榮山寺八角堂とは

榮山寺八角堂は、奈良県五條市小島町にある天平宝字4年から8年(760年から764年)ごろの奈良時代の八角円堂で、昭和27年(1952年)3月29日に国の国宝に指定された(文化庁)。読みは「えいざんじはっかくどう」。

仏像を安置する榮山寺八角堂の内部の古写真
仏像を安置する榮山寺八角堂の内部の古写真C8 artists/craftsmen; photo by 工藤利三郎 / パブリックドメイン / Wikimedia Commons

文化庁の記録では、八角円堂、一重、本瓦葺で、附として旧石露盤残欠(宝珠)1箇があわせて指定されている。指定番号は00069である。

文化庁の記録では、これに先立つ明治34年(1901年)3月27日の指定日も記されている。これは旧法による指定の日付である。

藤原仲麻呂が父のために建てた堂

榮山寺は藤原武智麻呂の創立と伝える寺で、八角堂は武智麻呂の子の仲麻呂が亡き父のために建てたもので、天平宝字4年から8年(760年から764年)の間と推定されている(文化庁)。その後、寛治年間(1087年から1094年)、天文18年(1549年)、江戸時代にそれぞれ修理があった。

堂はいわゆる八角円堂で、柱はすべて八角とし、四面に板扉を開き、ほかの間に古制を見せる連子窓を備える(文化庁)。組物は三斗組、中備は間斗束で、本瓦葺の屋根の頂上に石製の露盤を置く。現在の露盤は明治の新補で、破損した旧露盤は別に保存されている。

国宝としての価値

文化庁は、構造は簡素だが、法隆寺東院夢殿とともに奈良時代の八角円堂の貴重な遺構としている。

巧みな内陣の架構と彩色

内部には4本の内陣柱を立てて外陣と虹梁で結び、内陣には天井のような天蓋を置く(文化庁)。内陣の架構は、大斗の上に正方形に大虹梁を架け、さらに斗を置いて八角に桁を組んだ巧みなものである。天蓋や内陣の柱、貫などには優れた彩色の装飾画が残る。

見どころ

内陣の大虹梁と八角に組んだ桁の架構、天蓋や柱に残る彩色の装飾画が見どころである(文化庁)。

見学について

榮山寺が所有する(文化庁)。拝観について、公的な案内は確認できなかった。八角堂と七重塔は榮山寺のページにまとめている。

Q&A

Q八角堂はいつ建てられましたか?
A天平宝字4年から8年(760年から764年)の間と推定されています(文化庁)。
Q誰が建てましたか?
A藤原仲麻呂が亡き父の武智麻呂のために建てました(文化庁)。
Qなぜ貴重なのですか?
A法隆寺東院夢殿とともに奈良時代の八角円堂の遺構だからです(文化庁)。
Q附として指定されているものは?
A旧石露盤残欠(宝珠)1箇です(文化庁)。
Q榮山寺八角堂が国宝に指定されたのはいつですか?
A昭和27年(1952年)3月29日です(文化庁)。

基本情報

名称榮山寺八角堂(えいざんじはっかくどう)
所在地奈良県五條市小島町
指定区分国宝(建造物)
指定年昭和27年(1952年)3月29日国宝指定
員数1棟(附 旧石露盤残欠〈宝珠〉1箇)
寸法八角円堂、一重、本瓦葺
所有者榮山寺
公開状況拝観の公的な案内なし

参考文献

榮山寺八角堂(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2655

最終更新日: 2026.10.24