棟全体に越屋根をのせる、上塩尻の蚕室

上田市の西郊、上塩尻の佐藤家屋敷の南端に建つ二階建の建物は、東西に棟をのばす。切妻造桟瓦葺の屋根には、棟全体にわたって越屋根を設ける。二階は三室の板敷で、各室の南北両面に窓を開け、風が通り抜けるようにする。これが蚕(かいこ)を飼うための蚕室である。

建築面積は約一一八平方メートル。一階の北面に二箇所の戸口を設け、内部は二室の土間とする。外壁は軒裏まで塗込めて中塗で仕上げ、両妻は漆喰塗とする。設えのすべてが蚕のためにある。越屋根と南北の窓は、蚕が求める温度と湿度を飼育者が調節するための装置である。

蚕は繊細な生きものである。湿気も乾燥も嫌い、季節を通じて風を入れ、室内を整えられるかどうかが、良い蚕種を得られるか否かを分けた。建物全体が、その仕事のための一個の道具として読める。

上塩尻の蚕種家

佐藤家は屋号を三ツ引(みつびき)といい、上塩尻の蚕種家であった。蚕種業とは、良質の絹糸を生む蚕の卵を製造・販売する仕事で、繭を育てる養蚕や生糸を引く製糸とは区別される。上塩尻はこの蚕種業を専らとし、蚕室は国の登録を受けた三ツ引佐藤家住宅の建物群のひとつである。

上塩尻は北国街道沿いの集落で、江戸期から各戸が蚕種製造に従事し、幕末には日本最大級の蚕種製造地のひとつとなっていた。その名は国外にも及んだ。十九世紀、ヨーロッパの蚕が病に倒れるなか、丈夫な日本の蚕種への需要が高まったのである。蚕糸業とともに歩んだ上田は、やがて「蚕都(さんと)」と呼ばれるようになる。

蚕室は令和三年(二〇二一)に登録有形文化財となり、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準により登録された。登録有形文化財は、重要文化財より軽い区分として平成八年(一九九六)に設けられ、近代以降の幅広い建築群を守るための制度である。なお、三ツ引佐藤家住宅は、近くにある旧佐藤家住宅(藤本)とは別の物件である。藤本は関係する別家で、令和六年(二〇二四)に登録された。

みどころ

蚕室は私邸の一部であり、当主の住居であるため、通常は一般に公開されていない。ただし、公道からは棟にのびる越屋根を見て取ることができる。その細長く立ち上がった屋根を一度覚えると、上塩尻の家々の屋根に次々と同じものが見えてくる。村の多くの家が、同じ蚕種の仕事のために同じ通気の部屋を建てたからである。街道から分かれる狭い小路や、谷の風に備えた頑丈な壁もまた、同じ蚕種製造の景観に属している。

もうひとつ、目を留めたい小さな意匠が猫瓦である。蚕を狙う鼠を払うために、猫をかたどった瓦を屋根にのせる。上塩尻の通りは、いわばかつて世界に絹を供給した技を野外に記録した場所である。

周辺の見どころ

上塩尻はしなの鉄道西上田駅から徒歩五分ほど、上田市街の西、千曲川の谷に位置する。蚕室が何のための建物であったかを知るには、近くの藤本蚕業歴史館を訪ねるのがよい。蚕種業に関する文書や道具、写真を収め、事前の予約で見学できる。

上田には絹の時代の遺構がほかにもある。国の重要文化財である旧常田館製糸場は、高層の木造繭倉庫や大正期の鉄筋コンクリート倉庫を残し、機械製糸が街を変えた時代を伝える。日本三大紬に数えられる上田紬は、いまもこの蚕糸の糸を現代へつないでいる。訪問前にアクセスや公開状況を確認しておくとよい。

Q&A

Q蚕室とは何ですか。
A蚕を飼うための建物です。越屋根や南北の窓など、飼育者が温度と湿度を調節するための工夫を備えています。
Q中に入れますか。
A入れません。蚕室は私邸の一部で、通常は公開されていません。外観と上塩尻の町並みは公道から見ることができます。
Q上塩尻は何を生産していたのですか。
A蚕種、すなわち蚕糸業の元となる蚕の卵を専らとしました。幕末には日本最大級の蚕種製造地のひとつでした。
Q旧佐藤家住宅(藤本)と同じですか。
A別の物件です。三ツ引の蚕室とは異なり、近くの旧佐藤家住宅(藤本)は関係する別家で、令和六年(二〇二四)に登録されました。

基本情報

名称佐藤家住宅(三ツ引)蚕室
構造木造二階建、瓦葺、棟全体に越屋根、建築面積約一一八平方メートル
年代明治中期(一八八三〜一八九七)
指定区分登録有形文化財(令和三年六月二十四日登録)
屋敷の構成蚕種家の住宅。複数の建物が登録
所在地長野県上田市上塩尻字南側九〇ほか
公開私邸につき非公開。外観は公道から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013789
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/591490
信州上田観光協会「『蚕都上田』の軌跡をたどる」
https://ueda-kanko.or.jp/blog/santoueda1/

最終更新日: 2026.06.22