旧出津救助院:フランス人神父が長崎・外海に捧げた愛と福祉の遺産
長崎市の中心部から北西へ約20キロメートル、角力灘(すもうなだ)を望む外海(そとめ)地区の静かな丘陵に、旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん)はたたずんでいます。1883年(明治16年)、フランス人宣教師マルコ・マリー・ド・ロ神父が私財を投じて設立したこの授産施設は、貧困にあえぐ地域の女性たちに自立の道を拓いた福祉事業の原点です。2003年に国指定重要文化財に指定され、2018年にはユネスコ世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「外海の出津集落」の中に位置する歴史的遺構として、世界中から訪問者を迎えています。
ド・ロ神父と外海の物語
マルコ・マリー・ド・ロ(Marc Marie de Rotz)は、1840年(天保11年)にフランス・ノルマンディー地方の由緒ある貴族の次男として誕生しました。神学校を卒業後、パリ外国宣教会に入会し、キリシタン弾圧がまだ続いていた1868年(明治元年)に死をも覚悟して来日。長崎や横浜で宣教活動や印刷事業に従事した後、1879年(明治12年)に外海地区の主任司祭として赴任しました。
外海に到着したド・ロ神父は、住民たちのあまりの貧しさに衝撃を受けます。この地域には、約250年にわたる禁教時代に密かに信仰を守り続けた潜伏キリシタンの子孫たちが暮らしていました。ド・ロ神父は「魂の救済だけでなく、その魂が宿る人間の肉体、生活の救済が必要」と痛感し、フランスの実家から譲り受けた全財産を外海の人々のために捧げる決意をしました。
農業指導、漁業支援、医療事業、教育事業など、多岐にわたる分野で地域貢献を続けたド・ロ神父は、1914年(大正3年)に生涯を終えるまでの35年間、一度もフランスに帰ることなく外海の地に尽くしました。その遺骸は近くの野道墓地に埋葬され、現在も地元の人々から「ド・ロさま」と慕われ続けています。
重要文化財に指定された理由
旧出津救助院は2003年(平成15年)12月に国指定重要文化財に指定されました。その指定理由は多岐にわたります。
第一に、明治初期の授産・福祉施設として他に類を見ない極めて貴重な遺構であることが挙げられます。宗教者が私財を投じて地域の女性の経済的自立を支援するために建設した施設は、日本の近代史において極めて希少な存在です。
第二に、建築技術の面で大きな価値を持っています。ド・ロ神父は建築に関する深い造詣を持ち、西洋の建築技術を取り入れながらも地元の素材や日本の伝統的工法を巧みに融合させた折衷的な構法を採用しました。これは我が国近代における西欧建築技術受容の一端を知るうえで極めて重要な事例とされています。
第三に、ド・ロ神父が独自に開発した「ド・ロ壁」と呼ばれる石積み工法の存在があります。地元で採れる結晶片岩の自然石を不規則に積み重ね、従来の天川(あまかわ)に代わり赤土・石灰・砂を混ぜ合わせた接合材を用いたこの工法は、雨に強い画期的な技術として地域に定着しました。
建築的な見どころ
授産場
救助院の中心的建物である授産場は、1883年(明治16年)頃に完成しました。木骨石造(一部煉瓦造)の2階建てで、寄棟造・桟瓦葺の堅牢な建物です。桁行約23.18メートル、梁間約9.07メートルの長方形の平面を持ちます。
1階は12本の列柱が並ぶ1室空間の作業場で、綿織物の製糸・製織・染色、そうめんやパンの製造、醤油の醸造など、さまざまな産業活動が行われていました。外壁には「ド・ロ壁」が用いられ、床面中央には切石で縁取られた地下貯蔵庫が設けられています。2階は救助院の経営母体であった聖ヨゼフ会(のちのお告げのマリア修道会)の会員の生活空間で、40畳の大部屋が寝室・織物作業場・礼拝堂として使用されていました。1889年頃にド・ロ神父がフランスから取り寄せたハルモニュウム(リードオルガン)が今も2階に設置されており、見学時にはシスターによる演奏を聴くことができる場合もあります。
マカロニ工場
授産場の東側に位置する煉瓦造・切妻造・桟瓦葺の建物で、マカロニ製造を目的として建設されました。内部は東西2部屋に仕切られ、西の部屋には中2階が設けられ、東の部屋には鉄製のかまどが設置されていました。西洋から取り寄せた製造機でマカロニやパスタが作られ、長崎の外国人居留地に販売されていました。大正3年のド・ロ神父死去後までマカロニ製造が続けられたと記録されています。
ド・ロ壁(ド・ロ塀)
マカロニ工場に隣接して残るド・ロ壁は、旧出津救助院を象徴する建造物のひとつです。当時日本で一般的に使われていた天川が雨に弱いことに気づいたド・ロ神父が、地元の自然石を不規則に積み重ね、赤土を水に溶かして石灰と砂を練り合わせた独自の接合材で固めたもので、授産場の基礎や壁体にも広く用いられています。
鰯網工場(現・ド・ロ神父記念館)
1885年(明治18年)に授産場の向かい側に建設された木骨煉瓦造の平屋建て。当時盛んであった鰯網づくりの工場として建てられましたが、その後保育施設として利用され、1968年(昭和43年)にド・ロ神父記念館として開館しました。上屋にキングポストトラスの洋小屋組を架けた特異な建物で、2003年に旧出津救助院の一部として国指定重要文化財に指定されています。
旧製粉工場・薬局
旧製粉工場(長崎県指定史跡)では、フランスから取り寄せた小麦の種子を栽培し、水車小屋で製粉。地元の畑で産した落花生の油を使う独特の製法で素麺を製造しており、「ド・ロさまソーメン」の名で現在も親しまれています。薬局(長崎県指定史跡)は、地域に腸チフスが蔓延した際、フランスやイギリスから医療器具や薬品を取り寄せ、医師を雇って診療を行った場所です。現在は旧出津救助院の受付施設として活用されています。
見学体験
旧出津救助院は、2007年から始まった保存修理工事を経て、2013年4月に一般公開されました。見学はガイド付きで行われ、ド・ロ神父の偉業や当時の暮らしについて、地元の方々から代々受け継がれてきた物語を聞くことができます。
施設内では、授産場の内部見学をはじめ、明治時代の調度品や器具の展示を鑑賞できます。旧製粉工場1階では、ド・ロ神父にちなんだ食の体験活動が行われており、大平の農園では茶摘みや芋掘りなどの農作業体験も可能です。
併設のカフェレストラン「ヴォスロール」は、ド・ロ神父の故郷フランスの地名にちなんで名付けられました。ド・ロ神父ゆかりの小麦で作るパンや家庭料理、自家栽培のハーブティーなどを味わうことができ、訪問の締めくくりにふさわしいひとときを過ごせます。
周辺の見どころ
旧出津救助院は出津文化村エリアに位置しており、周辺には関連する歴史的な施設が点在しています。徒歩で2〜3時間ほどで主要スポットを巡ることができます。
- 出津教会堂(しつきょうかいどう):1882年にド・ロ神父が建設した白壁と二つの塔が特徴的な教会で、国指定重要文化財・ユネスコ世界文化遺産の構成資産です。見学には長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンターへの事前連絡が推奨されます。
- ド・ロ神父記念館:旧鰯網工場を改装した記念館で、ド・ロ神父の遺品や医療・建築・土木に関する道具類が展示されています。入館料は別途必要です。
- 長崎市外海歴史民俗資料館:外海地区の歴史・民俗・文化を幅広く展示する施設で、かくれキリシタンの文化や伝統的な農漁具などを見学できます。
- 遠藤周作文学館:道の駅「夕陽が丘そとめ」に隣接し、外海を舞台とした小説『沈黙』で知られる遠藤周作の文学世界を紹介しています。マーティン・スコセッシ監督による映画化でも世界的に注目を集めました。
- 大野教会堂:ド・ロ神父が建設したもうひとつの教会で、出津教会堂の巡回教会として建てられました。ユネスコ世界文化遺産の構成資産のひとつです。
Q&A
- 旧出津救助院とはどのような施設ですか?
- 旧出津救助院は、1883年(明治16年)にフランス人宣教師ド・ロ神父が私財を投じて設立した女性のための授産施設です。織物、縫物、食品加工などの技術を教え、地域住民の生活向上と自立を支援しました。2003年に国指定重要文化財に指定され、ユネスコ世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産エリア内に位置しています。
- 「ド・ロ壁」とは何ですか?
- ド・ロ壁は、ド・ロ神父が独自に開発した石積み工法です。地元で採れる結晶片岩の自然石を不規則に積み重ね、従来の天川(あまかわ)に代わり赤土を水に溶かして石灰と砂を練り合わせた接合材で固めたものです。雨に対する耐久性が高く、授産場の基礎や壁体に広く用いられており、明治期の日本における西洋建築技術受容を示す貴重な遺構です。
- 見学の方法やアクセスを教えてください。
- 開館時間は9:00〜17:00(最終入館16:30)、定休日は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始(12月29日〜1月3日)です。入館料は大人400円、中高生250円、小学生以下200円です。JR長崎駅から車で約50分、バスの場合は「出津文化村」バス停から徒歩5〜10分です。九州横断自動車道長崎ICからは約60分で、駐車場は3か所・約45台分があります。
- 施設ではどのような体験ができますか?
- ガイド付きの施設見学では、明治時代の調度品や器具を見ながらド・ロ神父の偉業を学ぶことができます。旧製粉工場ではド・ロ神父にちなんだ食の体験活動が行われ、大平の農園では茶摘みや芋掘りなどの農作業体験が可能です。また、併設のカフェレストラン「ヴォスロール」では、ド・ロ神父ゆかりの手作りパンや家庭料理、自家栽培のハーブティーを楽しめます。
- 旧出津救助院と世界遺産の関係を教えてください。
- 旧出津救助院は、2018年にユネスコ世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつ「外海の出津集落」のエリア内に位置しています。この地域は、約250年にわたる禁教時代に密かに信仰を守り続けた潜伏キリシタンの歴史と、明治期にカトリックに復帰した後のド・ロ神父による社会福祉活動の両方を物語る重要な文化的景観です。
基本情報
| 名称 | 旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん) |
|---|---|
| 指定 | 国指定重要文化財(2003年12月指定)/ユネスコ世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」構成資産エリア内(2018年登録) |
| 設計・建設 | マルコ・マリー・ド・ロ神父(Marc Marie de Rotz、1840年〜1914年) |
| 建設年 | 1883年(明治16年)— 授産場 / 1885年(明治18年)— 鰯網工場(現ド・ロ神父記念館) |
| 構成資産 | 授産場(国重要文化財)、マカロニ工場(国重要文化財)、ド・ロ塀(国重要文化財)、鰯網工場=ド・ロ神父記念館(国重要文化財)、旧製粉工場(県指定史跡)、薬局(県指定史跡) |
| 所在地 | 〒851-2322 長崎県長崎市西出津町2696番地1 |
| 所有 | 長崎市、お告げのマリア修道会 |
| 開館時間 | 9:00〜17:00(最終入館16:30) |
| 定休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日 |
| 入館料 | 大人400円、中高生250円、小学生以下200円 |
| 電話番号 | 0959-25-1002 |
| 公式サイト | https://shitsu-kyujoin.com/ |
| アクセス | JR長崎駅から車で約50分 / バス停「出津文化村」より徒歩5〜10分 / 九州横断自動車道長崎ICから約60分 / 駐車場あり(3か所、約45台) |
参考文献
- 旧出津救助院 公式ホームページ
- https://shitsu-kyujoin.com/
- 長崎市 文化財課 — 旧出津救助院
- https://www.city.nagasaki.lg.jp/page/1130.html
- 文化遺産オンライン — 旧出津救助院 授産場
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147538
- おらしょ — こころ旅:旧出津救助院
- https://oratio.jp/p_resource/kyu-shitsu-kyujoin
- 長崎県の文化財データベース — 旧出津救助院
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/170
- ながさき旅ネット — 旧出津救助院
- https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/448
- 九州地方整備局 — ド・ロ神父の物語
- http://www.qsr.mlit.go.jp/suishin/story2019/04_10.html
最終更新日: 2026.03.29