霊山寺とは:富雄の登美山に建つ奈良時代創建と伝わる寺

霊山寺(りょうせんじ)は、奈良県奈良市中町の登美山にある寺院で、寺伝では天平8年(736年)の落慶とされ、弘安6年(1283年)建立の本堂が国宝、三重塔と鐘楼が重要文化財に指定されている。

文化庁の解説は、霊山寺を聖武天皇の勅願によって行基(668年から749年)が創立したと伝える寺と紹介している。寺名は「れいざんじ」ではなく「りょうせんじ」と読む。

寺の案内によると、現在は国宝・重要文化財の建物6棟と、重要文化財の仏像・宝物30点余りを所蔵している。建物の指定は、本堂・三重塔・鐘楼の3件のほか、本堂の北の高台にある旧鎮守の十六所神社の社殿がある。十六所神社は明治の神仏分離以降、独立した神社となっている。

霊山寺の縁起と沿革

寺の縁起によると、この地を領した小野家の小野富人(遣隋使小野妹子の子と伝わる)が、壬申の乱ののち登美山に隠棲し、薬師如来を感得して薬草の湯屋を建て、人々の病を治したという。聖武天皇の皇女の病を行基が代参して祈り癒やしたことから、天平6年(734年)に天皇が大堂の建立を命じた。

天平8年(736年)に来日したインドの僧菩提僊那が、登美山の地相が釈迦の説法の地霊鷲山(りょうじゅせん)に似ていることから、寺名を霊山寺とするよう奏上したと伝える。平安時代には弘法大師が奥之院に弁才天を祀り、以後は法相宗と真言宗を兼学する寺になった。

鎌倉時代には北条氏の帰依を受け、弘安6年(1283年)に本堂が建てられ、堂塔や仏像の修復・新調が行われた。豊臣秀吉から寺領百石を与えられ、江戸幕府の朱印寺となったが、明治の廃仏毀釈で伽藍の規模は半減したと寺は記している。

境内の文化財の配置

寺の境内案内によると、国宝の本堂を中心に、重要文化財の三重塔と鐘楼が建つ。本堂の北の高台には旧鎮守の十六所神社があり、覆屋の中に5棟の社殿が並ぶ。

三重塔の初重内部には、巨勢金岡筆と伝わる極彩色の壁画があり、壁画も重要文化財に指定されているが、公開はされていない。本堂の本尊薬師如来と脇侍の日光・月光菩薩は、厨子の中に祀られる秘仏である。

境内には、昭和32年(1957年)に開かれた約4,000平方メートルのバラ庭園もある。寺によると、シベリア抑留を経験した先代住職が平和を願って造ったものである。

霊山寺の拝観案内

寺の案内によると、拝観時間は本堂が午前10時から午後4時まで、バラ園が午前8時から午後5時までで、年中無休である。入山拝観料は大人700円、小人(小・中学生)350円。バラの開花期(春期は4月29日から6月第2日曜日、秋期は10月23日から11月第2日曜日)は大人1,000円、小人500円となる。30人以上の団体には割引がある。

交通は、近鉄奈良線富雄駅から奈良交通バス「若草台」行き(50系統)に乗り、「霊山寺」で下車する。車の場合は、阪奈道路の阪奈三碓出入口から県道7号線を南へ約5分、または第二阪奈有料道路の中町ランプから県道7号線を北へ約5分で、「霊山寺前」交差点を曲がってすぐ。駐車場は120台分ある。所在地は奈良市中町3879、電話は0742-45-0081。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「霊山寺本堂」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2487
文化遺産オンライン「霊山寺本堂」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/123294
霊山寺「縁起と沿革」
https://www.ryosenji.jp/origin.html
霊山寺「入山のご案内」
https://www.ryosenji.jp/guidance.html
霊山寺「地図・アクセス」
https://www.ryosenji.jp/access.html
霊山寺「堂塔・宝物」
https://www.ryosenji.jp/treasure.html

最終更新日: 2026.09.27

基本情報

名称霊山寺
所在地奈良県奈良市中町
所有者霊山寺
指定国宝 1件・重要文化財 2件
座標34.67330, 135.74274