しまばら湧水館(旧三村家住宅)主屋 ― 湧水を前提に組み立てられた昭和10年頃の住まい
地面を50センチ掘れば水が出る。島原市新町の住民が口にするこの言い方は、誇張ではないらしい。雲仙山系の伏流水が市街地の随所で地表に現れる島原にあって、新町一帯はとりわけ水の多い区画である。
旧三村家住宅の主屋は、そういう土地に昭和10年頃に建った。木造平屋建、瓦葺、建築面積158平方メートル。棟を東西に通し、玄関は東側に構える。敷地西寄りの湧水源から引いた水が庭の水路を横切り、そのまま流れ出ていく。
島原ではこうした屋敷を「水屋敷」と呼んだ。文化庁の登録記録も、この主屋を「通称水屋敷の点在する区域」に建つものとして位置づけている。湧水を庭の材料として使うことが、この町では特別ではなかったということだ。
平面は中廊下式。廊下が家の中央を東西に貫き、その南側、庭に面した位置に接客用の座敷を、北側に家族向けの部屋を並べる。この振り分けが建物の考え方をそのまま示している。水の流れる眺めは、客に差し出すものだった。
島原市が三村家から譲り受けたのが平成8年(1996年)。平成15年から17年にかけて整備し、湧水めぐりの拠点として「湧水館」の名で公開した。令和3年(2021年)7月からは「Koiカフェゆうすい館」として喫茶の営業も始めている。入館は無料、休館日はない。
登録が評価したもの
主屋が国の登録有形文化財(建造物)となったのは平成26年12月19日、第79回登録。登録番号は42-0114である。同じ敷地の石柱門及び石塀(42-0115)、煉瓦塀(42-0116)も同日に、それぞれ別件として登録された。
登録は指定ではない。国宝や重要文化財は国が選び出して指定し、現状変更には許可を要する。一方、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で加わった登録制度は、明治以降の膨大な建築ストックを対象とする軽やかな仕組みで、所有者は改変や取り壊しの前に届け出をすればよい。使い続けることを前提とした制度設計であり、だからこそ登録建造物がコーヒーを出していても矛盾しない。
適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説と併せて読むと、この抽象的な文言が具体的な中身を持つ。解説は、座敷の造作が吟味された良材で丁寧に施工されていること、そして庭園との調和が図られた上質な住宅であることを挙げている。島原市の資料はここに一点を加える。家屋は栂(トガ)材でできている。木理が通り、面が均質に上がる針葉樹である。
豪壮な建物ではない。むしろそこが肝心で、昭和前期の地方都市に建てられた質のよい住宅が、水との関係を保ったまま残っている、という点に価値がある。
見どころ ― どこを見るか
鯉の泳ぐ水路に面した東側から入る。中廊下が正面から奥へ抜け、右手に庭が現れる。大工が意図した順序は、玄関を上がった瞬間から始まっている。
南側の座敷を開けると、縁先のすぐ向こうに水路がある。池泉鑑賞式の庭で、歩き回るためではなく、室内に座って眺めるために構成されている。実際に畳に腰を下ろすと、開口部の寸法が座視の高さに合わせてあることがわかる。敷居の線が、ちょうど水の始まるあたりで景を切る。
座敷では上を見上げたい。欄間の彫り、書院の造り。昭和10年頃の施主が金をかけ、大工が腕を見せた場所である。材の選び方は控えめな見どころで、長い部材にわたって木理が揃い、継ぎはぎがなく、90年近く経っても面が均等に見える。
一度、道路側へ出てみるとよい。通りの向こう側から屋根の稜線を見ると、その背後に雲仙岳が立つ。足元を流れている水の出どころである。この配置が意図されたものか、敷地の条件から自然にそうなったのかは記録がない。ただ、建物はその関係に逆らっていない。
植栽はツツジが中心なので、庭が最も充実するのは晩春。水のほうに季節はない。
Q&A
- 内部を見学できますか。
- できます。島原市が公開施設として運営しており、入館無料です。令和3年7月からは「Koiカフェゆうすい館」として喫茶も営業しています。公表されている開館時間は9時から18時、休館日なしですが、過去に期間限定で時間が変更されたこともあるため、遠方から訪ねる場合は事前確認をおすすめします。
- 重要文化財とはどう違うのですか。
- 本件は登録有形文化財で、重要文化財とは制度が異なります。重要文化財は国が指定し、現状変更に許可を要する重い保護がかかります。登録有形文化財は平成8年に創設された届出制の制度で、所有者の自由度が高く、建物を使いながら守ることを想定しています。
- 建築年は正確にわかっていますか。
- 国指定文化財等データベースの記載は「昭和10年頃」で、年次までは特定されていません。棟札などの直接資料ではなく、意匠や工法、地域の記録から推定される場合、この時期の登録建造物ではこうした表記が一般的です。
- 敷地の塀も同じ登録に含まれますか。
- 別件として登録されています。石柱門及び石塀が42-0115、煉瓦塀が42-0116、主屋が42-0114で、いずれも平成26年12月19日の登録です。
- 周辺に合わせて回れる場所はありますか。
- 湧水庭園「四明荘」が南へ徒歩1分ほど、観光交流センター「清流亭」も近くにあります。屋敷の前を流れる水路の鯉は、昭和53年に地元町内会が放流したのが始まりで、この一帯の湧水は昭和60年に環境庁の名水百選に選ばれた島原湧水群の一部です。
基本情報
| 名称 | しまばら湧水館(旧三村家住宅)主屋 |
|---|---|
| ふりがな | しまばらゆうすいかん(きゅうみむらけじゅうたく)しゅおく |
| 種別 | 登録有形文化財(建造物)/住宅・建築物 |
| 登録年月日 | 平成26年12月19日(第79回)/登録番号 42-0114 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式等 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積158平方メートル |
| 時代・年代 | 昭和前/昭和10年頃(1935年頃) |
| 所在地 | 長崎県島原市新町2-122他 |
| 所有者 | 島原市 |
| 交通 | 島原鉄道 島原駅から徒歩約9分、島鉄本社前駅から徒歩約7分 |
| 公開状況 | 公開(入館無料)。公表開館時間9時~18時、休館日なし。事前確認推奨 |
| 問い合わせ | 0957-62-8102 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)「しまばら湧水館(旧三村家住宅)主屋」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010376
- 文化遺産オンライン「しまばら湧水館(旧三村家住宅)主屋」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/233928
- 島原市「しまばら湧水館(旧三村邸)」
- https://www.city.shimabara.lg.jp/page2877.html
最終更新日: 2026.07.16