三つの海から運ばれた石でできた家
旧リンガー住宅は、長崎県長崎市南山手町2番地のグラバー園構内にある明治元年頃の木骨石造住宅で、昭和41年(1966年)6月11日に国の重要文化財(建造物)に指定された。
ベランダの床を見下ろすと、敷かれているのはウラジオストクから運ばれた御影石である。外壁に目を移せば天草産の砂岩、屋根を仰げば桟瓦。産地も距離も異なる三種の材が、日本人大工の建てた木の軸組に載っている。
国指定文化財等データベースは構造を「木及び石造、建築面積350.8m2、一階建、桟瓦葺」と記す。平面はインドを経由して発達した英国植民地のバンガロー形式に倣い、平屋の三方をベランダが囲む。正面中央が出入口で、そこから通る廊下の左右に主要4室を配し、背面に厨房とメイド部屋が付く。高い天井と大きな開口部が長崎の夏の空気を抜き、冬は石炭を焚く暖炉が受け持った。
欧州的な壮麗さとは無縁の造りである。丘の上に座して港を見渡し、湿気をやり過ごす。商人の実務のための住まいだった。
フレデリック・リンガーと「ニバン」
敷地の永代借地権を得たのは元治元年(1864年)、トーマス・グラバーの弟アレキサンダーであった。住宅が建ったのは明治元年(1868年)。フレデリック・リンガー(1838〜1907)が借地権と建物を取得したのはその6年後の明治7年(1874年)で、結婚を機に明治16年(1883年)から妻カロリーナと暮らし始めた。一家はこの家を、住所の南山手2番にちなんで「NIBAN(ニバン)」と呼んだ。
リンガーは中国・九江で10年近く茶葉検査官を務めた経歴の持ち主で、慶応元年(1865年)にトーマス・グラバーの招きで長崎に入り、グラバー商会の製茶と輸出を監督した。明治元年11月に同商会を退き、英国人の同僚エドワード・ホームとともにホーム・リンガー商会を設立、大浦の海岸通りに事務所を構えて茶葉貿易を引き継いでいる。
その後の事業の広がりは、開港場の商人が手を伸ばしうる領域をほぼ網羅する。ウラジオストクをはじめとする各港との貿易、各国商社の代理業務、英字新聞の刊行、ホテル経営、長崎市内の上下水道敷設への関与。社員であったグラバーの息子倉場富三郎とは、国内初のトロール漁業に取り組んだ。ベルギー、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの名誉領事も務めている。ベランダの下の御影石は装飾ではない。交易路が建築材のかたちで現れたものである。
リンガーは明治40年(1907年)、英国滞在中に世を去った。次男シドニー(1891〜1967)が大正2年(1913年)から住み継ぎ、戦時の中断を挟みながら昭和40年(1965年)に長崎市へ売却するまで家族が暮らした。重要文化財指定は翌昭和41年6月。復原修理が完了して当初の姿に戻ったのは昭和48年(1973年)とされる。ここで一点、記録の不一致を記しておきたい。1960年代に書かれた文化庁の解説文はこの住宅が「孫マニヤ・リンガー」まで伝えられたと述べるが、グラバー園の記述は最後の居住者を次男シドニーとする。両者の食い違いは現在も整理されていない。
訪問の実際と、園内での位置づけ
グラバー園の開園時間は8時から18時まで、最終入園は閉園の20分前である。夏季など設定された期間は夜間開園を行い、閉園時刻が延びる。入園料は令和8年(2026年)4月1日の長崎市条例改正により改定され、一般1,300円、こども(小・中学生および高校生)650円となった。園内での個人の撮影に制限はないが、商用利用には事前の許可が要る。最寄りは路面電車の大浦天主堂電停で、そこから坂を上る。園内には動く歩道が備わっている。
令和8年春の時点で旧リンガー住宅は公開されているが、旧オルト住宅と旧自由亭は保存修理のため見学を停止していた。この園の建物公開停止は年単位で続くことがあるため、訪問前に公式サイトのお知らせを確認しておきたい。
園内の伝統的建造物9棟のうち、居留地時代からこの丘に建ち、動いていないのは旧グラバー住宅・旧オルト住宅・旧リンガー住宅の3棟である。いずれも重要文化財。残る6棟は長崎市内の各所から移築復元されたものだ。どれがどちらかを知っていると、園の見え方が変わる。
邸内で人を集めるのはディスク式オルゴールである。製作から約100年、現存する7枚のディスクのうち5枚がデジタル化され、音を聴くことができる。もう一つの、静かな見どころはベランダだ。港に向いた角に立てば、リンガーが眺めたのと同じ方向に今も稼働する港がある。帆船のあった場所にクレーンが並ぶ。晩年、心臓を患って移動が難しくなった彼は、坂下から玄関前までをアスファルトで舗装させ、人力車が通れるようにした。日本で最初期のアスファルト道路の一つと伝えられている。
Q&A
- 旧リンガー住宅は内部を見学できますか。料金と開園時間を教えてください。
- グラバー園内にあり、内部が公開されています。入園料に含まれ、令和8年4月1日以降は一般1,300円、こども(小・中学生および高校生)650円です。開園は8時から18時まで、最終入園は閉園の20分前で、期間によっては夜間開園があります。
- 旧リンガー住宅はグラバー園に移築されたものですか。
- 移築ではなく、建てられた場所にそのまま建っています。旧グラバー住宅、旧オルト住宅とともに居留地時代の建築で、南山手の同じ丘に立ち続けてきました。園内の他の6棟は長崎市内の各所から移築復元された建物です。
- 旧リンガー住宅はいつ建てられ、いつ重要文化財に指定されたのですか。
- 文化庁のデータベースは建築年代を明治元年頃(1868年頃)としています。重要文化財の指定は昭和41年(1966年)6月11日、指定番号は01637で、長崎市がリンガー家から住宅を買収した翌年にあたります。
- 旧リンガー住宅の構造にはどのような特徴がありますか。
- 木造の軸組に天草産砂岩の石造外壁を組み合わせ、屋根は桟瓦葺という和洋の混成です。三方を囲むベランダの床には、ウラジオストクから運ばれた御影石が敷かれています。この年代の石造洋風住宅は国内に例が少なく、材の産地が施主の交易網をそのまま示しています。
- 旧リンガー住宅は写真撮影できますか。
- 個人利用の撮影はグラバー園内で可能です。商用目的の撮影には、グラバー園管理事務所への事前申請と許可が必要です。園内には保存修理で長期間観覧を停止している建物もあるため、公式サイトのお知らせを事前に確認してください。
基本情報
| 名称 | 旧リンガー住宅 |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県長崎市南山手町2番地 グラバー園構内 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 近代/住居 指定番号 01637 |
| 指定年 | 昭和41年(1966年)6月11日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木及び石造、一階建、桟瓦葺、建築面積350.8平方メートル |
| 所有者 | 長崎市 |
| 公開状況 | グラバー園内で公開。8時〜18時(期間により夜間開園あり)。一般1,300円、こども650円(令和8年4月1日改定) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース — 文化庁
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3529
- 文化遺産オンライン — 旧リンガー住宅
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187676
- グラバー園 公式サイト — 旧リンガー住宅
- https://glover-garden.jp/about/ringer-house/
- グラバー園 公式サイト — ご利用案内(開園時間・入園料金)
- https://glover-garden.jp/guide/
- 国土交通省 地域観光資源の多言語解説文データベース — 旧リンガー住宅
- https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R1-00711.html
最終更新日: 2026.08.20