門と前庭を構えた、奈良町では珍しい町家

旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋は、奈良県奈良市南袋町にある木造二階建の町家建築で、昭和15年(1940年)に改築され、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

元興寺の南に広がるならまちの通りを歩くと、家々が道路すれすれに軒を連ね、町並みそのものが一枚の板壁のように続いていく。その連なりが、南袋町の一角で途切れる。石積みの上に桟瓦葺の門が据わり、左右に漆喰塗の塀が伸び、門の内側には主屋にたどり着くまでの空白がある。

この空白が、登録の理由の中心にある。

布江田家がこの土地を取得したのは明治23年(1890年)。ただし当時から住み続けていたわけではない。大正から昭和10年代の初め頃まで、一家は大阪梅田で湯屋業を営んでおり、奈良の敷地は荒廃していたと奈良市文化財課は記している。奈良へ戻ったのを機に敷地内を整え、そのときに定まった屋敷構えが現在の姿につながる。主屋の改築年代は建物内に残る御幣銘から昭和15年と判明しており、平成29年(2017年)にも改修が入っている。

登録有形文化財という制度と、この建物の評価

文化財建造物の保護には、性格の異なる二つの仕組みが並んでいる。国宝・重要文化財に代表される「指定」は明治期以来の厚い制度で、現状変更には国の許可が要る。いっぽう「登録」は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で加わった枠組みで、幕末から昭和期にかけての建物、それも数が多く一件ずつ指定していては追いつかないが失うには惜しい建物を救うために設けられた。

登録有形文化財では、外観を大きく変える工事に届出義務がかかる。許可制ではない。所有者に使い続ける自由を残し、そのかわり建物が現役でいることを期待する制度設計である。旧布江田家住宅の三棟はこの設計意図に沿った事例で、宿泊施設として稼働している状態のまま登録された。

三棟に共通して挙げられた登録基準は、第一の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。主屋については、際立った一点の造形が評価されたわけではない。通りに面して主屋が建つ奈良の一般的な町家形式と異なり、門と塀を前面に置いて奥に主屋を構える邸宅風の配置であること、造作が丁寧で材の質が良いこと、そして同日に登録番号29-0365・29-0366として登録された蔵と表門及び塀と一体で通りの景観をつくっていること、この三点が重ねられている。登録番号は主屋が29-0364、第109回登録である。

建築の履歴に関心のある方には、もう一点付け加えておきたい。昭和15年の改築は規模の大きなものだったが、建物全体を新しくしたわけではない。南側の土間部は改築前の建物の姿をよく残しており、主屋は自らの前身の痕跡を内側に抱えている。

見どころ

まず前庭から屋根を見上げたい。主屋は「つし二階」の形式で、二階が居室として完全に立ち上がらない低い中二階になっている。切妻造の屋根は桟瓦葺。建築面積は174平方メートルで、ならまちの町家としては大きい部類に入る。

視線を二階の壁面に移す。漆喰塗の白い面に虫籠窓が開き、その両端に袖壁が付く。関西の町家正面としては定型といえる組み合わせだが、ここでは輪郭がはっきりしていて、塗りの仕事の丁寧さが分かる。

内部の平面は南北で性格が変わる。北側は2列6室、つまり三室ずつ二列に並ぶ居室部で、北東の一室が床構え付きの座敷にあたる。床の間、違い棚、飾り障子が揃った格の高い部屋である。南側は土間で、こちらは落棟、つまり一段低い屋根の下に納まり、その上に煙出が設けられている。竃で火を使えば煙の抜け道が必要になる。煙出はその必要が外形に現れたものだ。

伝統的な文法から外れる要素が一つある。土間の南西隅に設けられた洋室である。昭和10年代から20年代の家屋には、椅子とテーブルを置いて客に応対するための洋室を一室だけ設け、残りは和室のままにする例が少なくない。この一室は、建物が建てられた年代を示す小さな標識と読める。

改修で最初に消えやすい要素が二つ残っている点も見ておきたい。玄関から奥の坪庭まで一直線に貫く通り庭は、囲われずに通り庭のまま保たれている。竃、いわゆる「おくどさん」と古い井戸も残る。

見学と滞在について

主屋は株式会社はる家が所有する私有建物で、一般公開はしていない。拝観料の設定もなく、見学ツアーも行われていない。内部を見る方法は、宿泊することである。敷地は「はる家 ならまち」として営業しており、登録された主屋そのものが客室として使われている。

客室は一名用の和室から14名定員の相部屋まで幅がある。建築を目的に訪ねるなら、最小の客室のひとつ「若草」が虫籠窓のある和室であること、庭側の客室に床の間・違い棚・飾り障子・縁側といった戦前の住宅の設えが残ることは知っておくとよい。敷地内の離れ一棟を6名まで貸切にすることもできる。

実務的な注意点をいくつか。チェックインは16時、チェックアウトは10時で、入館後の門限はない。荷物は時間外でも預かってもらえる。支払いはチェックイン時の現金払いで、クレジットカードは使えないため、これは事前に用意しておく必要がある。食事の提供はなく、自炊できる台所があり、周辺の飲食店を紹介してもらえる。3歳以上の子供は宿泊可。敷地内に駐車場はないが、徒歩3〜4分の距離にコインパーキングがある。

建物が当初の構造のまま使われているため、断熱性・遮音性には限りがあり、話し声や物音は響く。近代的な設備に置き換えた宿ではない、という前提で臨みたい。

外観については話が別になる。表門・塀・蔵はいずれも公道に面しており、時間を問わず外から眺め、撮影することができる。訪れる人の多くは、この三棟一体の表構えとしてこの文化財に接することになる。敷地内での撮影は他の宿泊客のプライバシーに関わるため、現地の判断を仰ぎたい。

交通は、JR奈良駅から徒歩約15分、近鉄奈良駅から徒歩約12分。バスは市内循環内回り(1系統)で、JR奈良駅東口5番乗場から3分、近鉄奈良駅9番乗場から7分の「八軒町」下車、徒歩5分。同じ運営者が奈良と京都で複数の宿を持つため、施設名よりも住所で確認したほうが確実である。北へ歩けば本堂が国宝で世界遺産「古都奈良の文化財」の構成資産でもある元興寺があり、本堂が国宝の十輪院はさらに近い。

Q&A

Q旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A一般公開・拝観料の設定はありません。私有の宿泊施設として稼働しているため、内部を見るには「はる家 ならまち」に宿泊する必要があります。公道に面した表門・塀・蔵は、予約なしで外から見学できます。
Q旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A建物内に残る御幣銘から、改築は昭和15年(1940年)と分かっています。平成29年(2017年)に改修。登録有形文化財としての登録は令和7年(2025年)3月13日、登録番号29-0364です。蔵と表門及び塀も同日登録されました。
Q旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋は、ほかの奈良町の町家とどこが違うのですか。
A敷地の使い方が違います。奈良の町家は通りに面して主屋が建つのが一般的ですが、こちらは道路際に表門と塀を置き、その奥に主屋を構える邸宅風の配置です。奈良市文化財課もこの点を特徴として挙げています。
Q旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋の登録有形文化財は、重要文化財より格が低いということですか。
A格の上下ではなく、目的の違う制度です。平成8年に加わった登録制度は、近代以降の建物を使いながら守ることを想定し、現状変更を許可制ではなく届出制にしています。重要文化財の指定は、より少数の建物にはるかに厳しい規制をかける仕組みです。
Q旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋へは、奈良の駅からどう行けばよいですか。
A徒歩ならJR奈良駅から約15分、近鉄奈良駅から約12分です。バスは市内循環内回りでJR奈良駅から3分、近鉄奈良駅から7分の「八軒町」下車、そこから徒歩5分。敷地内に駐車場はなく、最寄りのコインパーキングは徒歩3〜4分です。

基本情報

名称旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋(きゅうふえだけじゅうたく(はるやならまち)おもや)
所在地奈良県奈良市南袋町31-4
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号29-0364/登録基準1「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年令和7年(2025年)3月13日登録(第109回登録)
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積174平方メートル
所有者株式会社はる家
公開状況非公開。宿泊施設「はる家 ならまち」として使用中で、内部は宿泊者のみ。外観は公道から見学可。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015348
文化遺産オンライン「旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/596792
奈良市文化財課「旧布江田家住宅(はる家ならまち)主屋、蔵、表門及び塀」
https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/231095.html
奈良市文化財課「登録有形文化財一覧」
https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/10196.html
はる家 ならまち 公式サイト(所有者)
https://yado-haruya.com/naramachi

最終更新日: 2026.07.30