号は20-0397。佐藤家の4件のなかでは番号の頭にあたる。

北面と通り側で、別の建物になる

伴部屋はまわって見ると性格が変わる。

北の側面は閉じている。腰下見板張をまわし、その上を漆喰仕上げの真壁造とする。真壁は柱を壁の中に埋めず、外に見せたまま、その間に壁を塗る納まりである。日本の民家では古くからのやり方で、柱の縦線が一定の間隔で立ち、あいだの白を区切る。作業のための面であり、飾る面ではない。

通り側は話が違う。一階は出格子。壁面から腕木で持ち出した格子が前に出る。二階も出窓として持ち出す。何も引っ込めず、すべてを通りのほうへ差し出している。文化庁の解説文はこの正面を「軽快」と書く。的確な語だ。二か所の小さな持ち出しだけで、21平方メートルの箱が身構えたように見えてくる。

しかも建物は通り沿いの石垣の上に立つ。近づく人の目線より高い位置で、格子が空を背にする。

なぜ登録されたのか

登録は指定ではない。1996年(平成8年)に始まったこの制度は、こうした建物のためにこそある。重要文化財にするには控えめすぎ、失うには惜しすぎる建物である。所有者は外観を大きく変えるときに届け出をすればよく、そのかわり税制上の措置や修理の技術的助言を受けられる。暮らし方を規定されるわけではない。

伴部屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。この基準は、単体の質を問う他の基準とは働き方が違う。伴部屋と、隣の勘定部屋と、その先の東土蔵は、まとめて評価されている。文化庁の解説文は、伴部屋から続く三棟が重厚な構えをつくる、と書く。伴部屋はその構成の軽いほうの端である。小さく、木造で、前に出る。反対の端にある土蔵の漆喰の量感との対比が、意図として読める。

三棟のどれか一つが欠ければ、残る二つの評価も弱まる。景観という基準は、そのためにある。

訪ねる前に

佐藤家住宅は個人の住まいである。国のデータベースには所有者名も管理団体も記載がなく、公開の制度も内部見学の受付もない。登録は価値を記録するもので、扉を開けるものではない。

見られるのは公道からの外観であり、それがこの建物の登録理由そのものだから、通りから眺めるという見方でよい。道路上にとどまり、敷地には入らず、住まいとしての静けさを崩さないでいただきたい。

同じ時代の建物に入ってみたい方には、佐久市内に行き先がある。旧中込学校は明治初期の擬洋風校舎で、重要文化財かつ国史跡、公開されている。茂田井の武重本家酒造及び武重家住宅は、中山道沿いの町並みに三十数棟の登録有形文化財を残す造り酒屋で、いまも営業している。訪問前に見学の可否を確認していただきたい。

Q&A

Q伴部屋は何に使われていたのですか。
A名称の「伴」は客に付き従う供の者を指し、そうした人々が控える部屋であったとされます。ただし文化庁の記録はこの家での具体的な用途を記していないため、名称からの推定としてお読みください。
Q中に入れますか。
A入れません。個人住宅の一部で、公開されていません。公道からの外観のみご覧いただけます。
Q出格子とは何ですか。
A壁面から腕木などで前方に持ち出した格子窓です。光と風を取り入れながら通りからの視線を遮る仕掛けで、町家や街道沿いの建物によく用いられます。
Qいつ建てられたのですか。
A文化庁のデータベースは明治期、1868年から1912年の幅で示しています。公開資料の範囲では建築年は特定されていません。隣の東土蔵は江戸後期で、こちらより古い建物です。
Q隣に建つのはどの建物ですか。
A伴部屋と東土蔵のあいだに勘定部屋が建ちます。この三棟が通り沿いの石垣上に連続して並びます。

基本データ

名称佐藤家住宅伴部屋(さとうけじゅうたくともべや)
所在地長野県佐久市協和字上三井225-1
種別登録有形文化財(建造物)/種別1:住宅、種別2:建築物
登録番号20-0397(第71回登録)
登録年月日2011年(平成23年)10月28日
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
時代明治期(1868年〜1912年)
員数1棟
構造及び形式等木造2階建、瓦葺、建築面積21平方メートル
規模桁行4.5メートル、梁間4.6メートル。切妻造桟瓦葺
内部一階・二階とも一室
所有個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。公道からの外観のみ
交通佐久市西部の協和地区。最寄り駅は佐久平駅(北陸新幹線・JR小海線)、望月方面から車または路線バス

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「佐藤家住宅伴部屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009000
文化遺産オンライン「佐藤家住宅伴部屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/246100
文化庁「登録有形文化財(建造物)」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei_saikin.html
佐久市 文化財事務所
https://www.city.saku.nagano.jp/bunka/bunkazai/bunkazaijimusyo/index.html

最終更新日: 2026.07.16