しまばら湧水館(旧三村家住宅)煉瓦塀 ― 石の通りに引かれた30メートルの赤い線

この塀に関する文化庁の解説は、少し変わった一文で終わる。「石塀の多い通りの景観に変化を与える」。文化財の解説文が、そのものの面白さを言葉にすることは多くない。この一文は言っている。要するに、煉瓦がここにあるのは、それが石ではないからだ。

塀の総延長は30メートル。旧三村家住宅の敷地東面の北寄りから始まり、矩折れに折れて、北面の西端まで延びる。年代は昭和10年頃。主屋、そして同じ東面の南側を受け持つ石柱門及び石塀と同時期にあたる。

基礎が変わっている。というより、通常の意味での基礎がない。煉瓦は、通りを流れる湧水溝の側石積みの上から直接立ち上がる。塀と水路が土台を共有している。

敷地は平成8年から島原市の所有で、背後の主屋は平成15年から17年の整備を経て公開されている。煉瓦塀のほうに入館料は要らない。通りに向いている。

ありえないほど薄い塀

構造の記録をよく読みたい。煉瓦は半枚厚、つまり煉瓦一枚の幅ぶんの厚さで積まれ、高さは約2メートルまで上がる。長さ30メートル、高さ2メートル、厚さ10センチ前後。この比率は、単独では自立しない。

だから記録は、敷地内側に2.4メートル間隔で煉瓦積の控柱を配することも併せて記している。2.4メートルごとに、塀は庭側へ踏ん張る。このリズムは意匠ではない。90年後の今も倒れていない理由そのものである。上端にはモルタル塗で笠木を表し、雨水を煉瓦の面から切って、目地に染み込ませない。

三つの判断を並べて読むと、造り手の考えが見えてくる。用が足りる最小限の塀。材を減らし、必要な位置に控えを入れ、頭に水切りを載せる。数メートル南の重量感のある石塀には、この種の技師的な節約はない。

なぜ煉瓦だったのか、そしてどこを見るか

煉瓦は外来の材料として日本に入り、その出自の匂いを長く保った。港を通じた接触の歴史が厚い長崎県では、その含みはとりわけ濃い。昭和10年頃、和風住宅の周囲に煉瓦塀をめぐらせることは、その家についての読み取り可能な表明だった。背後の主屋は、平面も軸組も一貫して和風である。木造、瓦葺、湧水の庭に面した座敷。近代が姿を見せることを許されたのは、境界のほうだった。

立つべきは矩折れの角である。ここからは東面と北面の両方が同時に見え、塀は平らな面であることをやめて、平面図を持った物体になる。

目の高さの積みを見て、それから目地を見る。半枚厚の煉瓦積は、あらゆる不揃いが表に出る。隠れる奥行きがない。笠木の稜線を端から覗いてみるのもよい。水位が地下50センチという土地で90年ぶんの地盤の動きに付き合ってきた記録が、そこに出ている。

そして、比べる。同じ通りを南へ歩けば、縁を落とした灰色の四段積みが待っている。往復してみてほしい。一つの敷地、一つの年代、二つの境界、そして塀とは何かをめぐる二つの答え。「変化を与える」という文化庁の一文は、控えめすぎる表現だったことがわかる。

Q&A

Q煉瓦塀はどこからどこまでですか。
A敷地東面の北寄りから始まり、矩折れに折れて北面の西端まで、総延長30メートルです。東面の南側は石柱門及び石塀が受け持っているため、二つの塀が同じ通りに並ぶかたちになります。
Q煉瓦一枚分の厚さで、どうやって立っているのですか。
A敷地内側に2.4メートル間隔で配された煉瓦積の控柱が支えています。国の記録もこの控柱を明記しています。控えがなければ、高さ2メートル・延長30メートルの半枚厚の塀は自立できません。
Q重要文化財ですか。
A登録有形文化財です。登録番号42-0116、平成26年12月19日の登録。登録制度は平成8年に創設された届出制の仕組みで、許可制の指定制度より運用が軽く、近代以降の、地域の見え方を形づくる建造物を広く対象としています。
Q撮影はできますか。
A公道に面しているため、時間を問わず無料で見学・撮影できます。ただし通りは狭く、住民の生活道路です。後ずさりする先には注意してください。
Q塀の下を流れている水路は何ですか。
A新町を流れる湧水の開渠で、昭和60年に環境庁の名水百選に選定された島原湧水群の一部です。昭和53年に地元町内会が放流して以来、鯉が泳いでいます。煉瓦塀は、この水路の側石積みの上から立ち上がっています。

基本情報

名称しまばら湧水館(旧三村家住宅)煉瓦塀
ふりがなしまばらゆうすいかん(きゅうみむらけじゅうたく)れんがべい
種別登録有形文化財(建造物)/住宅・その他工作物
登録年月日平成26年12月19日(第79回)/登録番号 42-0116
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1基
構造及び形式等煉瓦造、総延長30メートル。半枚厚・高さ約2メートル、上端に笠木をモルタル塗、2.4メートル間隔に煉瓦積の控柱
時代・年代昭和前/昭和10年頃(1935年頃)
所在地長崎県島原市新町2-122他
所有者島原市
交通島原鉄道 島原駅から徒歩約9分、島鉄本社前駅から徒歩約7分
公開状況公道から常時見学可(無料)
問い合わせ0957-62-8102(しまばら湧水館)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)「しまばら湧水館(旧三村家住宅)煉瓦塀」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010378
文化遺産オンライン「しまばら湧水館(旧三村家住宅)煉瓦塀」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/282890
島原市「しまばら湧水館(旧三村邸)」
https://www.city.shimabara.lg.jp/page2877.html
環境省 名水百選「島原湧水群」
https://water-pub.env.go.jp/water-pub/mizu-site/meisui/data/index.asp?info=86

最終更新日: 2026.07.16