座光寺の段丘に眠る古代の役所
長野県飯田市座光寺、天竜川右岸の標高420~438メートルの低位段丘に、奈良・平安時代の役所跡が広がっている。地上に建物の姿はほとんど残らない。確認できるのは、70次を超える発掘調査で掘り出された掘立柱の痕跡、礎石、区画の溝、そして焼けた米である。研究者はこの遺跡を、7世紀後半から10世紀前半にかけて伊那郡を治めた郡の役所、すなわち郡衙とみている。2014年(平成26年)3月に国の史跡に指定され、2016年には指定範囲が追加された。
「恒川(ごんが)」という地名そのものに、役所の記憶が残っているのかもしれない。地元では「ごんがわ」と発音されることが多く、江戸時代の検地帳には「五川」とも記される。かつて周辺に複数あった湧水と、そこから流れる小河川にちなむ呼称と考えられる。郡衙・郡家(ぐうけ)が転じたとする説もあるが、確かなことは分かっていない。
郡衙とは何か、そして発見の経緯
律令制のもとで、古代の日本は国と、その下の郡に分けて治められた。官衙とは官庁・役所を指す語で、旧国の役所は国衙、郡の役所は郡衙と呼ばれる。恒川官衙遺跡は、古代信濃国を構成した10の郡のうち、南端に位置する伊那郡の役所にあたる。
最初の発見は1977年(昭和52年)、国道153号バイパスの建設に伴う発掘調査でもたらされた。縄文時代から近世にいたる遺構・遺物が見つかったなかで、注目されたのは奈良・平安時代の出土である。掘立柱建物址群、和同開珎銀銭、多数の陶硯や緑釉陶器。いずれも役所に特有の遺物だった。昭和50年代の初めから飯田市教育委員会が範囲確認の調査を続け、その回数は70次を超えている。
ただし、留意すべき点がある。正倉や厨家、区画溝は確認されたものの、郡司が実際に政務を執った郡庁そのものは、いまだ所在が特定されていない。恒川を伊那郡衙とみる根拠は、周辺の遺構や遺物のあり方と、文献史料に置かれている。
正倉院の構造
遺跡のなかで最も明瞭なのが、税を納めた倉が建ち並ぶ区画、正倉院である。正倉は高床式の倉庫を指す。奈良東大寺の正倉院がよく知られるが、東大寺のものが寺の宝物を収めるのに対し、郡衙の正倉に納められたのは米や穀物だった。座光寺では、遺跡の存続期間を通じて20棟を超える建物址が正倉と考えられている。最盛期には11棟以上が並び、そのうち8棟は等間隔で一直線に配置されていた。
正倉院は4つの時期にわたって姿を変えた。7世紀後半の正倉は3間四方ほどの小規模なもので、区画もまだ設けられていない。8世紀前半には計画的に造り替えられ、4間×3間の総柱建物の倉が、区画溝に囲まれて整然と並ぶ。この溝は、東西の長辺がおよそ215メートル、南北の短辺が約150メートルで、北側にある高岡第1号古墳を避けて台形をなしていた。8世紀後半から9世紀には、倉は礎石建物へと建て替えられ、付近から出土した瓦から、一部に瓦葺きの倉があった可能性が指摘されている。9世紀末には規則的な配置は崩れ、区画溝も埋没した。
出土品から見えてくるもの
恒川を最も特徴づける出土品は、地味な道具である硯だ。文書を書くことは郡衙の日常業務であり、当時の硯の多くは石を削ったものではなく、粘土を焼いた須恵器の硯だった。平成24年度末までに、この遺跡からは88個の陶硯が見つかっている。地方の役所としては全国でも突出した数である。背景には、伊那郡の事務量の多さがあったとみられる。伊那郡は、都から東山道の難所・神坂峠を越えて最初に位置する郡であり、一時期、伊那郡の長官は信濃国全体の牧の管理も兼ねていた。いずれも多くの文書を生む職務だった。
ほかの遺物も、当時の姿を補ってくれる。土器のなかには墨で文字を書いたものがあり、役所を示す「官」、給食施設の厨家を示す「厨」、信濃を指すとみられる「信」などが読み取れる。和銅元年(708年)に発行され、銀銭としては1年ほどしか作られなかった和同開珎銀銭は、大型の竪穴建物から出土した。我が国最古の鋳造貨幣とされる富本銭も、この遺跡に関わるものと考えられている。いずれも東国では出土例が少なく、長野県宝に指定されている。正倉の柱穴や溝から見つかった炭化米は、倉がたびたび火災にあったことを示し、放射性炭素年代測定によれば、収穫年代は7世紀後半と、8~9世紀代にわたる。
正倉院から南西へ約250メートルのところに、恒川清水(ごんがわしみず)と呼ばれる湧水がいまも段丘の縁に湧いている。その旧流路を調査したところ、人形(ひとがた)、馬形、斎串(いぐし)といった木製の祭祀具が出土した。災害や飢饉を避け、安定した行政を行うため、この時代には祭祀も行政の一部として営まれた。湧水を核とした祭祀の場であったとみられ、当地では現在も地域の人々によって祭りが続けられている。
遺跡の価値
古代の郡衙跡そのものは決して珍しくないが、全体像をたどれるほど良好に残った例は限られる。平成26年の指定により、恒川官衙遺跡は官衙遺跡として全国で46番目の国史跡となり、長野県内では初めての官衙遺跡の指定となった。飯田市にとっては、種別を問わず初の国史跡でもあった。
その価値は、遺構の良好さと立地にある。4つの時期にわたる変遷から、地方の役所が形を整え、8~9世紀に最盛期を迎え、やがて縮小していく過程を追うことができる。文献もこの地に届いている。藤原宮跡から出土した木簡には、伊那郡の前身である「伊那評(いなのこおり)」の名がみえ、東大寺正倉院に伝わる麻布袋には、伊那郡と天平18年(746年)の年紀が記されている。地下の遺構と文献史料とがあわせて、古代国家が一つの谷をどのように治めたのかを、具体的に示している。
座光寺をたずねる
恒川を訪ねるには、いくらかの想像力がいる。役所の遺構の大半は地下に埋もれていて目にすることはできず、飯田市は正倉院一帯を史跡公園として整備し、正倉1棟を復元する計画を進めている。すでに公開されているのは祭祀の場であった恒川清水の周辺で、湧水と段丘と信仰の結びつきが地形から読み取れる小さな公園に整えられている。
遺跡が位置する座光寺は、古い歴史を持つ地区である。長野市の善光寺がその起源をたどる寺、元善光寺が近くにあり、本尊は7世紀前半にこの地へもたらされたと伝わる。坂を少し上った麻績神社の境内には、明治6年(1873年)建築の旧座光寺麻績学校校舎が建つ。県内最古の木造校舎で、教室と歌舞伎舞台を併せ持つ珍しい建物である。その前に立つ舞台桜は、樹齢300年を超えるとされる枝垂れ桜で、5枚から10枚まで花弁の数が一定しない花を咲かせる。最寄り駅はJR飯田線の元善光寺駅で、正倉院跡までは歩いてすぐ。車では中央自動車道の飯田インターチェンジ、松川インターチェンジのいずれからもおよそ25分である。
Q&A
- 遺跡では実際に何を見ることができますか。
- 役所の中心であった正倉院などの遺構は地下に埋もれており、地表で見ることはできません。一方、祭祀の場であった恒川清水の周辺は史跡公園として整備され、湧水と段丘の地形を見学できます。飯田市は正倉院一帯の史跡公園化と、正倉1棟の復元を計画しています。
- どのように行けばよいですか。
- 最寄り駅はJR飯田線の元善光寺駅で、正倉院跡へは徒歩圏内です。車では中央自動車道の飯田インターチェンジ、または松川インターチェンジから国道153号を経由しておよそ25分です。
- 「官衙」「郡衙」とはどういう意味ですか。
- 官衙は官庁・役所を指す古代の語です。旧国の役所を国衙、その下に置かれた郡の役所を郡衙と呼びました。恒川官衙遺跡は、伊那郡を治めた郡衙にあたると考えられています。
- 出土品はどこで見られますか。
- 陶硯や墨書土器、瓦などは飯田市の有形文化財、和同開珎銀銭と富本銭は長野県宝に指定され、いずれも飯田市が保管しています。展示の有無や公開状況は、飯田市美術博物館などに事前にご確認ください。
- 訪問に適した季節はいつですか。
- 恒川清水の史跡公園は通年で見学できます。座光寺地区を合わせて訪ねるなら、元善光寺や舞台桜が見頃を迎える4月上中旬の桜の季節がおすすめです。
基本データ
| 名称 | 恒川官衙遺跡(ごんがかんがいせき) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県飯田市座光寺 |
| 指定区分 | 史跡(国指定) |
| 指定年月日 | 2014年(平成26年)3月18日指定、2016年(平成28年)10月3日追加指定 |
| 時代 | 奈良・平安時代(7世紀後半~10世紀前半) |
| 指定面積 | 40,202.15平方メートル |
| 所有者 | 飯田市 ほか |
| アクセス | JR飯田線「元善光寺駅」から徒歩圏内。車では飯田IC・松川ICから約25分 |
| 公開状況 | 恒川清水周辺は史跡公園として公開。官衙の遺構は地下に埋蔵 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00003837
- 文化遺産オンライン 恒川官衙遺跡
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/275273
- 恒川官衙遺跡(飯田市ホームページ)
- https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/gongakanga.html
- 史跡恒川官衙遺跡の発掘調査現地見学会を開催します(飯田市)
- https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/20260401.html
- 麻績の里舞台桜(飯田市ホームページ)
- https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/butaizakura.html
最終更新日: 2026.05.27