楼門の形をした鐘つき堂

長谷寺鐘堂は、新潟県佐渡市長谷にある江戸時代中期の鐘堂で、明治9年(1876年)に現在地へ移され、平成20年(2008年)に登録有形文化財となった。

護摩堂の北に接して建つ。2層からなり、形は楼門に近い。南北棟の入母屋造で屋根は鉄板葺、建築面積はわずか7.4平方メートルしかない。下層は桁行3.2メートル、梁間2.3メートルで、鐘を吊るのではなく廊下として使われる。

上層に鐘が下がる。四周に高欄付きの縁を回し、円柱の上に平三斗を組み、垂木を二軒繁垂木とする。文化庁は江戸中期、1661年から1750年の幅を年代として与えている。

移築の経緯が棟札に残る

長谷寺鐘堂が他の棟と違うのは、動いた記録が残っていることである。明治9年(1876年)の棟札があり、もとは五仏堂(五智堂)の南西に建っていたが、不便であるため現在地へ移したと書かれている。

ただし移築前と後で建物は同じではない。寛政12年(1800年)の境内絵図に描かれた五仏堂付近の鐘堂は、いまの姿とかなり違う形をしており、佐渡市は移設の際に大きく造り直されたとみている。現存する彫刻から、元の建物は1700年代後半の建築と推定されている。

登録理由は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。護摩堂に接続し、そこから廻廊が延びるという連結の要にあたる位置が、この小さな棟の役割を決めている。

腰組の龍を見上げる

長谷寺鐘堂で最も見られている部分は、上層を支える腰組である。ここに龍の彫刻が入る。佐渡市はこれを秀逸と評し、文化庁も腰組の龍を秀逸な装飾として挙げる。下層の廊下を通るときに真上を見上げると、胴をひねった龍が組物のあいだから現れる。

床面積7.4平方メートルという数字は、畳4枚半ほどにあたる。そこに2層と高欄付の縁を積み上げているので、細く高い。参道の石段から見上げると、建物というより塔に近い印象を受ける。

昭和59年(1984年)に改修を受けている。屋根の鉄板葺はその後の姿である。

長谷寺鐘堂の見学

長谷寺鐘堂は、住職が案内する40分コースに含まれる。下層が廻廊への通路になっているため、観音堂まで登る50分コースでも必ずくぐることになる。

外観は参道からいつでも見られる。腰組の龍を見るには、下層の入口の手前に立って見上げるとよい。

鐘を撞けるかどうかは公式サイトに記載がない。撞きたい場合は拝観の受付で尋ねてほしい。境内への行き方と拝観時間は長谷寺のページにまとめてある。

Q&A

Q長谷寺鐘堂はいつ現在地に移されたのですか?
A明治9年(1876年)です。棟札に、もとは五仏堂の南西にあったが不便なため移したと記されています。
Q長谷寺鐘堂はどんな形をしていますか?
A2層からなる楼門風の建物です。下層は廊下として使われ、上層に鐘を吊り、四周に高欄付の縁を回します。
Q長谷寺鐘堂の見どころはどこですか?
A上層を支える腰組に入った龍の彫刻です。下層を通るときに見上げると、組物のあいだに現れます。
Q長谷寺鐘堂の内部は見学できますか?
A下層は廻廊への通路を兼ねているため、40分コースと50分コースでは必ず通ります。
Q長谷寺鐘堂の大きさはどのくらいですか?
A建築面積7.4平方メートル。下層は桁行3.2メートル、梁間2.3メートルで、境内では最も小さい登録建物です。

基本データ

名称長谷寺鐘堂
所在地新潟県佐渡市長谷字豊13
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2008年(平成20年)登録
員数1棟
寸法下層は桁行3.2メートル、梁間2.3メートル、建築面積7.4平方メートル
所有者宗教法人長谷寺
公開状況外観は常時見学可。下層は拝観時の通路

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「長谷寺鐘堂」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006966
佐渡市「国登録 有形文化財:長谷寺」
https://www.city.sado.niigata.jp/site/bunkazai/4964.html
真言宗豊山派 北豊山 長谷寺「観光のご案内」
https://sado-choukokuji.jp/guidance/

最終更新日: 2026.09.14