蚕種の里に建つ、小さな穀蔵

長野県上田市の北西、千曲川を見下ろす斜面に上塩尻という集落がある。細い道をたどると、白く塗り込められた蔵が次々に現れる。その多くは米や財ではなく、蚕の卵を守るために建てられたものだ。ここは幕末から明治にかけて、全国の、そして一時は世界の養蚕地へ送り出される蚕卵紙を生んだ土地である。佐藤家住宅(三ツ引)穀蔵は、令和3年(2021年)に登録有形文化財となった、その物語のなかの一棟にあたる。

建物は穀物を納める蔵、つまり穀蔵である。建てられたのは明治30年(1897年)。規模は小さい。土蔵造の二階建で屋根は切妻造の桟瓦葺、桁行は三間、梁間は二間半ほど、建築面積はおよそ25平方メートルにとどまる。戸口は東の妻面に開かれ、短い庇がかかる。二階の壁にひとつだけ窓がうがたれている。内部は一階も二階も板敷の一室である。外壁は軒裏まで中塗で塗り込められ、この厚い白壁が火と川の湿気から中の穀物を守ってきた。

三ツ引を屋号とする佐藤家は、上塩尻で蚕種業を営んだ佐藤家の一軒で、本家筋ではなく分家にあたる。本家は「藤本」を屋号とし、江戸前期の寛文年間に良質の蚕卵を製造・販売する蚕種業を始めた。のちに蚕種製造の会社を設立した家でもある。穀蔵は、農と蚕種づくりが地続きだった分家の暮らしのなかで使われてきた。

「登録」とは何か、なぜ穀蔵が選ばれたのか

日本の文化財保護には二つの仕組みがあり、この建物を理解するにはその違いを押さえておきたい。よく知られるのは「指定」で、国宝や重要文化財を最も手厚く守る制度である。穀蔵が属するのは平成8年(1996年)に始まったもう一方の制度、「登録」だ。登録有形文化財の多くは、おおむね築50年以上を経て、国土の歴史的景観に寄与する建造物である。所有者が使い続け、手入れを重ねながら保存し、改変の多くは届出で足りる。建物を凍結保存するのではなく、生かしながら守る考え方といってよい。

穀蔵が登録されたのは令和3年6月24日、登録番号は20-0576である。評価の力点は、単独の記念碑的価値よりも、ひとつのまとまった場所の構成要素という点に置かれている。敷地の中央で景観を特徴づける小さな建物として、蚕種集落としての姿をいまに保つ屋敷と村の一部に数えられた。

この考え方こそが要点である。上塩尻は集合体として価値をもつ。ここの蚕種家は千曲川の氾濫にも耐える強い品種を育て、その商いは上田を「蚕都」と呼ばれるほど富ませた。明治3年(1870年)には上田藩領から62万7千枚あまりの蚕卵紙が輸出され、その年の全国輸出量の半分近くを占めたと伝わる。道沿いに連なる蔵や蚕室、商家は、その隆盛が残した実物の証である。

上塩尻を歩いて見るべきもの

穀蔵そのものを、まずゆっくり眺めたい。飾り気のなさと、その飾り気のなさの意図が見えてくる。窓を持たない塗り込めの土の塊は、温度を一定に保ち、穀物を乾いた状態と火気から遠ざけるための形である。二階に偏って開く窓ひとつ、東の戸口にかかる小さな庇。こうした実用の細部が、これは見せ物ではなく道具だったと教えてくれる。

建物を集落のなかに置くと、奥行きが増す。少し離れた場所に本家の旧佐藤家住宅(藤本)が建ち、その蚕室には当時の温度調整の設備が残る。春先の冷え込みに蚕棚を冷やさぬよう、床下で丸太や籾殻を燃やした石造りの火炉、空気と熱を細かく調える簀子天井や開閉式の換気口。この部屋を見れば、なぜ一つの集落にこれほど多くの専用の建物が必要だったかが腑に落ちる。

見学について実際的なことを記しておく。三ツ引の住宅は私邸であって資料館ではない。登録された建物は自由に立ち入るのではなく、周囲の道から外観を眺めるのが基本となる。屋内をより深く知りたいなら、近くの藤本蚕業歴史館がよい。蚕種業の道具や文書、記録を収め、事前の予約で見学を受け入れている。上塩尻の町並みを歩き、その所蔵資料とあわせて見るとき、穀蔵はひとつの珍しい建物であることをやめ、日本が絹をまとうまでの長い記録のなかの一文となる。

Q&A

Q穀蔵の中に入れますか。
A入れません。三ツ引の佐藤家住宅は私邸で、登録された建物は外の公道から眺めるのが基本です。屋内で地域の蚕種関係の建物や道具を見たい場合は、近くの藤本蚕業歴史館が予約制で見学を受け入れています。
Q「登録」と「指定」の文化財はどう違うのですか。
A指定は国宝・重要文化財に用いられる最も手厚い保護です。登録は平成8年に始まった軽やかな制度で、おおむね築50年以上を経て歴史的景観に寄与する建造物が対象となり、所有者が使い続け、改変の多くは届出で済みます。穀蔵は登録有形文化財です。
Qなぜここで蚕種業がこれほど盛んだったのですか。
A上塩尻は強い蚕の品種を育て、その蚕卵紙は国内外で重んじられました。商いは上田を蚕都と呼ばれるほど富ませ、明治3年には領内から62万7千枚あまりの蚕卵紙が輸出され、その年の全国輸出量の半分近くを占めたと伝わります。
Q穀蔵はいつ建てられ、どのくらいの大きさですか。
A明治30年(1897年)の建築です。土蔵造二階建で切妻造の桟瓦葺、桁行三間・梁間二間半ほどの小ぶりな蔵で、建築面積はおよそ25平方メートルです。
Q上塩尻へはどう行けばよいですか。
A集落は上田市中心部の北西にあります。上田へは東京から北陸新幹線で行けます。上田駅から塩尻地区方面へタクシーや路線バスで短時間です。建物は私邸のため、屋内見学を前提とせず、町並みと歴史館を中心に計画してください。

基本情報

名称佐藤家住宅(三ツ引)穀蔵
所在地長野県上田市上塩尻字南側90
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号20-0576
登録年月日令和3年(2021年)6月24日
年代明治30年(1897年)
員数1棟
構造及び形式土蔵造2階建、瓦葺、建築面積約25平方メートル
公開状況私邸につき周囲の道から外観を見学。近隣の藤本蚕業歴史館は予約制で公開。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013793
文化遺産オンライン「佐藤家住宅(三ツ引)主屋及び奥上段」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/591490
週刊うえだ「蚕都上田の歴史を物語る 旧佐藤家住宅(藤本)」
https://www.weekly-ueda.com/

最終更新日: 2026.06.22