明治末に建てられた煉瓦造平屋建
鍋茶屋煉瓦蔵は、新潟県新潟市中央区東堀通にある料亭鍋茶屋の蔵で、明治43年(1910年)頃の建築、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財(建造物)として登録された。煉瓦造平屋建、瓦葺、建築面積63平方メートル。敷地の東部にあり、離れ座敷と土蔵に挟まれて建つ。
鍋茶屋で登録された7棟のうち、煉瓦を主構造とするのはこの1棟だけである。主屋は木造3階建、離れ座敷は木造2階建、離れ土蔵は土蔵造、表門及び外塀は鉄筋コンクリート造。木と土と石とコンクリートが並ぶなかに、煉瓦が一棟だけ混じっている。
建てられた年代が、その理由をほぼ説明してしまう。
二度の大火と、煉瓦という答え
明治41年(1908年)、新潟の町は半年のあいだに二度焼けた。
3月8日の火は古町通8番町から出た。火元が芸妓置屋の若狭屋だったことから、この火事は若狭屋火事、あるいは芸者屋火事と呼ばれる。東堀通7・8番町、本町通6から8番町などに延焼し、初代の萬代橋も焼け落ちた。同じ年の9月4日、二度目の火が出る。今度は市役所、警察署、師範学校といった主要な建物までが失われた。焼失戸数は資料によって幅があるが、3月の火が千数百戸、9月の火が二千戸を超える規模だったとされる。
3月の出火点である古町通8番町は、鍋茶屋の建つ東堀通8番町のすぐ裏手にあたる。同じ花街のなかから火が出て、同じ花街が焼けた。
鍋茶屋の再建は明治43年である。主屋の骨格はこのとき組まれ、煉瓦蔵と土蔵も同じ頃に建てられた。前年に町が二度焼けた直後に蔵を建て直す施主が、何を最優先に考えたかは想像がつく。当時の日本で、火に強い建て方といえば土蔵造か煉瓦造だった。煉瓦は明治政府が官庁や工場に採用して普及した比較的新しい材料で、大正12年(1923年)の関東大震災で無筋煉瓦造の弱点が露呈するまでは、近代的で堅牢な選択と受け止められていた。明治43年という年は、その評価がまだ揺らいでいない時期にあたる。
同じ敷地に土蔵と煉瓦蔵の両方が建ったのは、二つの技術を並べて試したようにも見える。結果として、どちらも110年余りを経て残った。
小口積の壁と、屋根の上に立つ煉瓦壁
外壁は小口積である。煉瓦の短い側の面、つまり小口だけを外に見せる積み方で、長手が表に出てこない。長手と小口を交互に見せるイギリス積みやフランス積みに比べると、目地の割付が細かく反復し、壁面が均質になる。近寄って数えると、同じ大きさの長方形が横にどこまでも続いていく。
屋根は片流れの桟瓦葺である。切妻でも寄棟でもなく、一方向にだけ傾く。そしてその屋根の上に、煉瓦の壁がさらに立ち上げられている。
文化庁の解説はこの壁の役割を防火と目隠しの二つと記す。屋根面より高く壁を持ち上げれば、隣家から飛んでくる火の粉を受け止められる。町家の卯建に近い働きといってよい。同時に、通りから屋根越しに見える範囲が遮られる。料亭の敷地には、客に見せる場所と見せない場所がある。
この蔵は、土蔵と同じく外壁を介さずに直接東堀通に面している。表門のある西側とは扱いが違う。門と塀で構えを整えた正面に対し、東側は蔵の壁がそのまま街路の壁になる。木造3階建の主屋、数寄屋の離れ座敷、白い土蔵、そして煉瓦。文化庁が「街路に多様な景観をもたらしている」と書いたのは、この並びを指している。
東堀通から見る
煉瓦蔵の外観は東堀通の歩道から見られる。建物は個人の所有物で、内部は公開されていない。鍋茶屋は現在も営業中の料亭であり、食事の予約をすれば館内を案内してもらえる場合もあるが、蔵の内部まで見られるかどうかは別の話になる。予約と問い合わせは電話(025-222-6131)で。公式サイトの案内では定休日は月曜日と日曜日の夜、日曜は昼のみの営業とされる。営業時間の記載は媒体によって差があるため、直接の確認をすすめたい。
外から見るなら、少し離れた位置に立つとよい。屋根の上の煉瓦壁は真下からでは見上げる角度が急すぎて、立ち上がりの高さがつかめない。道を渡って反対側の歩道から眺めると、片流れの屋根と、その上端を越えて立つ壁との関係が読み取れる。煉瓦は西日を受けると色が濃く出る。
新潟駅前バスターミナルから萬代橋ライン(B1系統)に乗り「本町」下車、徒歩6分ほど。車では8分から10分。専用駐車場はないため近隣の有料駐車場を利用する。屋外からの撮影に制限はないが、営業中の店舗であることには配慮したい。東堀通を歩いたあと、敷地の反対側にまわって鍋茶屋通りの表門と外塀を見ると、同じ一軒が通りごとに違う顔を用意していることがわかる。
Q&A
- 鍋茶屋煉瓦蔵は見学できますか。内部に入れますか。
- 内部は公開されていません。鍋茶屋は営業中の料亭で、蔵は業務に使われる建物です。外観は東堀通の歩道から自由に見られます。館内の見学を希望する場合は、食事の予約時に相談してください(電話 025-222-6131)。
- 鍋茶屋煉瓦蔵はいつ建てられ、どの区分の文化財ですか。
- 明治43年(1910年)頃の建築です。平成12年(2000年)4月28日に登録有形文化財(建造物)として登録され、同年5月17日に告示されました。登録番号は15-0071です。国宝や重要文化財の「指定」とは別の制度である点に注意してください。
- 鍋茶屋煉瓦蔵はなぜ煉瓦造なのですか。
- 明治41年(1908年)に新潟が半年で二度の大火に見舞われ、その再建期にあたる明治43年頃に建てられたためと考えられます。当時の日本で耐火性の高い構法は土蔵造か煉瓦造で、煉瓦は近代的で堅牢な材料と受け止められていました。鍋茶屋の登録7棟のうち煉瓦造はこの1棟だけです。
- 鍋茶屋煉瓦蔵の屋根の上にある煉瓦の壁は何のためのものですか。
- 文化庁の解説では防火と目隠しのためとされています。片流れの桟瓦葺屋根の上に煉瓦壁を立ち上げることで、飛び火を受け止めると同時に、通りから屋根越しに敷地内が見えるのを遮ります。町家の卯建に近い考え方です。
- 鍋茶屋煉瓦蔵へのアクセスと最寄りのバス停を教えてください。
- 新潟駅前バスターミナルから萬代橋ライン(B1系統)で「本町」下車、徒歩約6分です。車では新潟駅から8分から10分ほど。専用駐車場はないので近隣の有料駐車場を利用します。蔵が面するのは敷地東側の東堀通です。
基本情報
| 名称 | 鍋茶屋煉瓦蔵(なべぢゃやれんがぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県新潟市中央区東堀通8-1420 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物)/登録番号 15-0071 |
| 指定年 | 平成12年(2000年)4月28日登録、同年5月17日告示(第23回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 煉瓦造平屋建、瓦葺、建築面積63平方メートル |
| 所有者 | 合資会社鍋茶屋 |
| 公開状況 | 内部非公開。外観は東堀通の歩道から見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース:鍋茶屋煉瓦蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001599
- 文化遺産オンライン:鍋茶屋煉瓦蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/192599
- 国指定文化財等データベース:鍋茶屋主屋(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001594
- 料亭 鍋茶屋 公式サイト:鍋茶屋の歴史
- https://www.nabedyaya.co.jp/history/
- 新潟市:市内の国登録文化財一覧
- https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/bunka/rekishi/bunkazai/ichiran/touroku.html
最終更新日: 2026.08.13