三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機 ― 1世紀を超えて働き続ける長崎港の鉄の巨人
長崎港の西岸にそびえ立つ巨大な鉄骨の塔。それが「三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機」、通称「ジャイアント・カンチレバークレーン」です。明治42年(1909年)にスコットランドから輸入され、長崎の地に据え付けられて以来、115年以上にわたって今なお現役で稼働を続けるこの巨大電動クレーンは、わが国の造船産業近代化を象徴する貴重な産業遺産です。2003年に国の登録有形文化財に登録され、2015年には世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産にも認定されました。同型としては、稼働している世界最古のクレーンとして国際的にも高く評価されています。
歴史的背景
このクレーンを語るには、まず三菱重工業(株)長崎造船所そのものの歴史を振り返る必要があります。長崎造船所の起源は、安政4年(1857年)に徳川幕府が飽の浦に建設を着手した「長崎鎔鉄所」にさかのぼります。オランダ海軍機関将校ハルデスの指導のもと、文久元年(1861年)に完成したこの施設は、わが国初の本格的な洋式工場であり、日本重工業の発祥の地とされています。その後、明治17年(1884年)に三菱に貸与されて民営化され、東洋一の造船所へと発展していきました。
20世紀初頭、船舶の大型化が急速に進むなかで、艦艇や大型商船に主機械・ボイラー・タービン・大型プロペラといった重量物を搭載するための、強力かつ精密に動かせるクレーンが不可欠となりました。明治42年(1909年)12月、三菱合資会社時代の長崎造船所はその課題を解決するため、英国スコットランドのアップルビー社製の150トン級ハンマーヘッド型起重機を輸入。組み立て施工はマザーウェル・ブリッジ社が担当し、ガードナー・ロジャー技師が現地に派遣されて据え付けが行われました。同型としては日本初の設置事例であり、当時最新鋭の電動クレーンでした。
当初は飽の浦の艤装岸壁に設置されていましたが、昭和20年(1945年)8月9日の長崎原爆投下により被害を受けました。それでも倒壊を免れて稼働を続け、昭和36年(1961年)には周辺の埋め立て・拡張工事に伴い、現在の水の浦岸壁に移設されました。以来、船舶エンジン、船舶プロペラ、船用ボイラーや艤装類、陸用原動機の積み出しに使用され続けています。
文化財に指定された理由
本起重機は、平成15年(2003年)3月18日付で国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。文化遺産オンラインの登録概要では、長崎港に面する岸壁上に位置し、吊上能力150トン、高さ約61メートル、ジブ長約73メートル、英国マザーウェル・ブリッジ社製の大規模な起重機で、主柱間約12メートル四方とし、全体をトラスで組み上げるとされ、「造船技術の近代化を支え、近代長崎の港湾景観を代表する構造物」と評価されています。
さらに平成27年(2015年)7月、UNESCO世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が登録され、本起重機はその23構成資産のひとつに数えられました。世界遺産の中でも、現在も実際に動き続けている数少ない「稼働資産」として、特別な位置を占めています。
同型のハンマーヘッド型起重機は、明治末から大正初期にかけて日本に5基輸入されましたが、現存するのは長崎・佐世保・横浜の3基のみ。世界全体でも約11基しか残っていません。そして本機は、スコットランドが国外に輸出し設置した最初の事例であり、しかも稼働している世界最古のものとして希少価値が極めて高いとされています。
魅力と見どころ
長崎港のスカイラインを語るうえで、このクレーンの存在は欠かせません。高さ約62メートルの鉄骨タワーから水平に伸びるジブは約73〜75メートルにおよび、その「ハンマーヘッド型(金槌の頭の形)」と呼ばれる独特のシルエットは、対岸からも一目でそれと分かる象徴的な景観をつくり出しています。夜間にはライトアップされ、湾内の夜景にひときわ存在感を放ちます。
本機が際立っているのは、その規模だけではありません。100年以上を経て今も稼働しているという事実、そしてワイヤーやブレーキ、操作盤などが竣工当時の状態のまま使い続けられているという点こそ、世界の産業遺産研究者から驚きをもって迎えられている所以です。クレーンの旋回モーターは現在も直流電動機のまま使用されており、操作には熟練した技術が要求されます。海辺という厳しい環境、戦災、そして1世紀を超える時間を経てなお、鉄の強度と機械の精度をほぼ当時のままに保っているのは、徹底した保守管理のたまものといえるでしょう。
稼働中の三菱長崎造船所の構内にあるため、一般公開はされていません。しかしそれは裏を返せば、観光地として整備された記念物ではなく、いまも生きて働いている「現役の産業遺産」を遠くから望見できる、極めて稀な機会でもあるのです。タイミングが合えば、対岸から実際に動いている様子を目撃することもできます。
見学のポイント ― クレーンを見る場所
本機は造船所構内のため近づけませんが、長崎市内には絶好のビュースポットが複数あります。
- 長崎水辺の森公園:対岸に位置する海沿いの公園で、クレーンの全景がもっとも美しく見える定番の絶景ポイントです。雨上がりに地面の水たまりにクレーンが映り込む構図は、写真愛好家にも人気があります。
- グラバー園:高台の旧居留地から長崎港越しに眺められる位置にあり、双眼鏡や望遠レンズを使えばその雄姿を比較的近くで観察できます。
- 稲佐山展望台・鍋冠山公園:いずれも標高のある展望地で、クレーンを港・市街・山並みと一体の景観として眺められます。夜景の中で発見する楽しみもあります。
- 長崎港めぐり・軍艦島クルーズ:観光船から海上越しに仰ぎ見られる、もっとも近い視点です。
- 三菱重工業長崎造船所「史料館」(旧木型場)行きシャトルバス:史料館見学(完全予約制)の往復で、クレーン近辺をシャトルバスが通過し、車窓から間近に望める場合があります。運行・予約状況は事前にご確認ください。
周辺の見どころ
同じ「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として、長崎市内には小菅修船場跡、端島炭坑(軍艦島)などがあり、いずれも本起重機とあわせて訪ねたい産業遺産です。三菱長崎造船所構内では、旧木型場(現・三菱重工業長崎造船所史料館)が予約制で公開されており、長崎造船所150年の歩みを実物資料とともに学ぶことができます(建物工事等のため見学不可期間がある場合があります)。
長崎港周辺には、出島和蘭商館跡、国宝・大浦天主堂、グラバー園、長崎原爆資料館・平和公園、出島ワーフなど、長崎ならではの歴史・文化・景観に触れられるスポットが徒歩や路面電車圏に集まっています。明治の工業近代化、開国期の国際交流、そして戦争と平和の記憶 ― 長崎というまちの幾層にも重なる物語を、一日かけてゆっくりと辿ることができます。
Q&A
- ハンマーヘッド型起重機は近くで見学できますか?
- 三菱重工業長崎造船所の構内に設置されており、現在も稼働中の施設のため一般公開はされていません。長崎水辺の森公園や長崎港の遊覧船など、対岸や海上からご覧いただくのが基本となります。
- 写真撮影におすすめの場所はどこですか?
- 長崎水辺の森公園が定番のビューポイントです。クレーンの全景を遮るものなく撮影でき、夜間ライトアップ時には稲佐山展望台や鍋冠山公園からの夜景写真もおすすめです。
- 100年以上前の機械が、本当に今も動いているのですか?
- はい。現在も蒸気タービンや大型船舶用プロペラなどの積み出しに使用されています。ワイヤーやブレーキ、操作盤、そして直流電動式の旋回モーターまで、当時のものがほぼそのまま、徹底した保守管理のもとで稼働を続けています。
- なぜこのクレーンは国際的に重要なのですか?
- スコットランドが国外に輸出した同型クレーンの最初の事例であり、かつ稼働している世界最古のハンマーヘッド型起重機であるためです。同型は世界で約11基しか現存しておらず、稼働状態にあるものはごくわずかです。
- いつ世界遺産に登録されましたか?
- 2015年(平成27年)7月に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産(23資産)のひとつとして登録されました。それ以前の2003年(平成15年)には国の登録有形文化財(建造物)にも登録されています。
基本情報
| 名称 | 三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機(通称:ジャイアント・カンチレバークレーン) |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県長崎市飽の浦町1-1(現在は水の浦岸壁に設置) |
| 竣工 | 明治42年(1909年)12月/昭和36年(1961年)に現位置へ移設 |
| 製作・施工 | 製作:英国スコットランド・アップルビー社/組立施工:英国スコットランド・マザーウェル・ブリッジ社 |
| 規模・構造 | 鉄骨造(トラス組)/高さ約62メートル/ジブ長約73メートル/吊上能力150トン/主柱間約12メートル四方 |
| 所有者 | 三菱日立パワーシステムズ株式会社(文化財登録上の表記による) |
| 文化財指定 | 国の登録有形文化財(建造物) 平成15年(2003年)3月18日登録/世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」構成資産 平成27年(2015年)7月登録 |
| 公開状況 | 非公開(造船所構内のため)。長崎水辺の森公園・グラバー園・稲佐山・長崎港遊覧船などから望観可能 |
参考文献
- 文化遺産オンライン 三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116214
- 明治日本の産業革命遺産 公式サイト 長崎エリア構成資産
- https://www.japansmeijiindustrialrevolution.com/site/nagasaki/component02.html
- 長崎県の文化財 三菱重工業長崎造船所ハンマーヘッド型起重機
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/12
- ながさき旅ネット ジャイアント・カンチレバークレーン【非公開施設】
- https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/62108
- 三菱重工 長崎造船所 史料館
- https://www.mhi.com/jp/company/overview/museum/nagasaki
- 九州の世界遺産 三菱長崎造船所 ジャイアント・カンチレバークレーン
- https://www.welcomekyushu.jp/world_heritage/spots/detail/18
最終更新日: 2026.04.29