奈良公園に立つ、寺院のような物産館
春日大社の参道沿い、奈良公園の東の木立のなかに、左右にぴたりと翼を広げた木造の建物がある。旧奈良県物産陳列所。明治35年(1902年)に竣工し、奈良県の特産品を展示・即売する施設として開館した。設計したのは、当時まだ30歳前後だった県技師の関野貞(せきの ただし、1867–1935)。のちに日本建築史の礎を築く学者となる人物である。
正面の姿に見覚えがあるなら、それは十円硬貨のおかげかもしれない。入母屋造の中央楼に唐破風の車寄せをつけ、そこから東西へ翼部を伸ばして、両端に宝形造の小さな楼を据える。この構成は、宇治の平等院鳳凰堂をなぞったものだ。関野は帝大在学中、鳳凰堂を25日もかけて実測しており、初めての論文の題材にも選んでいる。鳳凰堂への傾倒が、そのまま設計の下敷きになった。
重要文化財に指定された理由
この建物が国の重要文化財に指定されたのは、昭和58年(1983年)1月7日のこと。評価の核心は、ふだん同じ建物に同居しない様式を、ためらいなく並べた点にある。骨組みや壁、小屋組には西洋建築の技術を用いる一方、外観は和風でまとめ、奈良の古寺や公園の景観になじむよう配慮した。
細部に目を寄せると、時代がいくつも重なって見えてくる。蟇股(かえるまた)、虹梁(こうりょう)、舟肘木(ふなひじき)、割束(わりづか)といった意匠は、飛鳥から鎌倉にかけての様式から引かれている。関野が当時、新薬師寺本堂や法起寺三重塔の修理を監督するなかで身につけた知識が、そのまま反映されている。ところが窓を見ると、話は一転する。八弁花をかたどった円窓や、半円形に花弁状の切り込みを入れた飾り窓は、明らかにイスラム風だ。和・洋・オリエントの意匠を一棟に同居させた点が、海外に目を向けつつ足元の伝統に根ざした明治中期の建築の姿を、よく示している。
見どころ
まず正面から、まっすぐに眺めてほしい。左右対称の構成が一目で頭に入り、翼部が端の楼に向かって少しずつ高さを下げていくのがわかる。のっぺりした壁ではなく、抑揚のある立面になっている。淡い壁と濃い木部の対比が、背後の公園の緑に映える。
次に、正面に沿ってゆっくり歩いてみる。イスラム風の窓は遠目には見落としやすいが、一度気づくと忘れがたい。とりわけ花の形をした窓は、和風の構えのなかにあって、不思議となじみながらも目を引く。手元の十円玉と本物の建物を見比べれば、関野の物産陳列所と、その手本となった鳳凰堂との細かな違いを探す静かな楽しみも生まれる。
外観は竣工当時の姿をよく保っている。内部は使われ方が変わるたびに何度か改修され、平成21年(2009年)から23年(2011年)にかけての耐震補強の工事では、内部の歴史的な意匠を部分的に復原する作業もあわせて行われた。
周辺の見どころとアクセス
建物は、興福寺から東へ、春日大社へと向かう石畳の参道沿いにある。奈良公園を歩く一日の動線にちょうど組み込める位置だ。すぐ隣には、現在この建物を管理する奈良国立博物館があり、なら仏像館には名高い仏像コレクションが並ぶ。北へ少し歩けば東大寺と大仏、東の参道を進めば春日大社、西には興福寺の五重塔が立つ。あたり一帯を鹿が歩きまわる。
平成元年(1989年)以降、建物は奈良国立博物館の仏教美術資料研究センターとして使われている。仏教美術に関する図書・雑誌・写真を収める資料施設で、閲覧室は水曜と金曜、調査研究を目的とする人に開かれている。閲覧は無料で、2026年5月からは予約優先制(当日利用も可)となる。とはいえ多くの旅行者にとっては、公園散策のなかで外観を眺めるのが現実的な楽しみ方になるだろう。
Q&A
- 中に入って見学できますか。
- 観光目的での内部見学はできません。内部は研究資料の閲覧施設として、水曜・金曜に調査研究目的の利用者へ公開されています。見どころである外観は、参道からいつでも眺められます。
- なぜ十円玉に似ているのですか。
- 十円玉も、この建物も、宇治の平等院鳳凰堂を写しているためです。設計した関野貞は学生時代に鳳凰堂を入念に実測し、その左右対称の構成を物産陳列所の手本にしました。
- 設計者はどんな人物ですか。
- 関野貞(1867–1935)です。20代後半で奈良県技師として赴任し、古社寺の調査・修理にあたるかたわら、明治30年代にこの建物を設計しました。のちに東京帝国大学で建築史を講じ、第一人者となります。
- 変わった形の窓は何ですか。
- イスラム風の意匠です。八弁花をかたどった円窓や、半円形に花弁状の切り込みを入れた飾り窓があります。和風の木部や洋風の構造と同居している点が、この建物の特徴です。
- どうやって行けばよいですか。
- 奈良公園内、奈良国立博物館の隣で、春日大社の参道沿いにあります。JR奈良駅・近鉄奈良駅からは東へ徒歩15〜25分ほど、または奈良国立博物館前のバス停までバスで向かえます。
基本データ
| 名称 | 旧奈良県物産陳列所(きゅうならけんぶっさんちんれつじょ) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市春日野町50番地 |
| 竣工 | 明治35年(1902年) |
| 設計 | 関野貞(1867–1935) |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和58年〈1983年〉1月7日指定) |
| 構造 | 木造、桟瓦葺、建築面積739.3平方メートル、1棟 |
| 所有 | 独立行政法人国立博物館(奈良国立博物館が管理) |
| 現在の用途 | 奈良国立博物館 仏教美術資料研究センター |
| 公開 | 内部は水曜・金曜に研究目的者へ公開/外観は常時見学可 |
参考文献
- 文化遺産オンライン(文化庁):旧奈良県物産陳列所
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/190403
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2566
- 奈良国立博物館:仏教美術資料研究センター
- https://www.narahaku.go.jp/about/guide/center/
最終更新日: 2026.06.04