はじめに:九州山間部の暮らしを今に伝える農家建築

大分県日田市大山町に佇む旧矢羽田家住宅(きゅうやはたけじゅうたく)は、18世紀前半に建てられた「くど造り」の農家住宅です。1982年(昭和57年)に国の重要文化財に指定されたこの建物は、大分県内で唯一現存するくど造り住宅であり、この建築様式としては分布上最も東に位置する貴重な遺構です。

もともとは大山町大字東大山の小五馬(こいつま)地区にあったこの住宅は、指定後に解体され、大山振興局裏の大山文化センター横に移築復元されました。現在は無料で見学することができ、かつての九州山間部における農家の暮らしぶりを伝える生きた文化遺産として公開されています。

歴史的背景

矢羽田家(「やわた」とも読む)は、江戸時代に旧小五馬村の組頭を勤めた旧家です。住宅は日田盆地の南側に広がる山間部、大山川沿いの東山麓に位置していました。

主屋の建築年代は18世紀前半(江戸時代中期)と推定されています。当時の日田盆地周辺の山間地域では、地形や気候に適応した独自の建築文化が発展しており、矢羽田家住宅はその時代の農家建築の姿をよく伝えています。

1982年(昭和57年)6月11日、国の重要文化財に指定されました。大分県内の住宅建築としては、行徳家(日田市)、後藤家(大分市野津原町)、神尾家(中津市山国町)に次ぐ4番目の指定でした。指定後、1984年(昭和59年)頃までに大山町自然休養村センター(現在の大山文化センター付近)の一角に移築復元され、一般公開されるようになりました。

重要文化財に指定された理由

旧矢羽田家住宅が重要文化財に指定された理由は複数あります。最も重要なのは、熊本県から福岡県南部にかけて分布する「くど造り」住宅の数少ない遺例のうち、大分県内で唯一現存するものであり、かつこの建築様式の分布域において最東端に位置するという地理的・学術的価値です。

また、同形式の別棟型農家住宅の中でも建築年代が比較的古く、後世の改変が少ないことも高く評価されました。上手に角座敷(かくざしき)を持つ点は建築の進化した姿を示していますが、東西両棟の架構がまだ一体化されておらず、別棟形式の原形をよく残している点が特に重要とされています。

このように、古さ、真正性、そして地域的希少性を兼ね備えた旧矢羽田家住宅は、九州地方における民家建築の発展過程を理解するための、かけがえのない学術資料なのです。

建築の見どころ:くど造りの特徴

「くど造り」の「くど」とは、九州地方の方言で竈(かまど)を意味します。建物を上から見ると屋根の稜線がコの字型をしており、その形が竈に似ていることからこの名称が付けられました。

主屋の規模は正面11.3メートル、側面11.8メートル。コの字形の寄棟造を基本とし、東南面に桁行4.0メートル・梁間4.0メートルの寄棟造の突出部、さらに東面に附属の突出部があります。屋根は下地に茅(かや)を用い、外側の見える部分には杉皮葺(すぎかわぶき)を施した重ね葺きになっています。

平面構成は、左手に土間(農作業や炊事に使う土の床の空間)、右手に床上部を配する典型的な九州農家の間取りです。床上部は五間取りとなっており、土間と座敷部の境目の上には屋根の継ぎ目に沿って大きな樋(とい)が通っています。これは別棟形式の構造的特徴をそのまま残す貴重な意匠です。

九州の民家建築では、炊事棟と居間棟を別の建物として建てる「分棟型」が伝統的な形式でした。矢羽田家住宅では、この平行分棟形式から一体化へと向かう過渡的な段階が見て取れます。二つの棟がまだ構造的に独立している様子は、建築史研究者にとって非常に重要な観察対象となっています。

見学案内

旧矢羽田家住宅は通年で見学可能です。外観はいつでも自由に見ることができますが、建物内部の見学を希望される場合は、事前に日田市教育委員会文化財保護課(電話:0973-24-7171)へご連絡ください。

所在地は大山振興局の裏手、大山文化センター横です。公共交通機関をご利用の場合は、JR久大本線日田駅から日田バス杖立行きに乗車し、約17分の「大山振興局前」バス停で下車、徒歩約5分です。お車の場合は、大分自動車道日田ICから国道212号線を南へ約15分です。無料駐車場も完備されています。

周辺情報

日田市大山町は「梅の郷」として知られ、見どころの多いエリアです。1961年に始まった「梅栗植えてハワイに行こう!」のキャッチフレーズで有名なNPC運動の発祥の地であり、現在も町内のほとんどの農家で梅が栽培されています。2月下旬から3月中旬にかけて、おおくぼ台梅園やふるや台梅園では約9,000本の梅が咲き誇り、日田おおやま梅まつりが開催されます。

自然景観では、切り立った岩壁が壮観な響渓谷(ひびきけいこく)がおすすめです。特に秋の紅葉シーズンには岸壁を彩る紅葉が見事で、隣接する「奥日田温泉 うめひびき」や「梅の香温泉 なごりの湯」から眺める景色は格別です。道の駅「水辺の郷おおやま」では、地元産の野菜やフルーツ、全国コンクールで高評価を受けた梅酒や梅干しなどの特産品を購入できます。

漫画・アニメ「進撃の巨人」の作者・諫山創先生の故郷としても知られる大山町には、大山ダム周辺にエレン・ミカサ・アルミンの少年期の銅像が設置されており、道の駅には「進撃の巨人 in HITA ミュージアム」もあります。

日田市街地に足を延ばせば、江戸時代の面影を残す豆田町の町並み散策や、広瀬淡窓が開いた私塾・咸宜園跡の見学、三隈川沿いの温泉旅館での宿泊など、多彩な体験が待っています。

Q&A

Q「くど造り」とはどのような建築様式ですか?
A「くど」は九州地方の方言で竈(かまど)のことを指します。建物を上から見ると屋根の稜線がコの字型になっており、全体の形が竈に似ていることから「くど造り」と呼ばれています。主に熊本県から福岡県南部にかけて分布する建築様式で、旧矢羽田家住宅はこの様式が確認されている最東端の遺構です。
Q見学に入場料はかかりますか?
A入場無料です。外観はいつでも見学可能ですが、建物内部の見学を希望される場合は、事前に日田市教育委員会文化財保護課(0973-24-7171)へご連絡ください。なお、土日祝日は原則閉館となっています。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR久大本線日田駅から日田バス杖立行きに乗車し、約17分の「大山振興局前」バス停で下車、徒歩約5分です。お車の場合は、大分自動車道日田ICから国道212号線を南へ約15分で到着します。無料駐車場があります。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A通年で見学可能ですが、2月下旬から3月中旬は周辺の梅が見頃を迎え、日田おおやま梅まつりも開催されるため特におすすめです。また、10月下旬から11月中旬の紅葉シーズンには、近くの響渓谷の美しい紅葉も楽しめます。
Qなぜ元の場所から移築されたのですか?
A1982年の重要文化財指定後、建物の保存と公開のために解体され、より多くの方が訪れやすい大山振興局裏の大山文化センター横に移築復元されました。移築の際に18世紀前半頃の姿に復元され、現在は一般の方が見学できるようになっています。

基本情報

名称 旧矢羽田家住宅(きゅうやはたけじゅうたく)
指定区分 国指定重要文化財(1982年〈昭和57年〉6月11日指定)
建築年代 18世紀前半(江戸時代中期)
建築様式 くど造り(コの字形別棟型農家住宅)
規模 正面11.3m、側面11.8m、コの字形寄棟造、突出部附属
屋根 茅・杉皮重ね葺き
所在地 大分県日田市大山町大字西大山3603番3
旧所在地 大分県日田市大山町大字東大山小五馬(1984年頃移築)
所有者 日田市
見学時間 8:30〜17:00(内部見学は要予約)
休館日 土曜・日曜・祝日・年末年始
入場料 無料
お問い合わせ 日田市教育委員会 文化財保護課:0973-24-7171
交通アクセス JR久大本線日田駅から日田バス杖立行き約17分「大山振興局前」下車徒歩約5分/大分自動車道日田ICから国道212号線を南へ約15分

参考文献

旧矢羽田家住宅(大分県日田郡大山町) — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/158155
旧矢羽田家住宅 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/182610
旧矢羽田家住宅 | おおいた文化財ずかん
https://oita-digitalzukan.jp/cultural_property/旧矢羽田家住宅/
前谷型二棟造「矢羽田家住宅」-日田市大山町- — 大分県ホームページ
https://www.pref.oita.jp/site/archive/201628.html
旧矢羽田家住宅 | 水が磨く郷 — 日田市観光協会
https://oidehita.com/archives/526
旧矢羽田家住宅 — 日本の民家
https://www.jminka.com/post/oita-yawatake

最終更新日: 2026.03.29